二十一話 突破
「あれは……マリモですね」
23年も生きていると、想像すらしていないいろんな経験ができる。まさか巨大マリモの大群と戦うことになるなんて、2年前に北海道に出張していた時には夢にも思わなかった。
「サノさん、マリモの集団です。見た目は可愛いですが、触れた所がヤスリみたいに削られます。気をつけて下さい」
さっき戦ったコウモリと同じくらいの大きさで、灰色の殺意溢れるワイヤーブラシをまとった球がコロコロと床を転がってくる。見た目は可愛い……可愛い?……可愛いか?僕は怖いんだけど。
通路の床がみるみるうちにマリモとやらで溢れながら、こっちに向かってくる。防災訓練で生徒が一斉に廊下を移動するみたいに、いろんな通路からぞろぞろと、数が増えていく一方だ。
「マリモは皆さん基本的にやり過ごしてますね。スピードはそれほど早くないので一旦逃げるのも手です。あとコウモリと同じように、マリモも進むだけで戻ってきません」
なんだろう、このフロアの敵は。障害走のハードルのように次々と押し寄せてくるんだけど、乗り越えてしまえば何てことはない、そんなやつばっかりだった。もしハードルでコケたらひどい目にあうんだろうけど。
少し悩んだけど、壁の高い所に開いている穴に手を掛けてぶら下がって、床を転がってくるマリモの津波をやり過ごした。なんだか本当に障害物競走をやってる気分になってきたな……
◇
何回か通路を曲がりながら進むと、建物の出口と思わしき最後の部屋にたどり着いた。
「ここが最初の建物の終わりですね。次の建物はあの坂道そのものです」
宮殿の最後の部屋には正面の壁が無く、広い砂場の庭に繋がっていた。広場には何も遮るものがなく、あるのはフロアの壁と天井だけだ。最初の建物を天井や側壁に沿ったルートで抜けても、最終的にこの広場を通る事になる訳か。
そしてアイトさんが次の建物と指さしたものは、フロアの幅すべてを使った巨大な滑り台だった。この滑り台にそって天井も斜めになっている、というかフロア自体が斜めに持ち上がっている感じだ。そしてこの滑り台の上もまた、砂が滑り落ちている。次は砂の坂道登りか……ホント、障害物競走みたいだ。
ただ斜面を砂に逆流して登っている何かが見える。滑り台に近付くと、遠くからは分からなかったが、それは頑丈な歯を持った、僕の頭部なみにデカいヒルだった。
「落ちてくる砂の中にヒルが隠れて混じってます。近づいた物に噛み付いて、皮膚を食い破って肉や骨もかじりついてきます」
「血を吸うんじゃなくて、食べるんだ……さすが異世界のヒル。エーテルボディでも危ないのかな?」
「はい、以前付き添っていた新人がここを登っている途中に足首ごと食いちぎられて転げ落ち、そこを他のヒルが集まって……」
「ストップ、いいです。その先はちょっと勘弁」
斜面の流砂はそれほど深くないので、脚力に任せて駆け上がるのは難しくなさそうだけど、ヒルが厄介なんだな……ヒルより早く駆け上がって、強行突破するしかなさそうだよな。と覚悟を決める。
長巻を背中に掛け、両手を砂地に付け、クラウチングスタートの姿勢を取る。この鬼人ボディは人間の体型と比較して腕が長く股関節が人間とは比較にならないほど広く可動するので、4足姿勢でもお尻が浮かず、砂場であってもまったく不安がない。頭の中でカウントダウンを開始。よっしゃ、一番走者サノ。行きます!
四足走行で一気に走り出し、床と斜面の間に群がっているヒルを大きく飛び越え、そのまま斜面を駆け上がる。手足の指を広げ、流砂を貫いてすべり台の面をしっかり捉える。多少滑り落ちるけど気にせずどんどん進む。時々ヒルが着地地点に居てこちらに噛みつこうとするけど、刺毛で難なく潰せる。砂が何度も顔に当たるが、目に入っても特に問題なさそう。よっしゃ、この調子ならどんどん登れる!
気がつけば長い長い上り坂を踏破していた。学校や公園の滑り台で遊んでいた子供時代に戻った気がして、終わってみればなかなかの爽快感だった。本来はダメだけど滑り台を駆け上がって遊ぶのも楽しかったな。ホント子供って危険な遊び方を考えるよね。幅広の滑り台でドッジボールやってるヤツラも居たっけ。
そんなノスタルジーを思い出しながらふと坂の下を見ると、軽快なステップでアイトさんがやはり4足走行で斜面を登ってきた。僕と違って流砂に手足を取られることもなく、さらに器用に空中で姿勢を変えて、飛び掛かってくるヒルを躱している。さすが忍者。




