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十一話 脱出

「待って下さい!その人は仲間です!」


 防御形態を解いたアイトさんが、床に手をつき這いながら叫ぶ。彼女の両足は分銅ワイヤーが巻き付いた状態なので、立ち上がれないのだろう。さっき誘拐犯に攫われる直前、鎖鎌に付いていた分銅をアイトさんの足に絡ませていたのだ。


 本当は誘拐犯に直接分銅を絡ませれば格好よかったのだが、アイトさんは立った状態だったので、難易度の低い方を選んだ。分銅と鎖鎌は強靭なワイヤーで繋がっているので、鎖鎌を急に引っ張る事でちょっとコントのような転倒劇となったわけで……


「アイトさんごめん、自分でワイヤー外して」と鎖鎌を投げ渡す。


 本当なら僕が手伝うのが手っ取り早いし紳士の行動なのだろうが、この誘拐犯からヤバい空気が感じられて、とてもじゃないが目を離したくなかった。圧倒的に不利な体勢なのに、殺気がどんどん膨らんできている。長巻を引き抜こうとする力も強くなっている。コイツ、まだ何かやる気だな……


 誘拐犯のボディは体長180cmは越えており、ちょうど僕とアイトさんの中間くらいの大きさだ。一見、普通の人型なんだけど、明らかに違うのは背中に4組の翅が生えている、という事だ。鳥類の羽と違って昆虫の翅らしく翅脈がある。僕の刺毛をこの翅で防いでたらしく、ところどころ穴が開いている。しかし今は翅を広げてビリビリ小刻みに動かし始めた。これがこいつの戦闘モードなんだろうか。長巻を押し返そうとする力も更に強くなった。


「おい誘拐犯、僕やアイトさんに言うことは無いのか?謝る気はないのか?」


 そう言いながら、長巻を持つ右手をグッと押し込む。力勝負ならまだ余裕があるし、体勢も圧倒的に有利なので、ここからひっくり返される事はないだろう。でも誘拐犯の殺気も戦意も全然消えていない。口からはグルルルと喧嘩している犬のような唸り声が漏れている。ダークサイドに落ちたとか敵に乗っ取られたとかかな。


「カツモトさん。私です。アイトです。暴れるのをやめて下さい!なぜこんな事をするんですか?何かあったんですか?」


 分銅とワイヤーを外したアイトさんがこっちに近付いてくる。しかしカツモトという誘拐犯は、アイトさんの方を全然見ようとせず、僕を睨みつけたままだ。


「アイトさん、それ以上近づかないで、そこから言葉をかけて!」


 一瞬、躊躇した彼女だが、僕のお願い通りにこちらに近づかないでくれた。素直で助かる。サギ女神も見習って欲しい。


「カツモトさん、どうして……なぜこんな事をしたんですか?なんで何も言ってくれないんですか?」


「カツモトさんってアイトさんの恋人?親類?」


「いえ、違います。少し上の先輩で、一緒に探索した事があります」


「そう、でも先に謝っておく。ごめんね」


 僕があえてアイトさんの方を向いて謝った瞬間、誘拐犯は両手を長巻から外して背中の翅を根元から掴んだ。翅は自分の意志で外せるようで、両手に持った薄刃のような翅をこちらに投げつけてきた。


 ただそれより早く、僕は全身のバネを使って長巻を右上に思いっきり振り抜いた。誘拐犯の胴体は斬り裂かれ、千切れた上半身が宙に浮く。僕に向かって投げようとした翅は、サッカーの宇宙開発シュートのように天井近くに飛んでいった。こちらを睨み続けていた誘拐犯は一瞬、呆然とした顔になっていた。


 ただまだ翅は2枚背中に残っているし、両腕も残っている。僕は一旦振り上げた長巻の刃を即座に地に返し、まだ空中の誘拐犯に向かって振り下ろし、背中の翅ごと左手を斬り落とす。さらに地面スレスレで止めて刃を上に返し、再び斬り上げて右手と最後の翅をもろとも切断した。まさか燕返しまで使えるとは、この鬼人ボディ優秀すぎるな。



 そして僕が長巻を脇に引き戻すと同時に、誘拐犯の無惨な上半身が背中から床に落下した。周囲には引き千切られた下半身に切断された両腕と翅の残骸も散らばって、一見して猟奇殺人現場になってしまった。かなりグロテスクな状況だ。ひっ、と小さな悲鳴が聞こえる。ごめん、アイトさん。先に謝っておいてよかった。


 だけどまだ誘拐犯は元気に生きていた、すごいなエーテルボディ。……そっか、痛覚がないし怪我しても最後まで動けるって言ってたっけ。図らずもそれを他人の体で実証してしまった。


「カツモトさんとやら、いろいろ切り刻んじゃってごめん。ところでまだ何か喋る気は無いの?どうしちゃったの?僕のことがそんなに嫌い?まぁこんな事した相手だから好きじゃないだろうけど……」


 なんだか恋人が別れ話しているようなセリフになってしまったが、僕が先に謝っても、誘拐犯は何も言わない。それどころかまだ何かやる気のようで、残った体をガタガタ震わせてこっちを睨みつけている。あと口からは相変わらずグガガガと唸る声しかしない。


「アイトさん、このカツモトさんって喋れないタイプのボディなの?」


 目線はあくまでカツモトさんに向けながら、アイトさんに気になってた事を尋ねる。


「いえ、エーテルボディはどんなタイプでもみな普通に喋れます。でも今のカツモトさん、明らかにおかしいです。こんな攻撃的な人じゃありませんし、目の色も変です」


「もしかしてカツモトさんを真似た敵、という可能性はない?」


「……どうでしょうか。こちらの姿を真似する敵ですか…… ちょっと聞いたことがないです」


「じゃあ、敵に操られている可能性は?」


「そういった敵の存在も今のところ居ないと思います。……あ、でも探索中に意識が錯乱した人がいるって、以前誰かから聞いたような……」


「説得力ないかもしれないけど、僕はこの人を無力化するつもりで戦ったけど、カツモトさんは完全にこちらを殺す気だった。もし本人なら明らかに異常な事が起きている。一度、サギ女神……名前なんだっけ?ポータル管理者の元にこのカツモトさんを連れて行って診断してもらった方が良いと思うけど、どうかな?」


「マール様ですよ、サノさん。なんで名前忘れるんですか。でもカツモトさんをマール様に診てもらう事は私も賛成です。……すぐにでも脱出しますか?それとも私だけカツモトさんを連れて戻って、サノさんはこの後もダンジョン探索を続行しますか?」


 ダンジョン探索に向かう際、僕らは一人ずつ、脱出ゲートという名前そのままのアイテムを渡されている。これはダンジョン内で使用すると、一瞬でポータルに空間移動出来るというスペシャルな優れものだ。


 このアイテムの説明を受けた時、年甲斐もなくワクワクしたのを覚えている。軌道エレベーターもそうだけど、ワープで脱出というのは、僕にとって夢のシチュエーションなのだ。そしてこの脱出ゲートがあるから、ダンジョン探索で満身創痍になっても安全に帰れるわよとサギ女神が熱弁していたのだ。


「僕も一緒に戻るよ。無力化させたつもりだけど、万が一カツモトさんがまた何かしようとした時に、二人の方が安全だし、アイトさんの事も心配だし」


 ワープ脱出を早く体験したいとは口が裂けても言えない。


「お心遣い、ありがとうございます。一人でも大丈夫です……って言いたいんですが、ちょっと不安なので、一緒に帰還をお願いします」


「はい、お願いされます。ところで脱出ゲートは1個で帰還できるのは一人だけ?」


「いえ、エーテルボディ同士が接触していれば、1つのゲートでまとめて帰還できます。申し訳ありませんがサノさんがカツモトさんに触れていて貰えますか?私がサノさんに触れながらゲートを作動させますので」


「了解、じゃあ急いで戻ろう」


 そう言ってカツモトさんに触れようと近づく。けどジタバタ動くわ睨んでくるわグルルルと唸ってるわで、優しく触る気分でなくなってしまった。というかちょっとイラっときた。


「とにかく触れていればいいんだよね?」


 そう確認して、カツモトさんのみぞおちを右足で思いっきり踏む。ぐぇっとカツモトさんが声をあげ、ようやく動きが止まった。ちょっとスッキリした。


「はい、接触完了。じゃあアイトさん、ゲートお願い」


「あの……それはいくらなんでもヒドすぎるような……」


「だって怖いもん。これが一番安全だと思うし、早く早く」


「私はサノさんの方がよっぽど怖いんですけど、今は仕方ないのかな……じゃあ脱出します」


 僕の背中に左手で触れながら、右手でアイトさんがゲートを作動させる。辺りが赤い光で包まれ、音や重力が消えると、僕たちは一瞬でポータルに戻ってきた。こうして僕のダンジョン初探索は終了した。

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