九話 初陣
長い武器を取り出した事でかなりぺたんこになったバックパックを背負い直し、固定ベルトで背中に無駄なく密着させる。右手で長巻を掴み、鍔元あたりを軽く右肩に当て、ネズミが待ち構えている場所に歩いて行く。見た目はリラックス状態だけど、ツノのセンサはもうビンビンだ。
さて、そろそろネズミの攻撃エリアだろうか。わざと足音を立てる。それをきっかけにネズミが2匹、飛び込んでくる。ちなみにネズミという名称だが、地球にいるげっ歯類ではなく、姿かたちはネズミの顔をしたクマだ。
データによるとネズミは体長1.3メートル、体重120kg、走る速度は時速90kmと、ツキノワグマなみの大きさと馬なみの速さ。お前のようなネズミがいるかっ! ……いっぱいいるなここ、北海道の動物園みたいだ。あと地球と同じようにチューチュー鳴くんだね。そりゃネズミって名前になるな。
そんなクマサイズのネズミが何匹もいる時点で怖い。けど鬼人ボディは多分それ以上のスペックだし、さらに武器を持っている時点で負ける要素はほぼ無い。
しかしネズミもせっかく2匹一緒に襲いかかってくるのなら、時間差攻撃とか支援分担とかすればいいのに、単調な同時攻撃しかしてこない。
僕は体を半身に構えた。こうすることでネズミから見た僕の面積は半分になり、敵の行動がより絞られる。そして長巻の射程を空間に描く。雑音が消え、研ぎ澄まされた感覚が、鬼人の体に収束されていく。大丈夫だ、恐怖はない。
ネズミの武器は爪と牙で、体躯とスピードを活かして攻撃してくるとデータにあったが、2匹ともまったく同じ動作でこちらに向かって飛び掛かってきた。まず一匹が射程に入り、すぐにもう一匹が同様に射程内に入る。フェイントとか最初の一匹を囮にする訳でもなかった。
冷静に狙い通りに長巻を斜めに振り下ろすと、2匹とも肩から腰にかけて、まるで豆腐のように抵抗なく刃が通る。長巻を振り終えた瞬間に自分は大きくバックステップし、ネズミから離れる。3匹目はまだ襲ってこない。
袈裟斬りにした2匹は床に落下してそのまま動かなくなったが、念のために首を長巻で横に切り裂く。頭部だと硬い頭蓋骨に当たって刃が傷む恐れがあるので、骨が少ない首を狙った。反応が無いので最初の攻撃ですでに死んでいたようだけど、さらに念のため千切れかけたネズミの頭部をサッカーボールキックで前に飛ばす。
2匹目の頭部は隠れているネズミに向かって蹴飛ばす。お、もう一匹が釣られて飛び出してきた。けど相変わらずまっすぐこちらに突っ込んでくるだけだ。
ネズミの攻撃方法はもう見切ったので、今度は体術を確かめてみる。まず飛び掛かってきたネズミをしゃがんで躱す。飛んできたネズミと床との間は50cm位しかなかったが、このボディは思った以上に柔軟で、ほぼ床に接するくらいに体勢を低くすることで、ネズミの下をなんなく抜けた。そしてくぐり抜けざまに、頭の毛を伸ばしてネズミの腹部を幾重にも突き刺す。針が肉を突き破る音がした。
体液を浴びたくないので髪の毛を戻しつつ、その場から地面を滑るように低い体勢のまま横っ飛び。この間、わずか2秒。このボディ、バネ性も非常に高くて良い。
上をすり抜けていったネズミの方を向きつつ、再び長巻を構え直す。刺毛を喰らったネズミはそのまま絶命したようで、飛び掛かってきた姿勢のまま床に伸びていた。どうも地球のクマと違って、ここのネズミはそれほど頑丈ではないようだ。それともこの鬼人ボディの攻撃力が思っている以上に高いのだろうか?
ネズミのだいたいの耐久力がわかったので、今度は鬼人ボディの素の能力を試そうかな。長巻を背中に掛け、ブラスナックルを右手に付ける。日本だとメリケンサックとも言われる殴り武器だ。さあ、次は拳闘のテストだ。
戦ってわかったけど、ネズミは攻撃してくる範囲が決まっているので、慣れると一匹ずつおびき寄せられる。近くに居たネズミの範囲に入った瞬間、そいつはこちらに跳躍走行してくるが、僕も同時に近付く。そしてネズミがこちらに飛び掛かる直前の、両方の前足を沈めた瞬間を狙う。左足を前に目一杯伸ばしてステップインしながら、野球のピッチャーが投げるように腰から肩までねじり込み、右の打ち下ろしストレートをネズミの顔面に叩き込んだ。
当たったブラスナックルから、ターゲットを粉砕した確かな感触が伝わってくる。ネズミの頭部は胴体にめり込みながらぺしゃんこになり、そのまま床に叩きつけられて潰れた。ネコとネズミのカートゥーンで、走っていたネコがフライパンで殴られて顔が凹むシーンがあったが、眼の前の光景はその実写版だった。ちなみに僕はネコ派だったので、今回はネズミがやられ役でちょっと嬉しかった。あとやはりこの鬼人ボディ、攻撃力がやたら高い。
次の一匹とは膂力を確認するために相撲を取った。相手の突進に対して、腰を落とし両手を前に軽く構えて待つ。相変わらず突進してくる敵に対して、さっきと同じタイミングで今度は殴るのではなく、ネズミの肩を抑え込んだ。120kgの重量が突っ込んでくるのを、真っ向から受け止めた瞬間、腕や腰に一気に負担が掛かる。体ごと後ろに押されるが、ほんの数十センチメートル動いたところで、完全にネズミの突進を抑え込んだ。
腕を使えなくなったネズミは顔をひねって僕の腕にかじりつこうとするが、それより早くその頭を両手でつかみ、床にたたき落とす。相撲の素首落としという技だ。床にぶつかったネズミから、ぐしゃりと顎が砕けた音がするが、さらに膝を落として頭部を潰すと、ネズミは完全に動かなくなった。しまった、相撲に膝落としはなかった。反則負けか……負けか?まぁいいや。あとここのネズミにとって、鬼人ボディのスペックは何をやってもオーバーキルになってしまうようだ。
残りのネズミは、飛び掛かってくる直前に小柄を眉間めがけて投げてみた。最後に、このボディの投擲能力を確認したかったのだ。右手は長巻を掴んでいたので、左手のスナップだけで小柄を投げた。僕としては牽制程度のつもりだったのだが、小柄がネズミの眉間に突き刺さると、頭部の上半分が甲高い音を立てて吹き飛んでしまった。カウンターだったとは言え恐ろしい威力だ。
一通り確かめたが、このボディは本体も高性能な上に、武器のコントロールも異常に良い。無意識レベルで僕の望む動作を再現するだけでなく、初めて使う小柄なんかも完璧に使いこなしている。多分、ボディに僕以外の経験が何人分も組み込まれているんだろうな。それも達人クラスの経験が。




