福田くんとのエトセトラ
pixiv、個人サイト(ブログ)にも同様の文章を投稿しております。
ご都合主義のゆるふわ設定なので、細かいことは気にせずふんわり読んでいただけると助かります。
バイトへ行こうと、アパートを出た。
横手の駐輪場、俺の原付のシートの上に小柄なサバトラ猫が、ちょん、と箱座りをしていた。
それが、福田くんとの出会いだ。
「ねえ、俺、いまから原付使うからどいてくれるかな?」
のどを指でかいかいしてやると、猫は首を反らせて目をきゅっと細めた。青い首輪のネームプレートには「福田」とあり、丁寧に電話番号まで書かれている。
福田くんかあ。
ん?「くん」なのか? 顔立ちは男の子っぽいけど。
「どいてよ、福田くーん」
抱き上げると、みにょーんと身体が伸びた。福田くんはその状態のまま、腑に落ちないという目で俺を見た。
あごとおなかの部分が、ふかっと白い。しっぽは短く、イライラしているのか、ひょこひょこ動いている。
とりあえず、股間チェック。うん。去勢してるけど、男の子だ。
「なあ、そろそろおろしてやあ」
福田くんが言った。
「ごめんね」
俺は福田くんを、そのまま地べたにおろした。福田くんは不満そうに、
「そこ、チムニのひなたぼっこの場所やのにー」
と言う。原付のシートのことだろう。
「そうかもだけど、これは俺の原動機付自転車でもある。いまから乗るから、また明日おいで」
「いややー。チムニ、いましててんもん。いまひなたぼっこしててんもーん」
「チムニ? って?」
「チムニはチムニや。ゆりちゃんはチムニのこと、チムニて言うし」
どうやら、「チムニ」というのが福田くんの下の名前らしい。
「福田チムニくんね」
「なあ、ゆりちゃん。チムニ、まだなーんも悪いことしてへんやんかあ」
「福田くん。まだ、って、なんだろう」
これからするのかな、悪いこと。
「それに、俺は、ゆりちゃんじゃない」
ゆりちゃんというのは、福田くんの家のひとのことだろう。先生のことを「お母さん」と呼び間違えてしまうのと同じように、きっと福田くんも間違えたのだ。それか、もしかしたら、福田くんにとっては、人間は皆、「ゆりちゃん」なのかもしれない。
「ふはは」
こんな目つきの鋭い成人男性の、どこがどう「ゆりちゃん」なのか。そう思うと、おかしくて笑える。
「村本順也だよ」
俺は、とりあえず自己紹介をした。
「なーん? む? じゅん?」
福田くんは疑問符を呟いている。それが、脳内で「矛盾」と漢字変換され、楽しくなって俺はまた笑う。福田くんは小首を傾げた。
「む ら も と じゅ ん や」
ゆっくりと発音してやったが、
「むー、む、む。むつかしーい。じゅんじゅんでええやんなあ」
妙に可愛らしいあだ名をつけられてしまった。
「いや、まあ、いいけど」
言いながら、じゅんじゅんかあ、と心の中で苦笑した。なんだか、やたらと楽しい気分だ。福田くんとは波長が合うのかもしれない。
なので、
「じゅんじゅんの家は、ここの101号室だから、今度遊びにおいで」
社交辞令ではなく、半ば本気のお誘いをしてみる。
「いち、まるー?」
福田くんは、鼻の上にきゅっと皺をよせた。
数字がよくわからなかったらしい。
「ああ、ごめんね。この建物の、いちばん下のね、」
説明していると、
「だいたいわかる。けど、チムニ、たぶん聞いても忘れる」
と、福田くんは身も蓋もないことを言う。寂しい。
「そっかあ」
俺は困惑して、襟足をがしがしと掻いた。
「でも、チムニ、じゅんじゅんの顔おぼえた。じゅんじゅん、チムニのひなたぼっこの場所取ったしな」
福田くんは、じっとりとした視線を俺に投げた。そして、
「匂いもおぼえたでー」
と、ふひふひと鼻を動かして見せた。
「ごめんね。でも、おぼえてもらえてうれしいよ」
俺の言葉に、福田くんはまた小首を傾げた。
「じゃあ、また明日ね、福田くん。明日、ひなたぼっこしにおいで」
「くわあっふ」
福田くんは口を大きく開けてあくびをした。
そうして、俺はやっと原付にまたがる。
ああ、やばい。バイト、遅刻しそうだ。
*
あ、そうだ。ゴハンを作るところだったんだ。と、俺はキッチンに立った。インスタントラーメンの袋を開ける音が、ガサガサと鳴る。
「なあ、ゆりちゃん。それ、チムニの?」
福田くんが、俺のジーパンの膝横に前足を、たしんっと付けて後ろ足で立つ。
「俺はゆりちゃんじゃないです、じゅんじゅんですー」
福田くんは、たまに俺を「ゆりちゃん」と呼ぶ。
俺の勝手な想像だが、ゆりちゃんという子はきっと、白百合のように白い肌と薔薇色のほっぺを持つ可愛いらしい女の子のはずだ。だから、福田くんが、なんで俺みたいなのと間違えるのかは不明。確かに、肌は白いほうだけど。
「じゅんじゅん! それ、チムニのやろ?」
福田くんは黒目をぶわわ、と大きくして、口許をふくふくと膨らませている。ものすごく期待しているな。でも、残念。
「福田くんのじゃないよ」
「えー。ガサガサ言うてるやん。ガサガサ言うんは、だいたいチムニのやで? 見せてー」
「いいけど、これは、じゅんじゅんのゴハンだよ」
前足を床におろした福田くんの鼻先に、乾燥麺の袋を差し出す。
福田くんは、乾燥麺の匂いをふひふひと嗅いだ後、
「ほんまや。これ、チムニのちゃうかった」
と言った。
「おいしそうな匂いせえへんもん」
「でしょ」
俺は、鍋に沸いた湯に、乾燥麺を入れた。麺がやわらかくなるまで、しばし待つ。
お昼ゴハンを作ろうとしていたところへ、福田くんがやって来たのだ。
福田くんとは、度々いっしょに遊んでいる。福田くんのひなたぼっこの場所、つまり、駐輪場の俺の原付から、何度か一緒に俺の部屋へ行くと、福田くんはちゃんと場所を覚えてくれた。それからは、ひとりでも遊びに来てくれるようになった。うれしい限りだ。いつも、ベランダの窓に、おでこをぐにぐにとすり付けながら、「じゅんじゅん、チムニが来たでー」と言ってくれる。
ラーメンが出来上がり、鍋から直にいただきますをしようとしたら、
「なんや、ちょっとおいしそうな匂いすんで」
福田くんが、ふひふひと動く鼻を鍋に近付けてきた。
「熱いよー。危ないよー」
言いながら、福田くんの鼻をポチッと人差し指でさわると、福田くんは、その指をざりっと舐めた。
「なんで、あれがこうなんのー?」
福田くんは不思議そうに鍋を見ている。
「じゅんじゅんは魔法が使えるんだよ」
言ってしまってから赤面した。成人して一年目の男が魔法。うわ、恥ずかしい。
「まほー?」
福田くんは小首を傾げている。
「ゆりちゃんと、おかーさんが料理いうのすんねんけどな、それと似てる」
という福田くんの言葉が追い討ちとなり、俺はさらに赤面した。しかも、インスタントラーメンは料理ですらないし。ん? なら、やっぱり魔法でいいんじゃないかな。ひとりでうんうんと頷いていると、
「じゅんじゅん、料理て、わかる? 知ってる?」
福田くんが言うので、
「え、う、ううん」
と、しどもどと首を振ってしまった。
「じゅんじゅんのまほーもすごいねんけどな、おかーさん、もっとすごいで」
福田くんが説明してくれる。
おかーさん。
福田くんの口から、新たに聞く家族の名前だ。いや、名前ではないけど。ということは、福田くんは人間を皆、「ゆりちゃん」だと思っているわけではないらしい。なら、ますますなんで俺とゆりちゃんを間違えるのか不思議だ。福田くんは説明を続けている。
「野菜がな、野菜がやで? こういうふうに、あったかくなんねん」
福田くんは鼻先で鍋を示した。
「それはすごいね」
「やろ? おかーさんはすごいねん」
そう言って、福田くんは、あぐらをかいた俺の膝によじ登り、くてんと落ち着いてしまった。
「実はな、ゆりちゃんはあんますごないねん」
福田くんは、俺の動かす箸に合わせて顔を上下させている。無意識なのか、左前足が、すすす、と前へのびる。
「福田くん」
「わかってる。チムニ、じゃれへんよ」
本当かな。相変わらず顔と足がそわそわしてるんだけど。
「ゆりちゃんが料理したらな、ちょっと火事の匂いがすんねん」
福田くんは、左前足を元に戻しながら言った。
火事? こげくさいってことかな。
「内緒やで、これ」
軽く言う福田くんに、
「うん。内緒ね。わかった」
俺も軽く返す。
「ゆりちゃん、まだちっこいからなあ」
「え、そうなの」
なんだ。ゆりちゃんは、まだ小さいのか。俺は少しがっかりした。妙齢の娘さんを想像していたのだ。
「なあ。じゅんじゅん、野菜も食べなあかんのちゃう?」
野菜入ってないで、と、福田くんは鍋を覗いて言う。
「おっしゃるとおり」
「おしゃ?」
「福田くんの言うとおりだねってこと」
「せやろ」
福田くんはそう言って、毛繕いを始めた。
あ、寝る気だな。
*
バイトから帰る途中、迷い猫の張り紙が目に入った。あれ、と思い、原付を停めてよく見てみる。「この子を探しています」と書かれたそれには、福田くんの写真があった。その写真の下に、特徴が箇条書きで書かれている。
・サバトラ
・青い首輪
・短いしっぽ
・白いお腹
・時々しゃべります
これらの特徴は全て福田くんと一致していた。
「福田くんだ」
思わず呟いた。
福田くんの名前は、「チムニー」というらしい。
「福田くん、チムニじゃなくてチムニーなのか」
また独り言を呟いていると、
「おにいさん、チムニーを知ってるの?」
背後から声をかけられた。
「チムニー、いなくなっちゃって……」
切羽詰まったような声で言うそのひとは、近くの女子校の制服を着ていた。とても小柄な女子高生だ。なんだか見たことがあるような顔だと思ったら、どことなく俺に似ている。
特に、キッとした目元とか。
「ああ」
俺は納得した声を出す。
「ゆりちゃんですか?」
訊くと、ゆりちゃんは目を見開いた。
「おにいさんは?」
尋ね返されて、自己紹介をする。
「村本順也。福田くんの友人です」
「あ、じゅんじゅん!」
声を上げられ、俺は赤面する。そのあだ名を、福田くん以外に呼ばれるとは。なんとも恥ずかしい。
「じゅんじゅんのこと、チムニーに聞いてます。私、チムニーの家の者です。福田友里っていいます。じゅんじゅんのところに、チムニー行ってませんか?」
ゆりちゃんは早口で捲し立てる。
「ここ最近、見てないよ」
そう言うと、ゆりちゃんは、
「そうですか」
と項垂れた。
「ちょっと、家までついて行っていいですか?」
ゆりちゃんは、気を取り直したように言う。
「チムニー、いるかもしれないし」
「いいよ」
俺は言って、原付を押して歩いた。小柄なゆりちゃんはちょこちょこと早足でついて来る。俺は少し歩くペースを落とす。「ゆりちゃん、まだちっこいからなあ」という、福田くんの言葉を思い出す。その言葉から、俺はてっきり、ゆりちゃんは小学生くらいなのだと思っていた。ちっこいって、背だけじゃないか。
ちらりと、ゆりちゃんを見ると、ほっぺを真っ赤にして必死で歩いていた。なんとまあ、かわいらしい。俺のほっぺも、少し赤くなる。
アパートに着いても、福田くんの姿は見あたらなかった。部屋には鍵をかけているのだから、部屋の中にはいないだろう。俺は、原付を駐輪場へ停める。
「いないね」
「そうですね」
ゆりちゃんは、また項垂れた。
「福田くーん」
どこへともなく声をかけてみる。
すると、
「じゅんじゅーん」
小さな小さな返事が返って来た。
「チムニー!?」
ゆりちゃんが声を上げた。
「チムニー!」
ゆりちゃんが呼ぶと、
「ゆりちゃーん」
また、小さな返事があった。
「福田くん、どこにいるの?」
「上や、うえー」
言われて、上を見る。アパートの屋根の上に、小さな福田くんがいた。ぶるぶる震えている。
「おりられへんねん」
福田くんは情けない声で言う。
「どうやってのぼったの?」
ゆりちゃんが心配そうに問う。
「そこの木から」
福田くんは言った。
なるほど。アパートの横手、駐輪場との間には、大きな木があった。
俺は、その木に手をかける。アパートは二階建てだ。それくらいなら、登れるはず。
「あ、あ、気をつけてくださいー」
ゆりちゃんが声をかけてくれる。
「うん」
うなずいて、なんとか屋根の上によじ登った。思ったよりもきつい。
「じゅんじゅーん」
福田くんはきゃあきゃあ鳴いている。
「足がしびれて動かれへーん」
「待ってて」
俺は四つん這いで屋根の上を移動する。
「福田くん、大丈夫?」
「こわかった」
ぶるぶる震えて俺の服に爪を食い込ませる福田くんを抱き、俺はまた屋根を移動し、木に足をかけて下りる。あと一歩というところで、足を踏み外して落っこちてしまった。とっさに、胸の上に福田くんをかばう。
「チムニー! じゅんじゅん! チムニー!」
ゆりちゃんが駆け寄ってくる。
「チムニー!」
あたりまえと言えばあたりまえなのだけど、ゆりちゃんは真っ先に福田くんを抱き上げ、抱擁をする。
「心配したんだから!」
「ゆりちゃーん、ゆりちゃーん」
感動のシーンだ。俺は地面に倒れたまま、その様子を見ていた。
「あ、じゅんじゅん。大丈夫ですか?」
やっと声をかけてもらえた俺は、
「大丈夫」
と起き上がる。背中が半端じゃなく痛いけど、大丈夫。
「あの、ありがとう、じゅんじゅん」
目に涙をためたゆりちゃんにお礼を言われ、まんざらでもない。
「じゅんじゅん、ありがとー」
福田くんも言う。
「いや、全然。うん」
えへへ、と笑いながらもごもごと口を動かす。差し歯が取れていた。
「なにか、お礼を……」
ゆりちゃんが思案する顔になる。
「そうだ。うちに来てください」
ゆりちゃんは、目を輝かせて言った。
「もう夕飯食べましたか?」
言われて、俺は首を振る。
「じゃあ、いまからどうぞ。私、ごはん作ります」
「でも、そんな。わるいよ」
「インスタントばかりじゃ身体に悪いです」
ゆりちゃんは、にっこりと言う。俺は、福田くんを見た。俺の食生活をしゃべったな。福田くんは素早く目をそらす。
「来てください。こっちです」
ゆりちゃんは片腕に福田くんを抱き、もう一方の手で、俺の手を引く。なんだかドキドキした。
でも、ふと思う。ゆりちゃんの料理は、火事の匂いがするんじゃなかったかな?
ゆりちゃんに掴まれた手首を見る。
まあ、いいか。
そう思い、俺はゆりちゃんの後を、おとなしくついて行く。
福田くんが、にゃあ、と猫みたいに鳴いた。
了
ありがとうございました。




