第19話 マッポが来たから撤退するぞ!①
「ふー。食った食った。ごちそうさまです」
「ごちそうさまです。(これがサグルさんの好きな味。隠し味はなんだろう? りんごや蜂蜜みたいなありふれたものじゃない)」
「お粗末さまです。ふふ。サグルくんは相変わらずいい食べっぷりね。京子ちゃんも美味しそうに食べてくれて、おばさん嬉しいわ」
今日、俺は有村家で夕飯をご馳走になった。
美香さんのカレーは相変わらず絶品だった。
三回もお代わりしてしまったぜ。
京子もお代わりしていたから、気に入ったのだろう。
一口一口噛み締めるように食べてたし。
「それにしても、朱莉といい、京子ちゃんといい、最近の子はたくさん食べるわね。サグルくん、前よりたくさん食べるようになったんじゃない?」
「……」
俺は冷や汗が流れるのを止められなかった。
俺たちがたくさん食べるようになったのは多分ダンジョンGo!のせいだ。
そして、そのダンジョンGo!に朱莉を誘ったのは俺だ。
まさか、娘さんの体改造しちゃいましたとかいうわけにもいくまい。
「いやいや、奥さんのカレーが美味しいからですよ」
「あらあら。ありがとう。でも、実は、今日のカレーは私が作ったんじゃないの」
美香さんは意味ありげに朱莉の方を見る。
「今日のカレーを作ったのは朱莉なの。サグルくんに気に入ってもらえたみたいで良かったわ」
「そうなんですか? 美味しかったからてっきり奥さんが作ったのだとばかり」
「まぁまぁ! あの子も色々と練習してるからね。朱莉ー。サグルくん。カレーおいしかったって〜」
美香さんは台所の方にむかって話しかける。
そんなふうに伝えなくても聞こえてただろうに。
朱莉は台所ですでに洗い物を始めており、どんな顔をしているかこちらからは伺えない。
「朱莉と結婚してくれたらいつでも食べられるようになるわよ」
「ちょ、お母さん!」
朱莉は台所の方から出てきて真っ赤な顔をして怒る。
俺と結婚するのはそこまで嫌か?
流石の俺でも凹むぞ?
ぼっちはメンタル弱いんだからな?
「あらあら。怒らせちゃった」
美香さんは朱莉の怒りをするりと流す。
朱莉は真っ赤な顔で台所から出てくる。
美香さんは失敗したという顔をした後、俺たちの前にあった皿を手早く回収すると朱莉と入れ替わるようにして台所の方へと逃げていった。
「サグルっち! お母さんの言ってることは気にしなくてもいいから!」
「わかってる。そんなに必死にならなくても大丈夫だ。朱莉が俺の事をなんとも思ってないのは知ってるから」
俺が入社直後から美香さんには気に入られていたらしく、朱莉が中学生の頃から同じようなからかいを受けていた。
今みたいなギャルっぽい見た目ならまだしも、おとなしそうな見た目の朱莉と強面顔の俺ではどう考えても事案だったけどな。
中学の頃は朱莉は少しおとなしめの女の子だったのだ。
高校入学を機に一気に垢抜けて、今みたいな見た目になった。
中学卒業から高校入学の間に色々リサーチをしていたようなので、おそらく好きな子でもできたのだろう。
俺も、どんな女の子を可愛いと思うかとか聞かれたっけ。
その当時ハマってたオタクに優しいギャルの話をしたら、一週間後くらいにそれっぽい雰囲気になった朱莉が現れたので、度肝を抜かれた覚えがある。
高校入学で開放的になっちゃったんだろう。
朱莉の言ってる学校は私立で結構校則の緩い学校らしいからな。
(いや、中学の頃地味な見た目だったのは嫌がらせにあってたからだっけ?)
中学の頃、朱莉は同級生の女子に目をつけられ、嫌がらせに遭っていた。
確か、きっかけは朱莉の友達の好きな人が朱莉に告白したことだったか。
朱莉はその人が友人の好きな人だと知っていたので、告白をやんわりと断った。
それからしばらくして、仲間外れにされたりするようになり出したそうだ。
元々明るかった朱莉がどんどん暗くなっていっていたので、気になって色々調べてみると、嫌がらせにあってることがわかった。
しかも、その嫌がらせを煽ってたのが、朱莉に振られた男だっていうんだからタチが悪い。
俺は朱莉に気づかれないように男の家を訪問して朱莉のお友達の前で本性を暴いてやった。
まあ、俺の前ではペラペラと話してくれたな。
その時ばかりは父親譲りの強面顔に感謝……いや、それはないか。
あの時も結局警察を呼ばれてしまったし。
その後、朱莉は友達と仲直りできたらしく、今も高校は別々になってしまったらしいが、たまに会っているらしい。
普通、嫌がらせしてきた友達とは仲直りなんてできないと思うが、女子っていうのは本当に謎だ。
……あれ?
男子もライバルから友達になったりすることがあるし、それと一緒か?
俺にはライバルとか居たことないからわからん。
「……」
「ん? どうかしたか?」
「なんでもない」
朱莉は拗ねたようにそっぽを向く。
絶対なんでもなくないだろ。
だが俺の口から疑問の声が出ることはなかった。
この直後、ガラス窓が割れる音が部屋中に響き渡ったからだ。




