第36話 その、何がとは言わないが、いろいろと溜まっているものもある①
「じゃあ、そろそろ出発するか」
「はい」
ランクアップ現象に巻き込まれた翌日の朝、俺たちはいつもの通り、ダンジョンへと出発する準備をしていた。
昨日はあの後ダンジョンには潜らなかった。
だから、今日のダンジョン探索はランクアップ現象以来初となる。
新しい称号も試してみたいし、地味にランクがⅩになって、見習いが取れたNINJAも試してみたい。
やりたいことはいろいろあるのだ。
「……今日は銀座の方に行くんですよね?」
「あぁ。昨日の夕食の帰りに確認してみたけど、あの辺はEランクダンジョンが多そうだったからな。京子はいきなりDランクダンジョンに行きたかったか?」
「……いえ。どこに行くのか確認しただけで、私もEランクダンジョンに行くのは賛成です」
新宿のEランクダンジョンはかなりの数攻略してしまった。
残りのEランクダンジョンまで攻略してしまうと、新宿でEランクダンジョンに潜っている探索者に悪いと思ったので、今日は昨日までの予定通り銀座の方まで行ってみるつもりだ。
俺たちは昨日のランクアップ現象でDランクのモンスターも問題なく倒せることがわかったし、Dランクダンジョンに挑戦してもいいのだが、とりあえず今日はEランクダンジョンに行くつもりでいる。
「やっぱり、いろいろ試しておいた方がいいと思います」
「そうだな」
昨日とは結構状況が変わっている。
俺の見習いNINJAはNINJAに成長したし、京子の見習い聖女も聖女に成長したらしい。
基本的に見習いが取れただけなので、単純な上方修正だ。
だから、ぶっつけ本番でも大丈夫だと思うが、体を慣らすという作業も必要だ。
使うと使いこなすは全然違う。
ただ力を手に入れただけでは、能力に振り回されることになる。
昨日の戦闘でそれを嫌というほど実感した。
俺たちの能力は使いこなせば相当なことができる。
プライベートダンジョン内でいろいろと試してみたのだが、能力の上昇をそこまで実感はできなかった。
今はDPも少なくて、Fランクレベルのダンジョンしか作れなかったからな。
Fランクダンジョンではもうバフなしの通常攻撃でボスモンスターすら簡単に倒せてしまう。
Eランクダンジョンくらいの強さがないと技の威力を試すことすらできない。
Eランクダンジョンでも同じ状況になる気がしなくもないが、それならそれで、Eランクダンジョンももう卒業するべきだとわかるからいいだろう。
そういうわけで、今日、Eランクダンジョンで調整してみて、新しい能力に十分に対応できたらDランクダンジョンに挑戦しようかと思っている。
「じゃあ行くか」
「はい」
俺は扉を開けて出発した。
「あ、サグルっちおはよう」
「……」
俺は一度開けた扉をもう一度しめる。
なんか、今幻覚を見た気がする。
今、知り合いの女子高生が制服姿で立っていなかったか?
うん。きっと幻覚だろう。
最近いろいろあって疲れてるからな。
これはダンジョンでストレス発散するのがいいだろう。
元々ストレス発散っていう誘い文句に誘われて始めたものだし。
「サグルさん? どうかしたんですか?」
「いや、ちょっと疲れてるのかも」
「ちょ、なんで閉めるんよ!!」
俺が目を擦っていると、扉は向こう側から開かれる。
扉の向こうには俺が昔勤めていた会社の社長の娘である有村朱莉が立っていた。
朱莉は社長の娘さんで、離婚して姓が有村に変わった。
色々大変なはずだが、暗く沈んでいるところは見たことがない。
高校から一気に垢抜けてしまったが、中身は昔のままの元気っ子だ。
東京での父親のような社長の娘さんなので、俺は朱莉のことを妹のように可愛がっていた。
「おはよう。朱莉」
「おはよう、サグルっち」
「あれ? あかりちゃん?」
俺と朱莉が挨拶を交わしていると、後ろから声がかけられる。
そこには驚いた表情の京子が立っていた。
「きょうちゃん? どうしてきょうちゃんがここに?」
「あかりちゃんこそ」
どうやら、二人は知り合い同士だったらしい。
「「どういうことか、説明してくれますよね?」」
「お、落ち着け、二人とも。とりあえず、落ち着け」
二人から同時に詰め寄られ、俺はその場を収める方法が思いつかなかった。
あと、二人ともめちゃくちゃ目が怖い。
***
「うぇーん。きょうぢゃーん。気づいであげられなくてごべんねー」
朱莉は京子に縋り付くようにして涙を流している。
抱きつかれている京子の服は、その、朱莉の分泌した液体のせいでべちょべちょだ。
あれは着替え直す必要がありそうだな。
京子はネグレクトにあい、母親の恋人に襲われそうになったため、逃げ出してきたことを話した。
すると、朱莉は京子に縋り付くようにして泣き出したのだ。
流石に、ダンジョンGo!の話はできなかったので、襲われて死にそうになったところに俺が助けに入ったことなんかは話せなかった。
そのため、ネットカフェ暮らしをしていた京子をナンパから助けたということになっている。
実際、そんなこともあったし。
だが、号泣していた朱莉がどこまで聞いていたかは微妙だ。
こうなった朱莉は誰にも止められない。
落ち着くまで放置しておくしかないだろう。
「えーっと、京子は朱莉と知り合いだったのか?」
「はい。アカリちゃんとは去年から同じクラスで……」
「なるほど」
そういえば、京子が着ていた制服が、朱莉が通ってる学校のやつだったんだ。
社長にお呼ばれして家に遊びに行く時は朱莉は大体私服姿だが、数回だけ制服姿を見たことがあった。
前からそのことには気づいていたが、まさか同じクラスだとは。
「決めた!」
「え?」
「京子ちゃん! 私が守ってあげるから、学校に行こう!!」
朱莉は泣き止んだかと思うと唐突にそんなことを言い出した。




