第47話 お兄ちゃん! ありがとう!!
「……」
「リク? どうしたの?」
サグルたちが泊まっていた宿の女将である美空は娘のリクと一緒に港へと向かっていた。
先ほど、連絡船が戻ってきたと聞いたからだ。
だが、避難している途中ででリクが急に立ち止まってしまった。
小さな島とはいえ、島民は全部で一万人はいる。
そのため、連絡船は現在、フル稼働中だ。
島民はその連絡船のピストン輸送で避難をしていた。
まず最初に病人や怪我人を移動させ、次に非探索者である子供と探索者を引退した老人。最後に探索者という順で避難することになっている。
そうは言っても自分たちの故郷である島でダンジョンが発生している状況だ。
すでに引退した老人も何かしらの役に立とうと島に残る決断をした人は多いし、まだDランクの探索者であっても、今発生しているDランク以下のダンジョンを率先して潰すという形で島に貢献するため残っている。
美空だってリクがいなければ島に残るという決断をしていただろう。
「早くしないと船に乗り遅れちゃうわよ」
美空はリクの手を引く。
ほとんどの人が島に残るという決断をしたため、次に出る船が最後の船になる。
これに乗り遅れてしまえば大変だ。
お願いすればおそらく船は出してもらえるが、船員さんたちに大きな迷惑をかけることになる。
それに、街中にモンスターが現れる危険に備えて今は団体行動をしているので、勝手な行動を取ると他の人たちの迷惑になってしまう。
今だってリクが立ち止まったことで後ろから歩いてきていた人が迷惑そうにリクと美空を避けていく。
美空は仕方なくリクを抱え上げようとする。
「ママ。あれ……」
「え?」
だが、美空がリクを抱え上げようとしゃがむと、リクがある方角を指差す。
その方角は新しいダンジョンのある方角だ。
美空も含め、ほとんどの島民はそちらの方を見ないようにしていた。
ダンジョンの影響で空は禍々しい色に変わり、そちらの方角から見慣れた風景がダンジョンによって歪められてしまっているからだ。
実は、美空にとって、Cランクのダンジョンが島に発生するという事態は初めてではない。
小さい頃に漁港の方でCランクダンジョンが発生したことがあるのだ。
その時は昔使っていた地下室にDランクダンジョンが発生してしまったらしく、ダンジョンの発見が遅れてしまった。
気づいた時にはCランクダンジョンになってしまっていたのだ。
あの時は酷かった。
港にダンジョンが発生してしまったため、避難もうまくいかなかったのだ。
当時まだ小さかった美空はダンジョンの恐怖に怯えながら本家に避難していた。
幼子心にとても怖かったのを覚えている。
だが、一番覚えているのはダンジョンを討伐した後のことだ。
ダンジョンの影響で見知った港が奇怪なオブジェのようになってしまっていた。
市場の屋根からはいくつもの漁船がまるで筍のように突き出しており、港近くの家の間をまるで蜘蛛の巣のように張り巡らされた漁網にはおそらく魚だったであろうものたちが引っかかっていた。
人を不快にさせるためだけに作られたように見えるその光景を美空は今でもたまに夢に見る。
知っている光景の面影が残っているところが一番気持ち悪かった部分かもしれない。
不気味の谷というのだろうか。
ロボットは人間に似ているけど少し違うとメカメカしいロボットよりも気持ち悪く感じるらしい。
そのためか、見知った光景が歪められているため、知らない光景よりも一層不気味に感じた。
しかも、ダンジョンによって空間ごと書き換えられているため、撤去するためには数年の月日がかかった。
その間、島民たちはあまり港の方に近づきたがらなかった。
いや、それは今でもか。
その時の経験も活かして、連絡船などが停泊できる港がもう一つできたが、元あった港の方はかなり寂れてしまっている。
きっと変えられてしまった光景をまだ思い出すからなのだろう。
小さい頃によく遊んだ広場があんな風に変えられてしまうのかと思うと今からでも気が滅入ってしまう。
そんな理由もあり、美空を含め、多くの島民はそちらの方を見ないようにしていた。
だからだろう。
その変化に気がついたのはダンジョンについてよく知らないリクだった。
リクが指差す方を見ると、禍々しい空に亀裂が入っていた。
その亀裂はどんどん広がっていき、一部は割れたガラスのように剥がれ、青い空が向こうから顔を見せている。
「……まさか」
信じたい。
でも信じられない。
準Cランクダンジョンというのはそう簡単に攻略できるものではないのだ。
当主様がダンジョンに挑むとは聞いていたが、絶対に無理だと思っていた。
今だって何かの間違いなんじゃないかと美空は心のどこかで思っている。
「え?」
「……あれは?」
「まさか……」
周りの人たちも美空に釣られるようにダンジョンの方を見る。
そして、その光景を目の当たりにした。
--パリーン
乾いた音を立てて禍々しい空が砕け散る。
その向こうには抜けるような夏の青空が広がっていた。
「……!! お兄ちゃん!」
「あ! リク!」
衝撃に動けなくなっていた美空は、走り出したリクの後を追い、ダンジョンがあった広場の方へと向かった。
美空たちが広場に着いた頃、ちょうどダンジョンから当主様たちが脱出してきたところだった。
他の探索者たちは拍手でそれを迎えている。
みんなどこか唖然とした顔をしている。
まだ実感がないのだろう。
美空にはその気持ちはよくわかる。
「おにーちゃん!!」
「おわ! リクちゃん?」
そんな中にリクは突っ込んでいき、サグルへと抱きつく。
満面の笑顔で。
「お兄ちゃん! ダンジョン攻略してくれてありがとう!!」
「……おう! 約束だったからな」
サグルは抱え上げていたリクを地面に下ろし、リクの頭を優しく撫でる。
次の瞬間。
拍手が歓声へと変わった。
「ありがとう!! 本当にありがとう」
「やった! やったぁぁぁぁぁぁ!」
「当主さまぁ!」
「わ! うるさっ」
やっとみんなダンジョンが攻略できたと実感できたみたいだ。
それは美空も一緒だった。
感謝の気持ちが溢れ、前が見えなくなる。
声も震えて、言葉もまともに出すことができない。
「……」
美空は精一杯の感謝の気持ちを込めてサグルたちに頭を下げた。




