第1話 大槌雅は槌を打つ
「ミヤビちゃん。そろそろうちの会社に就職しないか? 他の生産職も満足してるみたいだぞ? 不安定な一般事業主より、安定した雇われの方がいいからな」
「何度も言ってるだろう? 生産職は腰掛けのつもりだから、お断りすると」
秋葉原のハズレにある工房で作業をしていた大槌雅は今日も訪ねてきた男に辟易していた。
この男は金竜会という組織の人間で、こうやって東京周辺の生産職の探索者をスカウトして回っているらしい。
確かに、生産職の探索者は歩合制のため仕事がある時は儲かるが、仕事がないと全く収入がなくなってしまう。
そのため、副業をしているものは多いと聞く。
その点、企業に勤めてしまえば、毎月決まった額の給料がもらえるようになる。
生活が安定するのは間違いないだろう。
実際、雅の知り合いの生産職の探索者たちはほとんどがこの男の会社である金竜会に所属してしまった。
特に危ない相手とかでなければ既存顧客とのつながりは切る必要がないということだったので、契約しやすかったというのもあるんだろう。
だが、雅はずっと生産職を続けているつもりはなかった。
いつか自分の足を解呪してまた探索者としてダンジョンに潜るつもりでいた。
雅は数年前、Dランクダンジョンを潜っている時に右膝に矢を受けてしまった。
その矢には呪いがかかっていたらしく、それ以来、右足が全く動かなくなり、車椅子での生活を余儀なくされている。
右足以外は健康体のため、片足で移動することもできるし、探索者をしていたため体力もある方なので、生活にそれほど支障はないが、ダンジョンに潜るなど危ないことはできなくなっていた。
だが、ダンジョンで受けた呪いであれば、ダンジョン内で解呪方法が見つかるはずだ。
おそらく、Dランクから稀に手に入る解呪ポーションを手に入れられればなんとかすることができるだろう。
それに、今は鍛治師のレベルを上げているが、派生ジョブの黒鍛冶師になれば生産をしながら戦闘もこなすことができると思っている。
流石に、お得意さんがかなりいる今の状況でいきなり生産職の方を廃業することはできないが、黒鍛冶師になれば、生産職を続けながらダンジョンに潜ることができる。
黒鍛冶師のなり方は結構有名で、鍛冶師と防具職人の二つのジョブをランクⅩまであげ、かつ、剣士系または盗賊系のジョブのどれかをランクⅩにすればいい。
雅は元々盗賊系の狩人のジョブだったため、盗賊系のジョブはすでにランクⅩになっている。
防具職人はすでにランクⅩにできているので、あとは鍛冶師のランクをⅩにすれば黒鍛冶師になることができる。
あとは解呪のポーションをどこかで探してくればまた探索者に戻ることができるのだ。
だが、雇われの生産職になってしまえば、勝手にダンジョンに潜ることはできなくなるだろう。
そういう意味で、この誘いは雅にとってはなんの魅力もないものだった。
「まあ、気が変わったら連絡してよ。ここに名刺置いていくから」
「はいはい。さようなら」
男は名刺を置いて雅の工房から出ていった。
雅は作業の手をとめ、名刺を見てみた。
そういえば、あの男の名前を覚えていなかったからだ。
名刺には『金竜会 東京・関東エリアマネージャ 大沼 京平』と書かれていた。
若い見た目だったが思ったよりえらいやつだったらしい。
「それにしても、金竜会か。あまりいい噂は聞かないんだけど」
雅は掲示板のヘビーユーザーだった。
掲示板で探索者たちの悩みに答えていると、自分も探索者に戻った気分になれるので、掲示板に書き込むことが好きだった。
ちょっと公にしたらまずいグレーな話までしてしまっているくらいだ。
今では、『生産職先輩』のあだ名をもらうまでになった。
その掲示板で金竜会がダンジョン攻略の妨げになっているとの話が回ってきている。
なんでも、ボス部屋の前に張り込んで、ボス攻略の邪魔をしているそうだ。
ボスの対処ができる探索者にとってはボスを倒すことが一番効率がいい。
代わりにDランクの装備をばら撒いて、雑魚狩りをしやすくしているようだが、それだってあまり良くない。
生産職をしている自分が指摘すると、ただのやっかみになると思ったので注意こそしなかったが、やっぱりちゃんと忠告しておいた方がいいかも知れない。
次にその話が出たら、それとなく指摘しておこう。
「雅ちゃん! 今日もダンジョン行かない?」
「あ! 志保くんか! 待っててくれ! すぐに準備をする!」
私は志保がきたので、名刺をゴミ箱に捨てて出発の準備をする。
「お待たせした」
「全然待ってないよ。それにしても、今日が最後で本当にいいの? 今後も一緒に潜ってもいいんだよ?」
今日は志保との最後のダンジョンダイブだ。
彼女たちは明日からDランクダンジョンに潜ることになっている。
元々、Dランクに潜るまでの期間限定の約束だったので、今日が最後になる。
今日中にできるだけレベルを上げておかないと。
「いや。これ以上はただのお荷物になってしまう。志保くんは優しいが、ダンジョンは命の危険がある。お荷物は絶対に連れていっちゃいけないぞ。連れていくのは相当高い報酬が約束された時だけだ」
「それもご先祖様の教え?」
「その通り」
雅の家は代々祓い屋をやっている家系だった。
まあ、雅の両親はギリギリ『大槌』の名前を名乗っていいってくらいの末端の末端らしいが。
大槌の家は主に生産系を中心に活動しており、本家のある離島には今でも有名な鍛冶師がたくさん在籍している。
Aランクの探索者が海外から武器製作の依頼に来るくらいなのだから、相当なのだろう。
両親は雅がダンジョンに潜ることをあまりよく思っていない。
どうやら、生産職に専念してほしいようだ。
それは雅の足が動かなくなって以来一段と強くなった。
雅自身の武器を捨てられて一度酷い喧嘩になって以来、家ではダンジョンの話を全くしなくなったほどだ。
だが、雅は両親のように探索者にペコペコしながら生きていくなんてごめんだ。
生産職は必要不可欠なジョブだから、探索者に敬われることは多い。
生産職の大家、大槌の人間となれば尚更だ。
だが、生産職と探索者は対等ではない。
どうしても、探索者が上で、生産職が下になる。
探索者が生産職を見限れば生産職は生活していくこともできないのだから。
生殺与奪の権利を他人に握られているのだ。
だから、雅は力をつけて探索者として食べていけるようになりたいと思っていた。
おかげで、雅はこうして、実家から離れた東京の大学に通うことになった。
まあ、こうして秋葉原に工房も構えられたし、東京は気に入っているから嫌ではないのだが。
「じゃあ、今日もよろしくお願いする」
「任されました。一発も雅ちゃんの方には通さないからね」
準備を終えた雅は志保と一緒にダンジョンへと出発した。




