表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

勇者の元鞘

作者: 江戸 菊華

『勇者様が現われたそうだ』


 そうだろう。

 彼は、神託を受けたとか宣う司祭共に連れて行かれたのだから。



『王様の依頼を受けたらしい』

『お仲間と共に、打倒魔王の旅に出たって話さ』


 連れて行かれてから、一年位は経った頃か。

 彼が、厳しい旅路へと足を踏み出した、と聞いたのは。



『魔物の数が減り始めたようだ』

『勇者様は仲間と共に、魔王軍の拠点を潰していってるらしい』


 そんな彼の功績が、目に見えてきた途端に。



『勇者様御一行が街を訪れた』

『心身共に、休んで頂けてるのならば良いのだが』

『村人総出で歓待されているってよ』

『金髪碧眼で、見目麗しい方だった』

『――行く先々で、泣かされた女がいるらしい』

『――弄ばれた娘は、数知れずだとさ』


 やっかみとも取れるような悪意混じりの噂が、聞こえ始めたのは。

 その後は彼の活躍と共に、尾鰭どころか背鰭なんぞもついてるんじゃないか、という話が人々の間に広がっていた。

 噂話というのは手っ取り早い娯楽というわけで。

 何かしら、多少の火種はあるのかもしれないが、面白可笑しく、好き勝手な想像が独り歩きしていったように思う。

 ――真実も含まれているかもしれないけれど。



『勇者様が、とうとう魔王を倒した!』

『神殿に聖剣を納めた後、王都に凱旋されるらしい』

『戻られたら、王女様と結婚なさるそうよ』

『いや、聖女様とご結婚と聞いたぞ』

『更に泣かされる女は、多いだろうねぇ』


 彼らの数年間の旅に、決着がついたらしい。

 皆――いいや、世界中。世界中、その朗報に浮足立っている。

 とりあえず、すぐに魔物達が居なくなるって訳ではないけれど、抑えつけられるような恐怖は、もう終わりだ。直に襲撃なんかも、落ち着いてくるだろう。

 世界は平和になっていき、勇者様は生きて戻って、お姫様……もしくは聖女様、と結婚する。

 御伽話のような、ハッピーエンドだ、と。

 そう、これからの世界平和に乾杯したのだけれど。



『勇者様が消えた!!!』


 そんな一報が、悲鳴と共に駆け巡った。




 *


 *


 *




「…………あ゛??」

「あ、いや、あの……えっと……」


 目の前には、困惑しているものの、すこぶる付きの美丈夫が一人。

 一般的には目の保養になるんだろうな、とは思う容姿なのだが、話しかけてきた内容が内容だけに、つい普通とは違う反応をしてしまった。


「申し訳ないけどもう一度。

 もう一度、同じ事を言って頂けますか?」


 私の言葉に、目の前の彼は深呼吸をして気を取り直すと、人好きがしそうな笑顔を浮かべながら、先程と同じ言葉を繰り返す。


「えぇ、っとー……初め、まして。僕は、マーレガルト、というんだけど。

 旅の途中でお世話になった薬を、探してて。

 それを君が、作ったっていう噂を聞いた、から――――えぇと、その」

「……何?」

「その、睨まれてるみたいだから……」

「まあ睨んでますが」

「……。だよね」


 同じ言葉を繰り返す彼を、腕を組んでジッと見つめていたのだが、半眼にでもなっていたのだろう。睨んでいるつもりはないけれど、そう言われたのだから客観的にそうなのだろう、と彼の言葉を肯定した。

 首が痛くなるほど、見上げなくてはならない、高身長。私より頭一つ分は高いようだ。

 胸板どころか腕なんかもぶっとくて、皮膚が見える部分には傷跡が幾つも覗いている。

 短く刈り上げられた栗色の髪に、錫色の瞳――には、ほとんど馴染みはないし、一回りも二回りも色々と増量されてはいる、が。


「何、変な事言ってるんですか?」

「えっ?」

「この村に住んでましたよね?」


 流石に、元村人はわかる。のだが。

 ただ、彼にとっては、私の言葉は想定外だったらしい。

 ションボリしていた表情とは一転、目を見開いてコチラをまじまじと見つめてくる。

 ついつい、(カッコ良い顔が間抜けな顔に……それでもカッコ良いけど)と思ってしまったのは、仕方ないだろう。


「えっ? えっ??」

「結婚は? 二股したから逃げたんですか?

 それとも三股以上?」

「!!

 君は――僕のこと…………わかるの?」

「あ゛??」

「ごめんなさい」


 思わず反射で繰り返してしまった反応に、彼はビクリと体を竦めたて、謝ってきた。ションボリ顔再来。

 デカい図体でそんな反応するじゃない、と溜息を一つ吐きつつ。扉から半身ほどずらして、家の中に入るように私は促した。


「立ち話もなんですし。

 はるばる戻られた勇者サマ、ろくなお饗しもできませんが、どうぞ中にお入り下さいませ。

 積もる話も、た〜っぷりあるようですし?」


 そう、目の前にいるのは、勇者となるべく数年前に村から旅立ったはずのマーレガルト・コーレスト。

 勇者の故郷に住む私――リュイアはにーっこり、と擬音がつきそうな笑みをわざと浮かべて中に入るよう促すと、彼は引きつり笑いをしながらも、家に入――――ろうとして、頭を鴨居にぶつけていた。

 とっても良い音がした。




 *


 *


 *




 ティーポットたっぷりに自家製の香草茶をいれて、お茶請けとして果物の砂糖漬け数種類、テーブルへと用意していく。

 トントントン、とカップ等を並べていく私の姿を、彼は居心地悪そうに身を縮めながらも、じっと眺めていた。たまに、キョロキョロと室内にも目を向けていたけれど、何かを見つけては微かに浮かぶ笑みは、目に毒だなぁと心の中で呟く。


「さて、と……。お茶は自分で好きな量を。

 甘いのが良いなら、お好きな砂糖漬け、入れて下さいな」

「あ、うん、ありがとう」


 そう説明しながら、私は自分用に木苺の砂糖漬けを木のカップに入れ、そこに香草茶を注ぎ入れる。ぐるぐるとスプーンでかき混ぜ終わると、しばらくお茶は放置プレイだ。

 テーブルに肘をつきながら、正面に座っている、見様見真似でお茶をいれる彼を観察し始めた。


(確かに、最後に見た数年前と比べると、背が高くなったし体格も立派になったと思うけど――なんで、“初めまして”?

 髪の色は村を出た時とか噂話にあるのとは違うけど……いや、目の色も違うっけ??

 でも、一応、住んでた時は挨拶くらいはする程度の間柄だったはず――)


 つらつらと、数年前との相違点とか、変な挨拶をされる理由を探したりするのだけれど、自分だけでは正解は見つけられない。

 お茶をいれ終わった彼とバチッと視線が合ったのだけれど、何故か向こうが顔を赤らめて下を向かれた。解せない。


「いや、何で顔赤らめてるんですか」

「……リュイアと目が合ったから」

「乙女かっ。

 だいたい訳がわからないんですよ、何でうちに来るんですか」

「き、来たかった……から?」

「意味が! わかん! ない!」


 彼の返答に、思わず頭を抱えてしまったのだが、そんな私の反応に彼はショックを受けたような表情をした。更に解せない。

 お茶を一気に飲み干し、お代わりを入れて、ふやけた木苺を潰したりぐるぐるとスプーンで掻き混ぜる。


「同じ村に住んでましたから、顔見知りですけど」

「……顔、見知り…………」

「だってほとんど喋ってないし。近付いたらメンドーだったし」


 私の彼への認識を伝えると、またまたションボリされたが、仕方ないだろう。

 美形近寄るべからず。

 小さい頃はまだ可愛いものだったけれど、大きくなってからは段々と女のアレコレが厄介になっていったのと、興味がなかったので避けていたから、ほぼほぼ関係はなかった。


「うっ……確かに、それはあったかもしれないけど。

 でも、君のお父さんには色々お世話になって――」

「だからって、私に会いに来る理由は――無いですよね?

 親父さまは死んでますし」


 死んだ、という言葉に目を伏せる彼。

 といっても、彼が村から出る前に死んだから、かれこれ6年以上は経過しているので、さすがにそこまでシンミリと落ち込むことはない。


「第一、“初めまして”って言われる理由とか理解できませんよ。

 髪だって、村にいる時は赤髪だったし、その後は金色に変わったって聞いたのに、今はそれとも違うし。

 いや、目の色も変わったような気がしなくも無くもないんですけど。

 消えた勇者サマが目の前に居るとか、ほんと、色々、意味不明っ」


 とりあえずの疑問を、一気にぶつける。

 ふぅ、とひと息ついて、お茶を一口飲み干すと、彼に視線を向けて、少し首を傾げてみせた。あとはもう、彼からの返答待ちだ。

 私の疑問にどう答えるべきか、と暫し考え込んでいた彼だけれど、何かしら決心すると、指を組みながら、記憶よりも低くなった声で説明し始める。


「何で僕がここにいるのかっていう理由だけど――君に、会いたくて」

「あ゛?」

「ごめん凄まないでください話が進められないです」

「わかりました、とりあえずツッコミはやめます」

「……うん。

 で、えーっと。会いに来た理由はとりあえず置いておいて。

 髪と目の色なんだけど、あれは聖剣の影響でね。聖剣の力が引き出されて、金髪碧眼になるんだって。

 だから僕も、村にいた時は赤髪で薄い水色の目だったけど、色が変わったんだ。

 歴代の勇者はほぼ皆、金髪碧眼になったんだって」

「へー、そうなんですか」

「昔、勇者の出てくる本を読んだけど、そうだったでしょ?」

「あー、そういえばそうですね」


 なるほど、と頷く。住んでいる村は王都から遠く、更に聖剣の納められていた神殿はもっと離れているので、そういった話は聞いたことがなかった。

 たぶん、この村のほとんどの人にとっては、馴染みのない話である。むしろ普通の人にとっては、知らない話かもしれない。秘密ではないけれど、公言もしない、的な。

 彼の言い方にちょっと引っかかりはあったものの、興味津々な態度を露わにして、視線で話の続きを促した。


「で、魔王を倒して、聖剣を元の場所……神殿に戻しに行ったんだけど。

 その時にこっそり神様から、迷惑をかけたから願い事を叶えてくれるって言われてね。…………つい。

 つい、ね。

 勇者としての僕の存在、無くしてくれって。元に戻してくれってお願いしちゃった」

「はい?」

「ふっと気付いたら手に持っていたはずの聖剣は無いし。

 何故だか神殿前の、人混みの中にいるし。

 とりあえず逃げちゃおうかな、って思ってしまったんだよね。

 で、実行してみた」

「だから、勇者様が消えた、となるんですか。

 ……この村までその話が伝わる位、大騒ぎっぽいんですけど」


 そんな軽々しく、爽やかな口調で言って欲しい内容ではなかった。

 思わず、ジト目で睨んでしまう。


「うーん、そうみたいだね。

 でも逃げた時に、誰にも僕だって気付かれなかったし。

 髪色とかが戻ったからだったのかな、とも思ったんだけど、ちょっと調べてみたら、“勇者としての僕”が、全部曖昧になったみたい」

「はい? 何ですかそれ?」


 ふふっと笑みをこぼしながら、彼は香草茶を口に含む。

 続きが気になる私は、ほんの少しだけ身を乗り出してしまったのだけど、そんな反応が嬉しかったらしく?

 目尻を下げながら、話を続けていった。


「勇者が存在していたけど、その役割を誰が担っていたかという情報が全部消えた、みたいな?

 何人か、旅の途中でお世話になった人に会ったりとか、こっそり神殿の書類や記録なんかを見てみたんだけど。

 全然覚えられてなかったし、僕に関する情報は全て消失してた。

 まー、僕は顔が良いらしいけど、それだけで。僕イコール勇者っていうのが無くなったから、とても嬉しい」

「それって嬉しいものなんですか?」


 確かに勇者となると有名税とか、そういうのはあるから、面倒なんだろうとは想像に難くないけれど。

 嬉しくない、という言葉にビックリして見せると、彼は溜め息を吐きながら、首を振ってみせた。


「勇者ってだけで、面倒事が次々に降ってくるんだよ?

 嫌じゃないか、勇者。注目されたくない」

「でも、綺麗なお姉さんと結婚できるんじゃ――」

「僕は好きな人をお嫁さんにしたい」

「乙女かっ。

 ……って事は、噂にある王女様や聖女様とかは――」

「全く好きではありません」

「美人な人とか選り取り見取りだったのでは。勿体ない」


 私の言葉に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる彼は、僕自身の事を見てくれていない人は嫌だ、とかブツブツ呟いている。

 そんな“元勇者様”を見て、見てくれはともかく中身は面倒臭い人だったんだなー、等と思わず呆れてしまったのだけれど。

 そんなこちらの心情を見抜いたのか、正面からジトっとした視線を感じた。気の所為だということにしよう。


「……とりあえず、どこまで僕の影響があるかな、と調べながら戻ってきたけど。

 ほぼ完全に、居ないことになったり、抹消されてるみたいだね」

「ほぼ?」

「君は、僕のこと。覚えてるじゃないか。

 リュイアだけだよ、初めましてって言ったら、違うって否定したのは。

 君だけ、例外」


 何でだろうねえ、と全く深刻そうに聞こえない声音で呟きながら、嬉しそうに微笑んだ。

 昔、村にいた頃は誰に対してもだいたいは無表情で接していたくせに、こんなところで笑顔の大盤振舞いとか、無駄遣いがすぎる。

 照れることはないが、美形の笑顔は目がチカチカするものなんだな、と今更ながらに思った。ガタイは良くなったのに、それをフォローする美しさ。ある意味ズルい。


「そう言われても、私、理由とか知りませんよ。

 マーレガルトさんがうちに来た事自体、意味がわからないし」

「……そこはこう、僕がリュイアに好意があるって思ってくれたりは……………いや、そんな胡散臭そうな嫌そうな視線を向けないで下さい……」

「胡散臭いので。

 胡散臭いので」

「……トドメは刺さないで欲しいなぁ」


 たはは、と眉を下げながら笑う彼は、これまで知っていたと思っていたものとは、全然違った。そんな顔をするんだ、と思わずマジマジと見つめてしまう。

 私の視線が気になるのか、彼はお茶を飲み干すと誤魔化すようにお代わりをする。ぽちゃんぽちゃん、と柑橘の砂糖漬けを入れてるのを見るに、気に入って頂けたようで何よりだ。


「理由はあるんだよ?

 僕が村から出る時に、リュイアも餞別、くれただろう?」

「あー、ええっと。薬を渡しました、ね」


 村の皆が贈るって言うから、それならば彼が使いそうなものを一応、と。

 確かあの時は、役立ちそうな物……と考えて、贈ったような記憶がある。

 手元に残っていた、作り置きのものを渡そうかとも思ったけれど、長い旅路になるのだからと、少し良い材料を使って薬を作った気がする。

 世の中には治癒魔法というものもあるが、ポンポンと使いまくれる訳でもないし、消え物だから丁度良いだろう、と思ったんだっけ。


「傷薬と、それの作り方が書かれた紙。

 あとは、この村の特産の、茉莉花を使った……練り香水?

 あれはほんと、嬉しかった」

「使ってくれたんですね。お役に立ったようで、何よりですよ。

 親父さまに会ってたから、傷薬なら作れるかな〜、って材料とか書いておいたんですが」

「うん、作れた。お陰で重宝したよ。

 メモにあったから、品質の良い物を試してみたりしたし。旅の途中では良い気分転換になってたんだ。

 だから、そのお礼も兼ねて、お土産として最高品質の材料を渡そうと――」

「ありがとうございますっっっ!!!」


 ガタンッとお行儀悪く大きな音をたてながら立ち上がり、スススっと彼の側に近寄っていく。

 私の行動に目をシロクロさせたのはほんの一瞬で、その意味に気付いた彼は、少し苦笑いを浮かべながら、横に置いてあった自分の旅行鞄を漁り、材料と思われる一包の荷物を取り出した。


「欲し――」

「欲しいですありがとう大好きっ」

「うっ……」


 訊かれるまでもなく、彼の言葉を遮って、差し出されたお土産を恭しく受け取る。

 そのまま頭の上に掲げたり、胸に抱きしめてクルクルと回る私は、赤くなって硬直する彼の事など無視して、荷物を台所へと置きに行った。といっても、ほんの十数歩の位置にだが。


「お礼にパウンドケーキも出しますねっ」

「〜〜〜〜、っ、はぁ……。

 ああ、うん、ありがとう」

「ちょっと時間がかかるので、お茶を飲んでいてください。

 お代わりの追加も用意するんで」

「わかった。お代わり頂いとくね」


 お湯を改めて沸かしつつ、その間にお土産の中身を検分する。

 ……蜂蜜、蜜蝋、薬草、等々の調薬の材料。それに何故かお茶の葉やお菓子まで。どれも最高級のもののようで、これを使った調薬は素敵なものになりそうだとワクワクしてしまう。

 お茶やお菓子は、タイミングをみて食べよう。


「相変わらず、好きなものに対しては一直線だね」

「……相変わらず、って言われましても」

「初めて会った時から、変わってないと思うよ。

 僕に対する態度とか」

「態度…………態度。態度? 何かしましたっけ?」


 専用の棚に貰ったお土産を置いていきながら、彼の言葉に対して思い当たるフシがないか、考えてみる。

 ……関わった記憶があまりないし、あってもロクでもないものばかりだった。

 イコール、思い当たるフシは、無し。


「僕に怯えないどころか、絵本読んでって押し付けてきてたよ。

 最初は、お姫様とか勇者が出てくる絵本の読み聞かせをさせられたけど、途中から薬草とかになってた、かなぁ……?

 君はまだ小さいし、僕も文字を覚え始めた頃だったのに、ほんと無茶振りだった……」


 絵本、読み聞かせ、お姫様、勇者――――と言われ遠い、幼い頃の記憶が刺激される。

 ――――あぁ、そういえば、と。


「黒っぽいおね――おにいちゃん。……マコト、おにい、ちゃん?」

「ゴホッ!?」


 幼かった頃の一時期、一人で暇そうにしていたお姉さんと見紛うばかりの男の子に、本を読んでもらおうと付き纏っていた記憶を思い出した。

 ついポロリと……その名を呟いてしまったのだが。背後から咳き込む音が聞こえてくる。

 振り返ると、咽ている黒っぽい見た目の男が一人。……うん、なるほど?


「……何で赤くなったの?」

「ゲホッ……くっ、……コホッ。

 思い出した第一声がそれって、どうなんだろうね……。扱いが酷く、ない……?」


 まだまだ咳は治まりそうにないようだが、死ぬ事はないだろうと判断し、新たにパウンドケーキを切り分け、追加の香草茶をポットに用意する。


「酷くない酷くない。

 ……でも髪の色、赤じゃないんですね」


 準備したものをトレーに載せて、テーブルに持っていく。彼の目の前にパウンドケーキを乗せたお皿を置きながら、チラリと彼に視線を向けた。

 今の見た目は、記憶に残る黒っぽい――本を読んでくれていた男の子の姿が、そのままガッチリに成長したような感じだった。

 何故か両手で顔を隠しているけれど、顔を真っ赤にしているようで、耳までその色に染まっている。咳き込みすぎたのだろうか。


「あ〜……うん、元に、って、願ったから…………。

 だから、赤じゃなくてこっち。

 というか――――うん。何となく理由、わかったかも。

 うん、ちょっと……いや、かなり、嬉しい……」

「理由? 嬉しい??」

「ん」


 喜ぶような事を言っただろうか、と首を傾げた私の手を、彼は掴む。隠していたはずの顔は、今度は照れているような、困ったような。色々と綯い交ぜになったような、そんな複雑な表情を浮かべていた。

 こめられた力は強くないのに、手をブンブンと振っても離してくれない。


「マーレガルトさん?」


 手を離してください、と言い掛けたところで。


「リュイアちゃん、僕のお嫁さんになって?」


 何故か求婚された。


「え、やですよ」


 掴まれた手は、いつの間にか指を絡めるように握られていて、彼に近付くよう誘導するように引っ張られる。

 もちろん、嫁になるつもりは無いので、断るべく指を引き抜こうとするも、離れない。離してくれない。

 甘やかな声音で、強請るようにこちらを見上げてくる。


「リュイアちゃん、お願い」

「……えぇ〜〜」


 抗議の声を上げ、ジト目で彼を睨むも、上機嫌だ。

 ニコニコとしながら、ニギニギと強弱をつけて指を絡めてくる。


「………………。

 残念、長期戦かあ」

「長期戦も何も――」

「諦めないよ?

 とりあえず、長丁場になりそうだから、泊まるとこをどうにかしないとなぁ」

「は? 泊まるところ??」


 彼の言葉に、訝しげな表情を浮かべた。

 とりあえず手はそのままに、実家はどうした、と問い質してみれば。

 神様にお願いした影響で、村人どころか親さえマーレガルトの事を覚えていない、というのだ。

 この村は大きくはないので、宿と呼べるようなものもなく、タイミング悪くキャラバンが来ていて泊まれそうな村長の家も無理。

 もちろん、マーレガルトの実家は泊まれない。

 季節は春めいてきたとはいえ、夜は氷点下まで冷える。

 こいつ、村の事情はある程度予測がつくから、帰ってくる時期を狙ったんじゃないか――とは思いつつも。

 仕方なく、本当に仕方なく。

 親父さまの部屋を、その日は貸した。


 ――その日だけ。多くても数日、のつもりだったのだが。


「あ、相変わらず冒険者もどきのこと、やってるんだね。

 僕がやるよ、手伝わせて。ね?」


 元勇者というのは、使い勝手が良いもので。

 ついつい、調薬の材料集めが楽できるから、と。

 ズルズルと。

 ズルズルと――――。







マーレガルト・コーレスト

→元勇者。22才。

 経歴が複雑な事もあり、勇者であることを投げ出す。

 (役目自体は完璧に果たしてるので問題なしと神様)

 色々あって、名前が「マーレガルト」になったのを微妙に思っていた。

 昔から態度の変わらない、リュイアの事が好きだし旅の支え。

 もちろん、浮名とかは嘘八百。昔っからもててはいたので、やっかみ等多し。


リュイア

→村の薬師。20才。

 それなりに美人さんでモテなくもない。

 が、変わり者という点と、村の薬(命運)を若干握っている為、求婚等は全てスルー&殴り返していた。

 亡父に調薬どころか採集や狩りの仕方等も教わってるので、猪の魔物程度ならばソロで倒す(=冒険者もどきの行動)



もしかしたら勇者サイドの話を投稿するかもしれなくもなく……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ