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アサシネイション・カウンセル  作者: 葦原五言
シャドウ・ウォーリア
2/8

2.旅連れ

 ある朝、俺は町にいた。ここである人物と合流するためだ。小さな田舎町だが目立たないので極秘の旅を始めるのにはちょうどいい町だ。

 そう、俺は結局依頼を受けた。依頼主には俺が依頼を受けることは想定内だったらしく、交渉は淀みなく進められた。俺としてはかなり吹っかけたつもりだったが女騎士は即決した。なんせ、公爵の地位を寄越せと言っても顔色一つ変えずに了承の返事をされて、それなりに場数を踏んでいる俺でも面食らった。しかし負けてなるものかと凡人なら一生は遊んで暮らせそうな額の金も吹っかけてやった。

 俺の鞄の中には小さな袋が入っている。袋の中身は小さな家なら一軒買えそうな額の金貨と宝石が入っていた。前金と準備金ということらしいが、やんごとなき方々の金銭感覚というものが俺にはわからなかった。

 本物の金が動いている以上すべてが嘘だということは無いだろうが、何かしらの裏は取る必要がありそうだ。俺は依頼を受けた後信頼できる人間に情報を集めるよう頼んでおいた。

 そうして打てる手は打った後、待ち合わせの町の広場の噴水の前にやってきて護衛対象を探しているのだった。

 護衛対象の人相は知らされていない。場所と本人確認のための方法が知らされているだけだった。皇帝の家族は成人して公務に出席するまで表に出ない。だからこれから来る相手もおそらく人相が知られていない皇族だろう。そうでなければ秘密の旅などできまい。

 そんなことを考えていると噴水の反対側がにわかに騒がしくなった。

「だから、貴方達が盗んだのでしょう!」

 俺は姿勢を変えずに音を()()。五人、柄の悪い男が三人に少女が二人。騒いでいるのは少女のうちの一人だった。

 これは魔法などではなく俺が暗殺者として身につけた技術の一つだ。魔法は発現の際に感知されるおそれがあるが、これならその心配もない。

俺はそのまま様子を窺った。

「そんな事言われてもよ嬢ちゃん、なんの事だかさっぱり分からねぇなぁ?」

「さっき鞄から財布を盗んだでしょう!私達が屋台の女性を手伝って果物を拾っている間に!」

 見ると近くの屋台の果物の山のいくつかに埃がついていた。地面にこぼしてしまったようだ。

「言いがかりはよしてくれよ、俺達が鞄から抜き取った瞬間でも見たのかい?」

「そ、それは見てないですがあなた達しか近くに居なかったではないですか!」

 男達はにやにやと笑っている。

「まったく話にならねぇなぁ。人を捕まえて盗人呼ばわりなんてどういう教育受けたんだ?」

「何ですって!」

 男達はやれやれといった態度で立ち去ろうとする。

「あっ、待ちなさい!」

「おや?待てば金でもくれるのかい?おっと、嬢ちゃん達は財布を無くしたんだったな、じゃあ支払いは期待できないな!」

 男達がどっと笑い出す。少女は怒りのあまりわなわなと震えている。

「もういいよ、ベニー」

 一連の流れで初めて聞こえる声がした。もう一人の少女だ。

「あの人達お金に困ってるんだよ。私初めて見たけど、きっと乞食ってやつだよ。もうあげちゃおう」

「え?で、ですが悪いのはあちらの方で……」

「まあ懐が暖かくなっても、心は貧しいままだと思うけどね」

 それは男達にも聞こえていた。男達はおもむろに振り返り、こめかみに血管を浮かせながら少女達の方へ歩き出した。

 さて。

 俺は面倒は御免なので広場にいる他の人間と同じく事態を静観していた訳だが、ここで一つ思い当たることがある。

 そうこうしているうちに男達は再び少女二人の前に立ち、顔を引きつらせて指の関節を鳴らす。

「……覚悟はできてるんだろうな、生意気な嬢ちゃん」

「一つ聞きたい事があるんだけどいい?」

「あ?何言って……」

「私達、『竜の足跡を辿る旅をしたい』んだけど早くしてくれないかな?」

「はぁ?」

 間違いなかった。『竜の足跡を辿る旅をする』は、本人確認の為の符号だ。つまりあの少女達は護衛対象で、この広場にいるはずの護衛に『早く助けろ』と伝えているのだ。そしてその護衛とは俺である。

 初めは世間知らずな娘がごろつきに絡まれただけだと思っていたが、あの少女はそれを利用して俺の事まで計ろうとしている。

「訳のわからねえ事を言ってるんじゃねぇ!」

 男が拳を振り上げ少女達に襲いかかる。しかし唐突にその動きが止まる。

「!?」

 男達は驚いているが不自然なほど微動だにしない。そしてそのすぐ隣を通って俺が少女達に近づいて話しかける。

「奇遇だな。俺も『竜の足跡の写しを採りたい』んだ。ついて行ってもいいかな?」

「うん、いいよ」

 男達を挑発した少女は応えた。そして男達に近づくと、

「これ、返してもらうよ」

 と言って動けない男の衣嚢(ポケット)から財布を取り出した。

 俺達は三人連れ立って広場から出て行った。


―――――


「先ほどは危ないところをありがとうございました」

 俺達は少女二人がとっている宿の部屋に居た。卓子(テーブル)を挟んで俺と、最初に言い争っていた少女が座っている。

 艶やかな背中まで伸びた黒髪の少女が俺に礼を言う。そしてその後ろで金細工のような波のかかった金髪の少女が寝台に座ってくつろいでいる。二人とも成人に到らない少女と言った風貌だ。

「ありがとねー」

「ルクス様、そのような感謝では失礼ですよ」

「……一応確認しておきますが、護衛する皇族というのはそちらの金髪の御方でいいんですよね?」

 俺は慣れない敬語を使って尋ねた。

「そだよ。私がルクス」

「申し遅れました。私は従者のベネウォルスです」

「俺は……」

「知ってるよ。『英雄』さん、でしょ」

 自己紹介しようとしたら、皇女に遮られた。

「いやー凄かったね、あの魔法!一瞬で三人がかちんこちんに固まってたもん!ベニーはいつ発現したか気づいた?」

「いえ、私もいつ発現したか気づきませんでした」

「だよね。事前に知らされてなかったら魔法を使ったかどうかすらわからないよ。さすが英雄」

「……あれに気づくとは姫殿下もさすが皇族といったところですね」

 皇族は初代皇帝の頃から魔法の才能に秀でた一族だと知られている。結界の管理と維持にはその方が都合が良いため、魔法の英才教育も行われているらしい。

 そして俺は自分の魔法が知れ渡っている事と、年端もいかない少女にも見破られた事で少し落ち込んでいた。

「やだなー。姫殿下なんて堅っ苦しいのはよしてよ。それにそんな呼び方じゃあ護衛にも差し支えるでしょ?」

「それもそうですね。では何か偽名を使いましょう。どんなものがよろしいですか?」

「ルーって呼んでよ。二人きりの時はベニーにもそう呼ばせてるからさ。あと敬語も無しにしない?」

「良いのですか?」

「良いって良いって」

「では……。わかった、ルー」

「お、順応早くていいねー」

 そこにベネウォルスが口を出す。

「まったく……。あなたは自らの態度が他人に与える印象というものを少しは考えてください」

「だめだよベニー。ルーって呼ばないと。それに敬語も禁止」

「えっ」

「護衛のためだからね。別にいつも口煩いから仕返しする訳じゃないよ?」

「……」

「ほらほら」

「……わかったわよ、ルー」

 ベネウォルスは相当無理しているように見える。

「いや、敬語くらいなら無理しなくても良いんだが……」

 俺の言葉にルーが応じる。

「いや、ベニーは私以外の前で砕けた話し方するのが恥ずかしいんだよ。この子箱入りだからさ」

「ちょ、ちょっとルー!やめてよ!」

 二人してきゃいきゃい話し込んでいる。付き合ってられない。

「ともかく」

 ベネウォルスが俺に向き直った。

「これからの旅、よろしくお願いします。ケラレさん。

 どうか私たちを守ってください」

 そう言って手を差し出してきた。

「わかった。必ず君たちを守るよ」

 俺はその手を握った。その手は暖かく、しっかりと俺の手を握り返してきた。

 そんな俺たちをベネウォルスの背後からルーが見ていた。

 何かを、値踏みしているような目だった。


―――――


 俺たちは昼になる前に町を出て、馬車の定期便のある大きな街に続く街道を歩いていた。旅慣れていない二人は少し遅めの歩調だったが夜には着きそうだ。

 黙々と歩みを進めていたら、ベネウォルスがおずおずと話しかけてきた。

「あの、ケラレさんは英雄なんですよね?」

「………まぁ、そうだと言われているらしいな」

「すごいです!己の身も顧みず多くの無辜の民のために戦ったんですね。尊敬します!」

「………」

 俺は複雑な気分になった。事情も知らない外野が勝手に俺の行動を美化して広めているのは知っていたが、いざ目の前で語られると辟易する。

 そんな俺の心中を知ってか知らずかルーが口を挟んでくる。

「やめなよベニー、英雄さんはなんか不服そうだよ。ひょっとしたらこの状況を望んでなかったかもしれないよ」

「えっ……、そうなんですか?」

「まあ、そうだな。俺は自分の仕事を済ませたかっただけで民のことなんかこれっぽっちも考えていない。正直、悪目立ちして迷惑している」

 ベネウォルスがあっけにとられてぽかんと口を開けている。そんな事考えもしなかったという顔だ。

「で、でもでも!たとえ不本意だったとしてもケラレさんの仕事が人々のためになったのは間違いないです!素晴らしいですよ!」

「そだね。ちなみに英雄さん、仕事って何?」

「暗殺だ」

「……えっと……。それは人々を苦しめる悪人だけを狙う、いわゆる義賊ということですよね………?」

「いや、仕事は選り好みしない。個人的な復讐、政敵の排除、痴情のもつれなんかで殺したこともあったな」

「………」

 ベネウォルスは絶句している。

「別に軽蔑してくれても構わない。だが護衛の仕事も手を抜くつもりはない。信じてほしい」

 そう声をかけたがベネウォルスは考えこんでしまった。無理もない。暗殺者に関わる人間なんて二種類しかいない。悪意を抱いた依頼者と、不幸な標的だ。こんな少女が関わるものではない。

 少ししてベネウォルスが口を開いた。

「………軽蔑するつもりはありません」

 意外な言葉だった。

「そういうものが世の中にあるという事は知っています。悪意から産まれたものは、悪意ある結果にしかならない事も。

 でも私は、あなたが今まで成し得た事もこれから成す事も、あなた自身が信じるのと同じように信じます」

 強い口調ではなかった。まるで、当たり前の事を子供に諭すような、淡く沁み渡る声だった。

「……そうか」

「それに、この旅を成功させる事は多くの人々を救う事になります。私も出来る限りの事をしますから、一緒に頑張りましょう!」

「まったく、ベニーは相変わらず気負い過ぎ。もっと気を抜いてやらないと潰れちゃうよ?」

 ルーが呆れている。

「何言ってるのよ。ルーは抜きすぎ。もうちょっとしゃんとして欲しいわ…」

 ルーは隣で俺とベネウォルスのやりとりを見ている間、終始軽薄な笑みを浮かべていた。どうやらベネウォルスのこの調子はいつも通りらしい。

 並んで歩く二人の背中を見た。最初ベネウォルスが従者と名乗った時、ルーの召使いなのかと思っていた。だが二人は同じ量の荷物を、それで当然という態度で背負っている。

 他愛ない会話をする二人を視界の端に捉えつつ、俺はある人の事を思い出していた。他人のために生きる事と、誰かを信じるという事を俺に教え、無残な末路を辿ったあの人の事を。


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