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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第4章 月が墜ちる日
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月の終わりと光の終わり2

 空の旅行が終わりに近付いていき、オークの谷が目ではっきりと確認できるようになる頃には、地上にいた燃える死者(ケイオネクロ)の群れはいつの間にか消えていた。

 地上を照らす光は、アギレフコがエザフォスに向けて吐いた光線の残骸である白い結晶だけが、その周囲を照らしているだけだった。


 オークの谷は巨大な血が傘のように広がって、未だ降り注ぐ燃える流星の残り(かす)を受け止めている。俺の願いを嫌々聞き届けてくれたようだ。

 ついでの願いとしてエリスロースに、俺の血とリリベルの血を彼女から切り離すようお願いした。いい加減頭の中にいるリリベルの感情の嵐を取り去りたい。

 エリスロースは、俺がリリベルのことで苦悩する様を楽しんでいるみたいで、もう少しこのままでも良いのではないかと提案してきた。勘弁するようお願いすると、渋々俺たちの血を彼女から切り離してくれたみたいで、頭の中が晴れ渡った空みたいにすっきりする感覚があった。彼女の気が変わって再び俺に嫌がらせしないように、厚くお礼は言っておく。


 月の破片はオークの谷周辺だけに降り注いでいる訳ではなく、見える空中の景色のあらゆる所を埋め尽くしている。多分、世界中の大地に月の破片が降って来て、今頃皆大騒ぎしているだろう。今度こそ黒鎧を脱いでじっくり見た上空は、世界の終わりのようだった。


「ノストーラ国には、あくまでエザフォスの仕業にして報告しておかないとな」


 多分、馬鹿正直に「リリベルがやりました」と言ったら、この流星群の被害を受けた何かしらの損害を補填する羽目になりそうだ。




 徐々に地上へ近付いて行き、エリスロースの翼が大きく羽ばたくと、その速度を徐々に落としながら地面に到着する。

 短い間だったが、久し振りのように感じる大地の感触を踏みしみて味わう。リリベルも地上に降りたところで、暗闇から3人の影が見えた。人の皮を被ったエリスロースとシェンナ、ダナだった。


「本当に月が壊れる瞬間を見ることになるとは思わなかったよ」


 シェンナが駆け寄ってきて、俺の腹を肘で小突き始めた。ダナが遅れてやって来るが2人とも服がぼろぼろだ。あちこちが服が焼け焦げているし、露出した肌は多少の火傷が見られる。その焦げ付きだけでも、燃える死者(ケイオネクロ)と死闘を繰り広げていたのだと分かる。俺は2人に急いで回復魔法を唱えて傷を癒やすことにした。

 その間に、最後にこちらへ歩いてきたエリスロースが不穏な面持ちで語りかけてきた。


「あー、あの燃える死者(ケイオネクロ)のことだけれど。多分、あれは周辺国の差し金のようだ。空を飛んでいて分かったのだけれど、燃える死者(ケイオネクロ)より向こう側にたくさんの兵士や魔法使いがいる」

「私たちに依頼をかけておいて、炎で囲むなんて一体何のつもりだ」


 シェンナが怒りの感情を(あらわ)にする。ダナが彼女をなだめるが、しばらく彼女の気は収まりそうにないかもしれない。


「でも、亡者たちが1人残らず消えているということは、これ以上の攻撃の意志はないということじゃないか?」


 俺はエリスロースに質問をするが、彼女を遮って代わりにリリベルが答えた。


「オークたちが地上に出てきているのが怖かったんじゃないかな。彼等はオークたちに国を滅ぼされかけたみたいだし、オークが怒りに身を任せて、再び自分たちの土地に攻め込まれないように火で谷を囲ったと考えられるかな」


 それなら(くだん)のオークたちはどうしているのかと、谷の方を眺めてみたら、彼等は一仕事やり終えたかのように、皆ぞろぞろと谷の下へ消えていくのが見えた。彼等は自分たちの安寧を脅かされた怒りを、簡単に誰かにぶつけるものかと思ったがそうでもないようだ。彼等と会話をした訳ではないが、彼等は俺が思う以上に理性があるのではないかと思った。

 オークたちの叫び声は今は聞こえない。


「エリスロース、あのたくさんの血はどうするんだ?」

「死んでいる血に興味はない。ことが終われば地上に捨てるつもりさ、ああそのつもりさ」


 従者風の装いをしたエリスロースはそう言う。彼女の魔力は一体どれ程の血を操ることができるのだろうか。冷静に考えたら、彼女の魔法の規模も常人では測りきれない。


 巨大な傘のように谷を守る血は、月の破片がこの周辺に降り注がなくなると、霧のように散ってその形を失っていった。




 そして、ここから見える最後の月の破片が、空中で燃え尽きると空は暗闇に包まれた。と思いきや、思ったよりも空はまだ明るいままだ。空の明るさを保っているのは、月だけでなく他にも空を占めている小さな砂粒のような星々だ。


「白いドラゴンが地上を支配するお伽噺は、結局その話の通りになるのだろうね」


 リリベルが空を見上げて、空の旅を楽しんだ余韻を味わいながらその笑みを零して独り言のように呟いた。彼女の話の真意を聞くと、彼女は更に続けた。


「私たちは月を破壊して彼を退けただけで、彼は死んでいない。今回のお話は、棘のドラゴンと白いドラゴンの長い永い戦いの中の、ほんの一幕に過ぎない」


「そして、棘のドラゴンはきっと白いドラゴンに対する策を講じない。尊大なドラゴンは失敗から学ぶことはしないだろうね。君とはまるで違う」


「だからきっと、いつか、白いドラゴンは最後の最後に棘のドラゴンを打ち倒し、お伽噺は終わりを迎えるのだろうね」


 彼女は空を指差す。空に輝く星々の中でも、一際輝く星があった。砂粒のような大きさではなく、目を凝らさなくてもはっきりと見える大きさの光だった。以前から見えていた月の大きさとは、比べられない程に差がある。それでも大きな光だ。


 彼女はふふんと鼻を鳴らして自信ありげに他にも、空のいくつもの星に指を差し始める。


「もしかしたら、あれも、あれも、あれも、アギレフコの魔力で作られた魔力石なのかもしれないね。そうだったら面白いね」


 もし、この星々の全てがアギレフコの作った魔力石だったとしたら、この世界の誰にも勝ち目はないだろう。彼が本気で地上を勝ち取ろうとしたなら、月だけでなく他の星々もこの地に落とそうと考えたなら、今度こそ本当に世界は終焉を迎えるのだろう。


「そうではないことを祈るしかないな。でも、多分、リリベルなら星々の破壊もやってのけそうだな」


 すると、彼女は堰を切ったように笑い出した。


「魔女の中でも1、2を争う程の星を破壊した者って呼ばれるのも悪くはないね。とても格好良いじゃないか」


 俺はから笑いで彼女の笑いに合わせた。本心はその呼び名に変わってしまわないようにという思いしかない。

 たまたま現れた、光の尾を引く流れ星が空に1つ現れたので、俺は黙って願いを込めた。


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