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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第4章 月が墜ちる日
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月の終わりと光の終わり

 光はしばらく明滅し、爆音と共に衝撃波を受けた俺の身体は地上へと加速する。

 リリベルから放たれる巨大すぎる雷は、何度も月を呑み込んでいた。粉々になったと思った月の破片は、稲光が走る度に、更に容赦なく粉々になっていくのが分かった。


 雷の反動を受けたリリベルが、すぐ目の前に落ちてきたので今度こそ彼女を掴もうとする。


「リリベル!」


 俺の声に気付いた彼女は、風で振り乱された髪の毛の隙間から瞳を覗かせて俺と目を合わせた。

 彼女は手を伸ばして、俺の指に触れようとする。


 上手く距離が合わせられないが、それでも何とか彼女に近付こうと、身体全体を使って受ける風の力に頼って体勢を少しずつ変えていく。どうにかしようとする心持ちは、もうただの気合いだけでしか構成されていない。


 それでも少しずつ、ほんの少しずつ距離が近付いていく。


 そして、指先が触れ合った。掌が重ね合わさって、腕を引き寄せて、ようやく彼女を捕らえることができた。


「ヒューゴ君! 月の破片が降ってくるよ! あっはっは!」


 一体何を楽しんでいるのか、笑い上げているリリベルは、俺の腕の端を掴んだまま器用に体勢を変えて後ろ向きになり、空へ身体を向けた。俺は彼女を包み込むように抱き寄せて、再び魔法を詠唱し、黒鎧に身を包む。

 風でなびくリリベルの金色の髪が俺の視界をたまに遮るので、少しばかりの鬱陶しさを感じさせる。彼女の髪以外に見えるのは、月の破片だ。

 輝きを失ったはずなのに、なぜかどれも赤く燃えて光の尾を引いている。


「大地へ落ちる前に破片を細かく砕いて、食べてしまおう!」


 彼女は大きく笑いながら雷を立て続けに放出する。本当に頭がおかしくなっているのではないかと、落ち着くように頭を叩く。

 俺たちよりも速く地上へ降り立とうとしている月の破片もある。それらに当たればタダでは済まないだろう。胸に収まったリリベルを挟む形で黒盾を構えて衝撃に備える。幸い魔力のないただの結晶の破片だ。リリベルの魔力で構成された盾なら、防ぐのは容易だ。

 ただ、問題があるとすれば、盾が後ろから来る風の勢いを思い切り受けるせいで、俺の腕が風に持っていかれそうなことだ。残念ながらこれも気合いでどうにかするしかない。肉に食い込むぐらいに歯を食いしばって盾をリリベルごと抱える。リリベルも盾も絶対に離さない。




 彼女が月の破片を次々に破砕していく様を視界に入れながら盾を構えていたら、落下する俺たちとは逆に上昇する巨大なものが兜の隙間から見えた。

 純白に輝く身体のあちこちから真っ赤に染まった箇所が見える。頭上に浮いている大きな白い輪とそれより小さな輪が輝いているが、最初に会った時よりも光に元気がない。白いドラゴン、アギレフコが間近を飛び上がってすれ違っていた。

 落下する俺たちと目が合った。この状態でアギレフコに攻撃されたら、死ななかったとしてもその衝撃で地上へ向けた加速は更に増すだろう。これ以上俺が死ぬであろう確率を上げないでくれと流れる月の破片に祈ってみたら、嬉しいことに祈りは届いた。


『顔は覚えたぞ。次は先にお前たちを無に帰そう』


 こいつも喋るのか。どうやって喋っているのかは分からないが、この風切り音の中でも直接耳元で話しかけられたかのように、はっきりと彼の声が聞こえた。

 アギレフコから素直な殺害予告を受けるが、リリベルが大きく笑ってアギレフコの言葉を蹴散らした。


「覚えなくていいよ! 次に君がここに来る頃には、私もこの人も死んでいるから!」

「余計な挑発をするんじゃない!」


 リリベルは一体何が面白いのか、笑い止むことがない。

 彼女の笑い声をよそに、アギレフコはそのまま上昇を続け、瞬く間に彼との距離は開いて行った。良かった、見逃してくれたみたいだ。


 しかし、アギレフコの攻撃を受けることはなかったが、身体は地上に向けて加速していくばかりで、勢いを殺す算段を立てておかないと俺は確実に死ぬだろう。

 死なないで済むような具現化するべき物は思いつかない。そもそも何を具現化するにしても、黒いもやが現れて望む物に形作る過程を経るため、自分に何かをぶつけて勢いを消すには、落下の速度で間に合いそうにない。

 どうしたものかと悩んでいると横から助け舟が入ってきた。




《本当に月を破壊したのか。恐れ入るよ、ああ恐れ入るよ》


 横に顔を向けると、血でドラゴンの姿となっているエリスロースが、落下する俺たちに合わせて滑空していた。

 もしかして月に願いを込めると、案外簡単に叶えてくれるのではないだろうか。いきなり幸運が寄せて湧いてきたみたいで困った時の神頼みなんかも信じてしまいそうになりつつも、この幸運の反動が一気に出てこないかと怖くなってきた。


《掴まれ》


 エリスロースの言葉を受けて、俺はリリベルを抱えたまま地上側へ頭を向けて、身体を縦に動かす。リリベルは急に体勢が変わって驚いた声を上げたが、それもまた面白いのか楽しそうに笑い続けた。

 エリスロースの背中に身体を合わせて、足で力一杯に胴体を挟み込み、彼女に合図を送る。エリスロースは大きく翼を羽ばたかせて、斜めに落ちるように飛び始めた。俺たちは彼女の落下の速度に合わさる形になって、少しずつ体勢を整えていきながら飛んでいく。


 そして、完全に横に飛び上がって行き、落下は止まった。

 やっと死の恐れから逃れることができて、俺は思い切り息を吐いて、今ある生を心から実感する。


「ふふん、空を飛んだのは楽しかったね。またやりたいね、ヒューゴ君?」

「全っっっ然楽しくない!」


 俺の胸の中で身体を預けたままのリリベルが、超がつく程上機嫌で空の旅を満喫していたので、溜息をつかざるを得なかった。

 彼女は変に気分が高揚しているのか、エリスロースの胴体に足をバタバタと動かして叩きつけていた。もちろんエリスロースに注意される。


 空を見上げると、未だに月の破片が降り注いでいるのが見えるが、ほとんどが途中で燃え尽きたかのように赤い光を失ってすぐに何も見えなくなっていく。

 月の魔力を吸収したリリベルは、呆気なく月を粉々に破壊してしまったのだと実感した。とんでもない魔女である。


「エリスロース、谷にいる巨大な血を使ってオークたちを月の破片から守ってくれないか?」


 俺は自分に余裕ができたからか、すぐにオークたちのことを思い出し、エリスロースに頼み込んだ。月を退けて目的は達成されたのだから、これ以上オークたちの犠牲が増える理由はない。その想いを伝えるとエリスロースは長い溜息をついてから俺に語りかけた。


《お前のお人好し気分に触れていると、頭がおかしくなりそうだよ》


 多分、俺の血が彼女に混ざったから、彼女はその記憶を覗いたのだろう。勝手に人の記憶を覗かないで欲しいものだ。


「そうだよ、この人は頭がおかしいんだよ」


 同調するリリベルに、空からの落下を楽しんでいたお前には言われたくないと頭を小突いた。彼女はふふんと鼻を鳴らして、視界に入ってきた落下する大きめの月の破片を雷魔法で破壊しながら、エリスロースの飛行で受ける風を楽しみ続けた。


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