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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第4章 月が墜ちる日
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光と光

 赤く輝く月の上で、リリベルは結晶に手をかけて魔力の吸収を始める。

 オークの谷で、谷の間に引っかかってしまう程の大きさをもつ結晶の魔力を、彼女が吸い上げた時には、あっという間に結晶が輝きを失って全ての魔力を失った。

 果たして月の魔力を吸い上げるにはどれだけの時間がかかるのだろうか。


『ドラゴンの作った月を1人の魔法が得意な女の子がぶっ壊した』なんて、お伽噺の中でのできごととしか思えないような言葉だ。非現実的すぎる話だ。

 でも目の前で実際にお伽噺のようなできごとが起きているのだ。俺のすぐ横にいるお伽噺の主人公のような存在は、この状況を楽しみながら魔力を操ろうとしていた。

 アギレフコが長い年月をかけて作った巨大な魔力石は、彼女によって着実に破壊されようとしている。


 だが、彼の努力の結晶が一介の魔女に破壊されるのを、彼が黙って見ているはずがない。頭上の大地からは、閃々(せんせん)と輝く白い光が放たれ、天変のごとく月上に降り注ごうとしている。月の魔力を持つアギレフコを止められる者は、おそらく地上のあの場には誰もいない。だから、彼はその他の全てを無視して、リリベルに向かって光を放つのだ。


 彼女を守る為に、俺は想像力を働かせる。

 必要なのは彼女の魔力を感じ取ること、この世に具現化する物をはっきりと思い浮かべることだ。


「リリベル、ちょっとたくさん魔力をもらうぞ」

「どうぞどうぞ。月が枯れるまで好きな魔法を放っていいよ」


 リリベルの信頼を胸に、俺は魔法を詠唱する。


『黄衣の魔女よ』


 詠唱と共に、月の結晶の上に4人のリリベルが降り立つ。彼女たちはすぐさまに空へ向かって雷を解き放つ。

 だが、これでもまだ足りない。空に見える美しい光の瞬きはまるで、世界が終わる時はこういう景色なんだろうなと思わせるぐらいには降り注ごうとしている。

 あの光が月に辿り着けば、周囲の結晶もろとも俺たちは、ばらばらに砕け散ってしまいそうだ。


 リリベルが4人もいるのに、それでもアギレフコの攻撃が止まない。笑うしかないな。いや、やっぱり笑えないな。

 光を迎え撃つには、もっと手数が必要だ。




 そうか、手数か。

 彼女の好意が未だに俺の頭の中で駆け巡っていて、碌な思考ができていないはずなのに、なぜだか今日は閃いて仕方がない。

 大地から月に向けて流星群が昇っていくなら、同じ物を月から大地に向けて降り注ぐようにすればいい。頭の中で想像すべき物は、目の前にたくさん広がっているじゃないか。


『星々よ』


 具現化したい物を思い浮かべて詠唱すると、リリベルから間借りしている魔力を掌に込めた瞬間から、強烈な勢いで物体が具現化し、大地へ向かって飛び立つ。手が吹き飛ぶのではないかと思う程、瞬く間に手から魔力が消費されていく。

 1つ、また1つと物体が具現化し、数えることすら馬鹿らしく思えるぐらいに飛んで行く。光を放ち、輝く光の尾を引いて、アギレフコの光に立ち向かう。

 光と光がぶつかり合うと、更に細かく光が分かれるが、両方とも横に飛び散ってやがて輝きを失っていく。

 月の赤い光と、アギレフコの流星の光と、俺が放つ流星の光と、リリベルたちの雷の光が、視界一杯に広がっていて目が潰れそうになる。

 それでも構わずに彼女の魔力を糧に、俺は光を放ち続けた。幾千もの光と光がぶつかり合う度に大きな爆発音が遅れて聞こえてきて、音の衝撃が俺の体を貫いていく。


「まるで花火みたいだね」


 リリベルが言う通り、ぶつかり合った光が輝く破片を散らして音を鳴らす様は、確かに花火みたいだった。(はた)から見ればそれが戦いの景色だとは、きっと思えないだろう。






 そうして俺はひたすら、4人のリリベルと共にアギレフコの絶え間ない光と戦い続けた。

 一体どれ程の時間を月の上で過ごしたのかは最早見当もつかないが、最低でも「すぐ」とか「あっという間」という言葉で表現はできないだろう。


 止むことのない光の襲来は、いつしかその数を減らしていった。光を注視し続ければならないので、下を向くわけにはいかないが、俺たちが立っている場所は既にただの半透明の石と化しているだろう。


「徐々に魔力が吸収しづらくなってきたね。ヒューゴ君、そろそろだよ」


 流星の数が減っていくのと同時に、地上の景色が徐々に近付いているのが分かった。さっきまでは見えなかった地上で白く残った点のような光が今は見えるようになった。アギレフコ自身の輝きだろう。

 このままだと月はもうすぐ大地にぶつかる。その前にリリベルに最後の仕上げをしてもらわなければならない。


 月にやって来ようとした最後の流星を、4人のリリベルの雷で破壊すると、アギレフコからの攻撃は完全に止まった。

 周囲を見回すと、月は輝きを失った灰色の結晶となっていた。おそらくこれで月の魔力は完全に失われた。

 俺は役目を終えたリリベルたちを労うと、形を崩して再び黒いもやに変化していった。最後に彼女たちに「ありがとう」と伝えると、笑顔を見せて完全に霧散した。




 リリベルに駆け寄ると、彼女の周囲にとてつもない圧力を感じた。空気が違うとでも言えば良いだろうか。目には見えないが恐らく彼女の近くはとてつもない量の魔力が漂っているのかもしれない。


「本当はエリスロース君がいたら、帰りは楽だったんだろうけれどね」


 リリベルが残念そうにないものねだりをするが、今の俺なら彼女の要望に応えられるかもしれない。

 ドラゴンの形をしたエリスロースを、というかただのドラゴンを頭の中に想像して俺は詠唱する。


『血の魔女よ』


 すると俺の目の前に翼が生えた4本足のドラゴンがもやを元に生み出されていく。

 目の前に突然現れたドラゴンを見て、リリベルはその場で跳ねて喜んだ。すごい喜びようだ。

 俺たちが急いでドラゴンの背中に乗ると、話してもいないのに俺の内なる意志を理解したかのようにドラゴンは羽ばたき始めた。その羽ばたきは俺が印象深いと思っていた、エリスロースが初めて翼で飛んだ時のようなぎこちない動きであった。

 それでも月の結晶を蹴り上げると、飛び立つことができた。

 だが、ドラゴンが蹴り上げた瞬間、俺たちはドラゴンから落ちてしまった。俺の視界は突如逆さまに写り、頭から落ち始めてしまう。月から飛んだら、途端に大地に落ち始めてしまったのだ。




 鎧の魔法を解除して視界を確保し、リリベルを探そうとするが、輝きを失った月のせいで周囲は真っ暗で、辛うじて見える2つの物体が俺より下にいるのが分かった。いや、月が上になった今となっては彼女たちが上にいる。ややこしい。

 彼女の名を叫んで呼びかけるが、俺自身が落下して空を切る音と月が空を割る音で聞き取り辛く、返事をしたのかも分からない。

 空を掻き分けてどうにか彼女の元へ近付いていくが、あっちを通り過ぎたりこっちを通り過ぎたりで、上手く彼女の身体を掴むことができない。




 彼女にもう一度近付こうと、体勢を変えて寄りつこうとした時、目の前が光で一杯になった。


 一瞬の煌めきの後、光の方向に顔を向けるとさっきまでそこにあった巨大な月が、ゆっくりと粉々になっていくのが見えた。


 呆気なく月はその丸い形を失って、四方八方へ破片を撒き散らし始めた。


 これが月の最期だった。


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