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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第4章 月が墜ちる日
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恋と黄衣の魔女

 エザフォスの羽ばたき方を見様見真似で実践して、大地から飛び立とうとしているドラゴンの形をした血のエリスロース。本当に飛べるのかちょっと心配だ。


 だが、エリスロースが翼の使い方のコツを掴んだのか、合図と共に勢いよく地面を蹴り上げた。その場で胴上げされたみたいに身体が何度も浮き上がる感覚が慣れなくて、恐怖でエリスロースの背中を掴もうとするが、困ったことに彼女は水分でできているため掴もうにも掴めない。

 俺のすぐ後ろにいるリリベルも同じように掴むものがないので、代わりに俺の腰に腕を回して安定を図ろうとしていた。自分だけずるいぞ。

 ドラゴンの形はしているものの、血という水分で体は構成されているため、俺たちは背中に乗っていると言うよりかは沈みかけていると言った方が正しいだろう。

 それでも彼女の血の中に身体が完全に沈まないのは、意図的にエリスロースが魔力で入り込まないようにしているためだ。血の魔力によって相手の中に入り込むことができるなら、逆に拒絶することも可能だという論理らしいが、魔女の常識は俺にはあまり理解できない。

 しかし、血の拒絶はあくまで背中部分にだけしか適用されていないのか、それ以外の部分を掴もうとすると、呆気なく血の中に手を突っ込むことができてしまう。リリベルが俺を掴んでいるなら、俺がエリスロースから落ちれば彼女も道連れになる。

 俺は仕方なしに足に力を込めて、エリスロースの胴体を挟むことに専念した。


 エリスロースがゆっくりと上昇していくと、地上のオークや燃える死者(ケイオネクロ)の姿が段々と小さくなっていくのが分かった。

 頭上に2つの白輪を持つドラゴン、アギレフコが近くに見える。アギレフコの周囲をエザフォスが飛び回り、何らかの魔法攻撃をアギレフコに仕掛けるが、彼が傷を負っているようには見えない。月の魔力でアギレフコが傷を付けることは無い。


 アギレフコに俺たちが月へ向かっていることを気付かれたら、彼は容赦なく俺たちを撃ち落とそうとするだろう。

 そこでエリスロースは囮として谷に残っている巨大な血から分離して、何体もの血のドラゴンを作らせた。今はその血のドラゴンが谷周辺を飛び回っている。万が一俺たちがここから落ちても新たなドラゴンが拾い上げてくれるし、残りはアギレフコに攻撃をかけて気を散らす算段になっている。






 上昇を続けている間に、リリベルと俺とエリスロースは谷で起きたできごとを共有した。エリスロースは俺や他の仲間の血に混ざることで、ある程度の状況は掴んでいたようだが、オークに殺されかけた俺を助けるために気を回したり、知らぬ内にシェンナやダナも助けていたため、全ては知らなかったようだ。

 いつの間に血に混ざったのか。下手したらプライベートな時間も彼女に覗かれてやしないだろうか不安だ。






 アギレフコはエザフォスにしか気を向けていないようで、俺たちには目もくれなかった。今はエザフォスやアギレフコがいる位置よりも上にいる。エリスロースの背中から顔を出して大地を見てみると、もうオークや燃える死者(ケイオネクロ)の姿ははっきりと確認できない。エザフォスとアギレフコが辛うじて捉えられる程、小さくなっている。

 俺たちの周囲には同じドラゴンの形をしたエリスロースたちが飛行している。


 無意識に身震いが出てから、ここが寒いということに気付かされた。

 空は俺が考えるよりも寒かった。山に登ると寒くなるのは分かっていたので、自身の中でどの程度寒くなるのだろうかという予想をつけてはいたのだが、その予想は軽々と覆されてしまった。ここはもっともっと寒い。

 できれば月は暖かい場所であると嬉しい。


 谷でのできごとを話した後、不意にエリスロースから質問を受けた。

 どうやら俺とリリベルとの関係に疑問を抱いているようで、彼女にとってはそれが気になるようだ。


 《キミたちの関係は一体何なのだ。ただの主人と騎士の関係か? 黄衣の魔女よ、彼をただの騎士として接しているのか》


 エリスロースの真正面からの質問に、受けた本人でもないのに心臓が跳ね上がった。

 リリベルも小さな呻き声を出して答えるのに迷っていそうな態度だった。心なしか腰に回している腕も力強くなっているようだった。


「分からない」


 リリベルの一言にエリスロースはおうむ返しで聞き返した。

 察するに、彼女自身、気持ちの整理ができていないのかもしれない。

 前々から俺に対する好意から発せられる行動はいくつもあった。彼女の師匠であるダリアに薦められて、いくつもの劇や書物に触れてきた彼女は、自身の行う行為がどういった意味を持つのか理解できているはずだ。

 それでもなお、彼女は自身が無意識に行った行為と、俺への好意を紐付けられず、師匠から言いつけられた「恋をする」という言葉をただひたすら守ろうとしている。恋という言葉の意味を理解していても、自身が感じ取った感情の中でどれが恋にあたるのか分かっていない。


 そうして、これまで苦悩し続けていた彼女をずっと見てきたのに、俺はそれに応えることができないままだ。

 俺は俺で、彼女に恋をしていると自覚させて、その後どうやって彼女と接していけばいいのか分からないのだ。俺もまた、自身の感情に整理がつけられていないままなのだ。


 《私が思うに、キミが自分の騎士と接する時のその態度は、明らかに好きという感情を含んでいると思う》

「そうなのかい?」


 まるで他人事のようにリリベルは聞き返した。

 だが、自身の中にある「好き」という感情を、エリスロースの質問で初めて自覚し始めたようだ。


 《ああ、こんなことを口にするのも気色悪くて嫌だが、キミは恋をしているのではないか?》

「へえ」


 リリベルはただ一言発するだけで、感情が読み取れなかった。自身の感情を噛み砕いて、改めて自身が恋をしているのか理解しようと努めているのではないか。次に彼女がどう反応するのか、不安になりながらも静かに待つことにした。


 《へえって……。で、実際どうなんだ。私の言う通りなのか? 気になって仕方ないのだ、ああ仕方ないのだ》


 リリベルの腰に腕を回す力が更に強まった気がした。彼女は一体何と言うのだろうか。


「私は――」

 《避けるぞ!》


 リリベルの回答を遮って、急にエリスロースが左に舵を切った。俺は必死に足でエリスロースにしがみついて振り落とされないように気を張る。

 すぐに右側から閃光が通り過ぎた。その閃光は光を散らしながら、月へと向かっていった。

 エリスロースが体勢を立て直して、生を実感していたら、しばらくすると空から巨大な光を放つ物体が地上へ落ちてきた。

 白く光る結晶だった。


 地上へ目を向けてみると、光線の元が分かった。

 アギレフコに俺たちの存在が気付かれた。


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