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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第4章 月が墜ちる日
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血と元魔女2

 谷の始まりから谷の終わりの方まで、途切れることなく巨大な血の塊が腕を伸ばすかのように空へ上がっていくのが見えた。血の塊は、月と燃える死者(ケイオネクロ)の光に当てられて、紅く輝いている。その巨大さ故に影となって大地を覆い、何重にも大地と擦れる音がオークの雄叫びに混じって聞こえている。

 オークたちは、血の塊に向かって果敢に立ち向かったり、気にせず燃える死者(ケイオネクロ)に突撃したりしていて、この状況に動揺しているようには感じられなかった。


「良いね! これなら月に行けるかもしれない!」


 リリベルは顔を上げて今まさに空を覆わんとする血の塊に、うきうきのご様子である。

 確かにこの血の量を操るエリスロースはすごいが、それでもこの血で月に辿り着いた情景が、どんなに頑張っても頭の中に再現できない。彼女に再び次の手を請うと彼女は、はにかんであっさりと返答した。


「この血の塊で翼の生えたドラゴンを形作って飛んで行こう!」


 年齢相応というべきか、まるで子どもが空想話を誰かに披露する時みたいに、彼女は無邪気な策を伝えてきたのだ。

 俺の硬い頭では全く想像もつかなかったその発想に、反応することさえできなかった。

 しかし、リリベルが幾ら理想の策を提案したところで、エリスロースができないと言えばそれまでだ。その場合はリリベルの提案が、儚くもこの大地の砂に紛れて消えるだけのことだ。


 《血で空を羽ばたいたことはない。だからやってみる他無い、ああ無いさ》


 幸運なことにエリスロースは「できない」とは言わなかった。彼女の言葉を聞いて、リリベルは満足気に鼻を鳴らして、鎧のままの俺の胸元に背中から寄りかかってきた。


「ヒューゴ君、どうか安心して欲しい。君の命は私が守ろう。だから、一緒について来てくれるかい?」


 先程俺は彼女について行くと言ったはずなのだが、なぜか彼女は念を押して、俺に本当について来てくれるのか尋ねてきた。俺は間も与えずに「勿論だ」と一言放ってから、続きの言葉を更に彼女にぶつける。


「リリベルの命は俺が守ろう。だから、一緒に月へ行かせて欲しい」


 するとリリベルは突然振り返って、彼女の魔力でもって両手で兜を持ち上げて、俺の顔を空気に晒した。それだけでは彼女の行動から意図を読み取ることはできないので、次の彼女の動きを待ってから反応しようかと思ったら、ゆっくりと背伸びしてきた彼女に口を塞がれた。

 優しく啄むかのような仕草だった。

 頭はハンマーで叩かれた時のように思考が停止してしまった。


 でも、それは余りに一瞬だった。

 俺は何が起きたのか理解する前に、口から離れた彼女の少しだけ紅潮した顔が視界に入って、すぐに兜を被されてしまった。兜に頭が収まってから初めて、俺は彼女に口づけをされたと理解した。兜から覗けるわずかな縦の隙間たちから、少し俯くリリベルの様子が窺えた。


 動揺しすぎて、気の利いた一言も言えやしない。辛うじて思考できる頭脳によって、嫌な気持ちではないことを表すために彼女の頭を、ゆっくり撫でてみると驚く程無抵抗だった。それどころか彼女の方から俺の胸元へ頭を更に寄せ始めた。その様子を俺は微笑ましく思った。なぜかは上手く説明できないが、もっと彼女を撫でてあげたいと思った。


 《あー、気は済んだか?》


 真後ろから血のエリスロースが、すごく下らないものを見たかのような感情を込めて、話の先を促そうとする。

 彼女の存在をすっかり忘れていたようだったリリベルは、慌てて俺から離れていつもの風を装うとするが、もう遅いと思う。

 ふと谷から出てきた巨大な血を一瞥すると、気持ち悪く蠢いていた。そうやって血を四方八方に暴れさせる程、俺たちの姿を見るのは嫌だったのだろうか。


「では、やってみてくれないかい、エリススロースス君」


 かつてない程どもった上に言葉を噛んで、髪を指でくるくるといじり、動揺をこれでもかと表に出しているリリベルをよそに、エリスロースは巨大な血の一部を切り取り始めた。

 谷から出ている巨大な血から完全に千切れて離れると、後ろにいる血のエリスロースのように、縦に横にと器用に蠢き始めた。大きな血の塊の下側は4つに長く伸びて、その先端は鋭い刃物がいくつも生えている。上側は横に長く伸び、中央から1対の翼が生まれる。長く横に伸びた先端は短く2つに分かれて、その分かれた部分には牙がいくつも生えている。もう片方は、顔よりも先細っていき鞭のようにしなり始めた。

 エザフォスとアギレフコ以外に、この場にドラゴンが誕生した。


「おお、良いね。どこからどう見てもこれはドラゴンだね」

 《断っておくが、私の体の上でさっきの続きを始めるのは勘弁してよ?》


 ドラゴンのエリスロースがとんでもないことを喋り始めたので、俺が慌てて両手を横に振って否定する。リリベルも全く同じ仕草で否定していて、エリスロースはそんな俺たちの仕草を見たら、更に疑念を向けてしまった。同じ仕草をする程、仲が良いなら余計疑わしいと、全く信じてもらえそうになかった。


「えっと、さっきは説明不足だったね……。月に向かう間に、君と別れてから再び会うまでのことを説明しよう」


 リリベルは咳払いをしながら、明らかに話を逸らそうと話題を切り替えようとした。

 俺とリリベルは、ドラゴンのエリスロースに近付き、その背中に乗ろうとした時だった。この血が、谷底にあった血であることを俺はすっかり忘れていた。その血は、血以外に様々な種族の肉や恐らくは糞便も混ざったであろう代物だ。

 尋常ではない臭さに、俺は再び吐き気を催して、兜を被ってはいるが手で口元を抑えた。

 良く見るとリリベルも同じ仕草で口を抑えているのが分かって、目が合った彼女が同じ仕草をしていることに気付いて少し微笑むと、その様子を見ていたエリスロースの疑念が更に深まってしまった。


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