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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第4章 月が墜ちる日
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具現化と偽者

 黄衣の魔女の血とついでに俺の血も取り込んだエリスロースは、喜んでいた。生きている血と死んでいる血とで、彼女の血の魔法にどれだけ精度に差が生じるのかは分からないが、彼女が喜ぶということはそれなりに意味のある行為なのだろう。

 彼女の1度の羽ばたきで軽やかに飛んでいく感覚はあった。しっかりとエリスロースに掴まっていないと、風に押し負けてしまう。


 エリスロースの更なる飛翔で遥か遠く見える地上から、アギレフコの光線が未だに俺たちの横を吹き荒ぶ。彼女は真っ直ぐ上へは飛ばず、斜めに進みながら徐々に上へ向かっていく。直接月に行かない分、遠回りかもしれないが光線を避けるのには効果的だ。リリベルも雷魔法で光線をなるべく撃ち落とすことに努めているので、余裕はある。


「エリスロース君、この戦いが終わったら私と彼の血を捨てておくれよ」

《もちろん。キミの血は不味くて敵わない。血をもらっておいて何だが、可能なら今すぐにでも捨てたいぐらいだ》


 エリスロースの魂にリリベルの魂は合わないようだ。同じ魔女だからなのか、それとも彼女の心の深淵でも覗き込んでしまってそれが嫌なのか。理由は判然としないが、俺も彼女と同じようにリリベルの魂を早く俺の身体から取り除きたい。彼女の好意は未だ俺の身体を蝕み続けている。




 アギレフコの攻撃がエリスロースの回避だけで済むようになるぐらい、高さを確保すると月がいきなり赤く光り始めた。真っ暗な夜の中、真っ赤な月の光が地上へ向けて降り注ぐ。俺たちも赤い光を浴びて、身体が赤く染まっている。ただこの光で俺たちがどうにかなっている訳ではない。ただの赤い光だ。

 赤く染まった月は音を立てている。月の(いなな)きとでも言えばいいだろうか。雲にぶつかって押し退けていく音かもしれない。とても重たい物を引き摺った時のような音が、頭上から響き渡ってくる。

 月が赤くなると共に、今度は地上の方が眩しく光り始めた。下を覗き込むと無数の光が尾を引いて、空へ向かって飛んできていた。光は最早数え切れない。


「綺麗だね」


 リリベルが評価するその景色は、確かに綺麗だった。幾千もの流れ星が大地から空に落ちているのだ。箒の先のように光の尾がたくさん空へ降り注ぐ姿は、奇妙でとても美しかった。

 だが、あの流れ星は殺意を持っている。星に願いを込める風習のある地域が存在するが、アレらはどう考えても願いを叶えてくれるような幸福の光ではない。俺たちに災厄を確実に届けようとする光だ。


《あの光を足止めできる血は、ここにはもうないぞ》


 俺たちについて来ていた他のドラゴンのエリスロースはもう1人もいない。全てが光線を破壊するのに犠牲となった。この空にいるのは俺とリリベルと血のドラゴンのエリスロースの3人だけだ。

 エリスロースは避けることに集中している上に、基本的に攻撃は血を使わねばらない。


万雷(ばんらい)!』


 リリベルの雷魔法はすごい。幾千もの雷と幾千もの流れ星と対等に渡り合っている。

 だが、彼女は全ての光線を視認して当たりをつけている訳ではない。雷に当たらず尚も空に降り注ごうとする光は、()()()あった。

 一気に距離を詰めてくる流星群に、彼女の雷魔法だけでやり過ごそうとするのは無理がある。


『では早速、防具と剣をイメージして欲しい。何でもいいけれど私は格好いい姿が良いかな』


 くそ、リリベルの血の記憶が俺の思考を邪魔してくる。


『次はその防具と剣を私の魔力を使って具現化してみよう』


 彼女の思い出が脳裏をよぎってよぎって仕方がない。よぎる記憶は、俺が初めて彼女の魔力を使って鎧を具現化した時の情景だ。

 今はそんなことを考えている場合ではない。首を振って真下にある光の対処を考えようとするが、俺にできることは何だろうか。


『私の魔力を使って具現化してみよう』




 具現化?


 リリベルの好意を無理矢理頭の中から押し退けて、『リリベルの魔力を使って具現化』を頭の真ん中に置いてみた。

 その言葉から生まれてきた1つの疑問は、具現化できるものに際限は無いのだろうかということだ。彼女から教わった初めての魔法は、剣と鎧を作る魔法だったが、鎧ではなく別のものを想像して詠唱した場合はどうなるのだ。

 本来、魔法の詠唱には魔法陣が必要で、魔法陣を物理的に描く暇が無かったら、頭の中で寸分違わぬ魔法陣を想像しながらであれば詠唱ができるはずだ。


 だが、鎧を具現化する魔法だけは、彼女と交わされた謎の契約のおかげなのか魔法陣を必要としない。

 今の今まで、この魔法だけは他の魔法とは違って特別な意味を持ち、ただ鎧と剣を具現化するためにしか使えないと思っていた。だから、特に考えもしなかった。

 想像した通りに鎧や剣を生み出すことができるなら、想像した通りに別のものも生み出すことができるのではないか。


 例えば、鎧ではなくて巨大な何かだったら。あの光を全て受け止めることができる何かだったら。


 しかし、頭の中に確かなイメージを持って詠唱するには、リリベルの好意が邪魔をしすぎている。


 だから、俺の頭の中にいるリリベルを、そのまま具現化してみることにしてみた。もし、本物のリリベルとは別に、俺がもう1人のリリベルを具現化できるなら、合わせて2人のリリベルで雷に対処できるのではないかと思った。


 詠唱は正直何でもいいが、分かりやすく言うならばこれがいいだろう。


『黄衣の魔女よ』


 俺の目の前に黒いもやが現れた。それが人の形になって、更にもやが凝縮されると、それはリリベルになった。

 できた。具現化できた。

 だが、俺の想像の仕方が悪かったのか、生み出されたリリベルは1人だけでは無かった。5人のリリベルが空中で生み出されてしまった。彼女たちは完全に形作られたと同時に、顔を動かし、俺と目が合うと笑顔で返した。一気に俺に微笑みかけたので少し怖かった。


 5人のリリベルは、エリスロースに乗っている訳では無いので、間も無く空中に放り投げられて落ちて行った。落ちていく彼女たちの視線を追うと、彼女たちから一斉に声が上がる。それは魔法の詠唱だった。

 すると、とてつもない雷の嵐がすぐ下で巻き起こり、俺たちに向かってくる全ての流れ星を呆気なく粉々に打ち砕いてしまった。


 エリスロースも上へ飛ぶのをやめてしまい、その場で羽ばたきながら唖然と下の景色を見ていた。

 リリベルは俺のすぐ後ろにいるので、どういう感情をしているのか読み取ることはできないが、きっと俺のやったことは彼女に喜んでもらえることだろう。


《この魔法は2度と使わない方がいいだろう、ああそうだろう》


 しかし、返って来たのは賞賛の言葉ではなく、否定する言葉だった。


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