表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第4章 月が墜ちる日
94/723

恋と黄衣の魔女2

 アギレフコの白い輪が再び輝きを見せたので、2人にすぐ知らせる。気休め程度にしかならないが、念のため俺は黒盾を下に向けて構える。多分あの光線に直撃したら俺たちは空中に放り投げ出されることになるだろう。


《黄衣の魔女! また来るぞ!》

「『リリベル』で良い!」


 リリベルは俺の腰に回していた腕を片方下へ向けて放り投げて、一喝する。


瞬雷(しゅんらい)!』


 空に近いからか彼女の雷魔法は生き生きと空を駆け巡っていた。稲妻が輝く光線にぶち当たると爆音が四方へ広がり、俺の耳に届く。光線はそれ以上の進軍を止めて、代わりに結晶の破片が上下左右に砕け散り、流れ星みたいに光の尾が空に走っていく。


《ドラゴンの攻撃を打ち砕くとは……さすが黄衣の魔女か》


 エリスロースがリリベルを称賛する言葉を聞いて、ドラゴンはそれ程の力を持つ者なのかと改めて理解した。きっと並の魔女では、対等に戦うことすら許されない存在なのだろう。オークで瀕死になった俺では、まともにあの白龍と向き合えば、形が残るかすら分からない。そうならなかったのは黄衣の魔女である彼女の魔力のおかげなのだ。

 美しい流れ星に目を見張っていると、その奥から再び光が眩く輝き始めた。明らかにアギレフコの光線が再び発射されようとしている。


「全く、エザフォスは一体何をしているのやら」


 リリベルはエザフォスがアギレフコの注意を逸らすこともできないことに呆れた様子を呈しつつも、再び雷魔法を詠唱しようとした時だった。眩い光が大きく8つに分かたれ、横に広がると一気に光が大きくなる。8つの光がこちらに向かって来ている。

 さすがのリリベルも一瞬のできごとで焦りを見せているようだ。雷魔法を放ち、3つの光がバラバラに砕けたが、残りの5つの光が一直線に向かって来る。

 光はあっという間に俺たちのもとへ辿り着き、撃ち落とさんとしている。俺たちが乗っているエリスロースに随伴していた別のエリスロースが、直前で光に向かって飛び立つと形を変えて、巨大な網目模様を作って落下した。血の網は5つの光を捕らえるが、時間が遅れて網が破れると、2つの光が更にこちらへ向かって来る。


《傾けるぞ!》


 エリスロースは言うがはやく、俺が心の準備を済ませる前に身体を斜めに傾け、翼を羽ばたかせてその勢いで一気に横に飛ぶ。風の押し出しで振り落とされないように、必死に足でエリスロースの胴体を挟み続ける。

 彼女の回避行動によって間一髪で光が横をすり抜ける。通り過ぎて行った光線がそのまま更に上へ飛んでいき、赤く輝き始めたと思ったら、突然爆発し流れ星となって光る破片が再び地上へ戻って行った。

 光線の残りはエリスロースの血の網で勢いを失い、輝く結晶が地上へ向けて小さくなっていくのが分かった。

 上は月の光、下はアギレフコの光線の残骸で、夜だというのに昼のように明るい。それ程周囲は光で溢れいている。


「エリスロース君、谷にいる血でアギレフコに攻撃できないのかね?」

《既にやっているとも。だが、完全に無視されているね。傷はできてもすぐに回復されて無意味だ》

「いいや、続けて。魔力を消費させ続けてほしいかな」


 ここからは確認できないが、エリスロースは地上に残っている血で、アギレフコに攻撃を仕掛けているようだ。エザフォスも攻撃しているはずだというのに、それらを一切無視してこちらに光線を放つということは、それ程アギレフコに圧倒的な力があるということだ。

 だが同時に、エザフォスとエリスロースを無視して俺たちを狙うということは、やはり彼は誰かに月に近付いてほしくないとみた。


 とはいえ上を見上げても巨大な月には未だに到着できそうにない。ここから地上までは最早俺が知っている尺度では言い表すことができない程の高い場所にいる。それだけ高い場所にいるのにまだ月には届かないのだ。一体どれだけ遠いのか。

 そして、早く月に到着しないとこのままではいずれアギレフコに撃ち落とされてしまうかもしれない。もっと速く飛ぶことはできないかエリスロースに質問すると、「大半が魂が死んでいる血で作られたこの身体では、上手く魔力が制御できない」と返されてしまった。つまり、生きた血があれば良いのか。


「それなら、私の血を使って」

「それなら、俺の血を使ってくれ」


 彼女の返事に対して、俺の血を使うように提案してみたが、なぜか俺の話す声が可愛らしい声になっていた。それがリリベルも全く同じことを言っていたと気付いた時には、エリスロースがいよいよ辟易し始めた。


《それなら、涎でも涙でも何でもいいから、キミたちの血を私の身体に落とせ。血があるならそれが手っ取り早い、ああ手っ取り早いさ》


 それなら俺は顔をエリスロースに突っ込めばそれで良い。顔は多分オークとの戦いで血だらけのはずだからだ。すぐに顔を血の塊に突っ込むが、無理矢理リリベルが俺の腕を引っ張って、顔ごと身体を引き戻してそしてなぜか握手させられた。


「私が血を出す方が手っ取り早いよ。君は私のことを掴んでいて、手を離さないで!」

「あ、はい」


 リリベルの強い圧力に俺は二の言葉もなく屈する。彼女は俺が持っている盾を剣に変化させるよう指示してきたので、すぐに黒剣に変化させてから彼女の手元に見えるように、剣を後ろ手に回した。その剣を誰かが掴む感覚があったが、間も無く自由になる。彼女とそこそこの時間を過ごしているからか、今のやり取りで彼女のやりたかったことが何となく分かった。

 リリベルは自分の手か何かを剣で切って、血を出してエリスロースに分け与えているのだろう。


 彼女の自傷行為に対して、一瞬だけ騎士として一言文句を言うだけ言ってやろうと思ったが、俺の頭の中に膨大な感情が流れてきてそれどころではなくなってしまった。


 多分、リリベルがエリスロースに手を突っ込み、そして俺がエリスロースに顔を突っ込んでしまったからだろう。

 エリスロースの血は、触れた相手の血に刻まれた魂の記憶を共有する。そのため、たくさんの魂を共有すれば様々な魂が混ざり合って、狂いかけてしまう。血の町で彼女はそう言っていた。

 俺はてっきり、エリスロースだけが共有された魂の記憶を閲覧できると思っていたのだが、どうやら違うようだ。


 おそらく今、エリスロースの血の魔力を介して、リリベルの血に刻まれた魂が俺の魂に、頭の中に流れ込んでしまっている。


 彼女の俺に対する好意という感情の嵐がこれでもかというくらい、俺の思い出をずたずたに押しのけて主張してくるのだ。




 彼女の魂は余りにも甘ったるかった。

 彼女の好意によって前後左右の感覚が分からなくなった俺は、リリベルごとエリスロースから落ちそうになってしまったが、舌を思い切り噛んで自我を維持し続けた。

 俺はこの先ずっと理性が狂わないように彼女の好意と闘い続ける羽目になる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ