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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第4章 月が墜ちる日
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血と元魔女

 エザフォスの攻撃で吹き飛んだ俺を助けてくれたのは、エリスロースだったようだ。

 俺は彼女に礼を言ってから、すぐにリリベルトエザフォスのもとへ走る。幸いなことにどこか負傷していることもなく、不自由なく手足を動かすことはできた。


 俺は走りながら一度黒鎧を解いて、背負っていた鞄から大事な預かり物を取り出し、再び黒鎧に身を包んだ。地上に戻ったらすぐに渡そうと思っていたのだが、目まぐるしく変わる状況に混乱してすっかりこれを忘れてしまっていた。


 彼らのもとへ戻ると、すぐ近くに巨大な結晶が地面にいくつも突き刺さっていた。先程俺が空に飛ばされた時に、アギレフコが攻撃を行おうとしたのは見えていたので、恐らくその攻撃の残骸がこの白い結晶なのだろう。

 一際大きな白い結晶のすぐ横にリリベルが立っていて、今まさに結晶に手をかけていた。すると白く輝いていた結晶があっという間にその輝きを失い始め、やがて月の光のおかげで辛うじて鈍く光るだけの石となった。


「リリベル!」


 俺は彼女のもとへ全速力で駆け寄って、彼女に外傷がないか確認する。俺の姿を確認した彼女は笑顔で迎えてくれた。


「ふふん。さすが私の騎士だね」

「怪我はないか?」

「五体満足だよ」


 それなら良かった。盾で防御した甲斐があって良かった。

 次にエザフォスの方へ顔を向けると、彼はじっとこちらを見つめていた。どうやら攻撃する様子はまだないようだが、油断はできない。俺は黄衣の魔女の魔力を、身体に引き出して再び盾を具現化させ、リリベルの前に出て防御体勢をとる。


『儂の力を受け止めたことにも驚いたが、その小さな娘の魔力を操る力にも驚いた』


 光栄なことに2度も驚いてもらえたようだ。

 リリベルは最初からアギレフコが落とす結晶の魔力を吸収する様を、エザフォスに見せるつもりだったのだろう。エザフォスの気を自分達に向けさせていれば、アギレフコは好機と言わんばかりにエザフォスへ白い光線を放つはずだ。リリベルはそれを利用して、自身がどういう存在かをエザフォスに示してみせたのだ。


「私が吸収した魔力を君に分けよう。だから月を破壊し、あの白いドラゴンをこの地から退ける協力をさせてくれないかな?」

『断る』


 即答されてリリベルはガクッと肩を落とした。

 エザフォスは(きびす)を返して空へ飛び立ち、アギレフコへ再び攻撃を開始した。

 ここから見るとエザフォスよりもアギレフコの方が遥かに巨大だ。アギレフコの腕にエザフォスの体全体がすっぽりと収まってしまう。体の大きさに差がありながら戦いは互角というのだから、ドラゴンは決して大きさがものを言う訳ではないようだ。


 後ろから何かを引き摺るような音が聞こえたので、振り向いてみたら血の塊となったエリスロースがこちらに向かって来ていた。


 《結局、これはどういう状況なのだ?》


 彼女が血を蠢かしながら、リリベルに質問をした。縦に横にと弾む血の動きは、一体何の感情を表しているのかは全くもって理解不能である。


「ノストーラからの依頼は達成した。が、ご覧の通り月はこの地から去る気配がない。ということで私たちで月をどうにかしてやろうという話さ」

 《訳が分からん》


 なぜ、俺たちが月をどうにかしてやろうという結論に至ったのかは、俺も良く分かっていない。気付いたらこのような状況になったのだ。エリスロースも俺と同じような頭の中になっているだろう。

 だが、彼女は状況があまり理解できていなくても、その目的についてはあっさり飲み込んでいたようだ。

 エリスロースは何をして欲しいのか彼女に問うた。


「月に行きたい。できるか?」

 《どうやら私より先に気が狂ってしまったようだな》

「いや、彼女は本気だぞ」


 俺は手に持っていた彼女の黄色のマントをリリベルに羽織らせる。彼女は「これがないと始まらん」とウキウキで袖を通して、その場でマントを気にしながらひらひらと動かして大層喜んでいた。


「君はオークの谷でどれだけの血を得たんだ? 私たちがここに来るまでに好き勝手やったのだろう?」

 《君の騎士のお守りをしたさ。オークに殺されかけてたぞ、ああ殺されかけていた》


 恥ずかしくてリリベルに言っていなかったことをあっさりバラされてしまった。兜をかぶっていて良かった。多分、今顔を見られたら俺の真っ赤な顔を、彼女に晒していたことになっただろう。


 《ああ、それで好き勝手やった結果だが……》


 エリスロースが途中で話すのをやめたので、何かを俺たちに見せたいのかと思って、辺りを見渡してみたが特に成果らしきものは見えない。もしや、地上にいるオークたちか、燃える死者(ケイオネクロ)は彼女の仕業か。

 そう思ってもみたが、どうやら違ったようだ。


 シェンナが谷から音がするから注意しろと言った意味が、彼女の成果と繋がることに今初めて気付いた。

 谷から、血がゆっくりと生えてきた。指を指して、あそこから湧いてきていると示すことができるような状態ではない。至る所から、否、谷の全てから血が湧き出し、そのまま空に向かって伸びている。まるで生き物のようにうねりながら、巨大な血の塊が谷全体から生えてきたのだ。


 《谷底に血溜まりがあってな。死んでいる血だが、私にとっては些細なことだ、ああ些細なことだ》

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