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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
プロローグ
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緋衣の魔女2

 黄衣の魔女を両腕に抱えながら、家々の間を走り抜けた。


「おい! 緋衣の魔女は呪いを解いて欲しいんじゃないのか!? なぜ攻撃してくる!?」

「さあ。なんでだろうね」


 こうなったら今すぐ町を抜け出そう。

 ただ、せっかく買った旅道具を置いていく訳にもいかない。だからすぐに宿屋へ寄って、すぐに町を出る。そうしよう。

 暗い路地を渡り続けて、宿屋へ歩を進める。


 後ろの方で木が大きく軋む音がする。

 少し立ち止まって、振り返ってみるとすれ違った家々が今まさに崩れ落ち、道を塞ぎ始めていた。

 家の部品である木材からは血が染み出して、こちらへ向かって流れてきている。


 女の子とはいえ人を抱えて逃げるのにも限界がある。

 その内追いつかれるだろう。


「俺は宿屋に置いた旅道具を取ってから、この町を出る。お前ほどの魔女だったら自力でこの町は出られるよな」


 俺は魔女を立たせて、先に町を出るよう促す。

 俺1人だけだったらなんとか逃げ回ることはできるような気がする。

 黄衣の魔女はなぜか溜息をついて、湯水の如く湧く血の群れに向かって手をかざした。


瞬雷(しゅんらい)


 そう一言告げた瞬間だった。

 それが魔法の詠唱なのだと気付いた時には遅く、既に目が焼けるほどの光と耳をちぎらんばかりの轟音が俺を突き抜けていた。

 その音の衝撃だけで尻餅をつかされる。


 黄衣の魔女が操る魔法の中で最も得意とする雷の魔法。

 その光と音のせいで、この魔法を受けた者は、一時的に視界と聴力を失い、自分に何が起きたのかを理解するのに時間を要するだろう。


 もっとも、ただの人間であれば直撃した場合、考えるという行為に至ることもなく消し炭になっているが。


「君は他人を頼るということをしないね」


 ぼんやりと遠くの方で声が聞こえた。

 実際はすぐそこで起きている会話なのだが、耳が詰まったような感覚で聞き取りにくい。


「俺がお前に助けを求めて、お前が助けてくれたら呪いにかかってしまうだろう」


 黄衣の魔女は大きく笑い上げて、無理矢理に俺の手を引いて走り始めた。

 よろけながらもなんとか走ることはできた。


「そんなことはないよ。魔女が呪詛をかけることによって呪いは成立するのだから」


「でなければ、この世界は呪いで溢れてしまうよ」


 それなら町人たち全員にどうやって呪いをかけたというのか。

 1人1人に呪いをかけてまわったというのか。


「魔女の言うことをあまり信用してはいけないよ」


 黄衣の魔女がボソッとそう呟く。

 魔女はどいつもこいつも奇人しかいないのか。






 走り続けていると、突然目の前にランタンを提げて歩く人影があった。

 影の主は光るマントを喜んで話していた服屋の店主だった。


「誰かと思えば昼間の旅人じゃないか」

「今すぐここから逃げてください。ここは危険です。緋衣の魔女が――」

血飛沫(トゥ・アルマ・タ)


 何の脈絡もなく、発してきた謎の単語はこれまでの経験から魔法の詠唱であることが予測できた。

 服屋の爺さんは詠唱すると同時に、おおよそ人に流れている量を明らかに超えた血を口から噴き出した。


 ただの血と思えば怯むことではないのだろうが、血が針の形となって襲ってきた魔法を見たら、絶対に触れてはいけない気がする。


瞬雷(しゅんらい)


 今度はなんとか対応できた。

 黄衣の魔女が魔法を放つ瞬間までに耳と目を塞ぎ、最低限のダメージを負うだけに留められた。


 目を開けると、雷が落ちたであろう範囲に真っ黒な痕が残っており、その近くにあった家は直撃した衝撃でほとんどが弾け飛んでいた。

 弾け飛ぶに至らなかった箇所は火がつき、おそらく燃え広がっていくだろう。


 飛んできていた血が、俺や魔女の服に付着していないということは、血も消し飛ばされたということだろうか。

 雷が落ちた中心からは、黒い塊が落ちていて肉が焼けた匂いが漂ってくる。


「無駄に人を殺すことは好きではないのだけれど、君の命が脅かされるのであれば仕方ないね」


 だが、こいつが魔法を使ってくれなかったら十中八九、俺は血を浴びてどうにかなっていたと思う。

 また助けられたという若干の後ろめたさが心の表層に表れ始めてくる。

 それと同時に後悔の念も生まれた。俺が緋衣の魔女に会わなければ、余計な死人が増えることもなかったはずだ。


 悪感情を生みながらも、先に進もうと黒い塊の横を通り過ぎた時に、塊が喋ったような気がした。

 ほとんど声になっていなかったと思うが、聞き取れた言葉の断片から想像して言いたかったことは理解できた。


「血は……我々は……争いを求めている」


 もはや他の町人にも襲われる可能性があるため、出会っても無闇に近付くべきではなくなった。

 先程まで広場で祭りをしていたので、町人の大半はまだ広場の方にいると思うが、これが一斉に襲い始めてきたら太刀打ちなんかできないだろう。


 ただ、同時に一つの疑問が湧いた。

 なぜあの爺さんは、魔法を詠唱したのか。それも緋衣の魔女と同じような魔法をだ。


 操られていただけなのか。


 単純に魔女を崇拝していて同じ魔法を使いたくて習得した者だったのか。


 彼自身が魔女だったのか。




『彼自身が魔女だったのか』




 数々の想像の中で、一つの想像だけが頭の中に強く引っかかる。

 その引っかかりを取るために、俺は黄衣の魔女に質問をしてみることにした。


「なあ。お前が昼に用があると言っていた人は、緋衣の魔女のことで合っているか」

「合っているよ。他の魔女が勝手にこの町に入ると彼女は怒るからね。挨拶をしたんだ」

「その時に会った魔女はどんな風貌だった?」

「どんな風貌、か」


 黄衣の魔女は少し息を切らしながら思考して再び口を開いた。


()()()()()()()()だよ。その時は農事に勤しんでいたから、農夫服を着ていたよ」


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