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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第4章 月が墜ちる日
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捜し者と壊れていた騎士

 結晶の床を真ん中まで歩いたところで、谷に引っかかっていた箇所が細かく割れる音を立て始めた。

 歩いている最中にまた谷底に落ちるのだけはごめんだ。1度目は運が良かったが、2度目は無いという可能性もある。


 ゆっくりと結晶を渡り歩いて、(くだん)の部屋に辿り着く。


「リリベル、いたら返事してくれ」


 ここにもいないとなると困るが、部屋の中へ入って奥を確認してみる。後ろからはまた人間もどきらしき悲鳴が聞こえ始めた。再び奴らが登ってきたとなると、対処するのに面倒だな。

 部屋の中は荒れ果てていて、机や椅子は無造作にひっくり返っている。篝火台は倒れていて、中身の薪がぶち撒けられている。ここが石の床でなかったら火事でも起きていたかもしれない。

 ひっくり返った家具の下に彼女が埋もれているかもしれないので、家具を掘り返して確認してみたりするが見つからない。

 部屋の奥は破壊された家具の部品がそこら中に散らばっていた。ここにも焦げ跡があり、戦いの痕跡と思われる場所がある。オークの死体が何体も積み重なっていて、肉の焼ける匂いが漂っている。

 まさかこの死体の下にいるのか。


 俺はオークの死体をどかそうとしたが、鎧を着込んでいることもあり容易に動かせそうにない。


「リリベル?」


 声をかけて反応があれば、オークたちの身体を切って分割すればどかすつもりだったが、返事は無い。


「むー」


 小さくか細い声だったが、かすかに声が聞こえた。リリベルの声なのかは分からなかったが、それでもこのオークの死体の山の下に、彼女がいるかもしれないと思って、やはりこの山を切り刻むことにした。

 腕や足を切って、切って切りまくって胴体をどかして少しずつ、山を崩していくと手が見えた。この場所には似つかわしくない綺麗で白い手が、オークの山の隙間から生えていた。

 多分リリベルだ。そうでないと困る。


 続けて周りにあるオークを切ってかき分けて、更にかき分けていくとやっと顔が見えた。やっとリリベルを見つけることができた。


「助かったよ。彼らが一斉に私にのしかかって来てね。寸前で倒したは良いものの死体がそのまま積み重なってきたものだから、口が塞がれて魔法も詠唱できずにこのざまという訳さ」

「ドジだな」

「何だと」


 リリベルは顔だけ生やしたまま頬を膨らませて怒りの意を表している。

 俺はリリベルが引きずり出せるように、もう少しだけ死体を切り崩していく。しばらくして、リリベルが自力で脱出することができた。

 彼女の服はぼろぼろて、どちらの血か分からないが赤黒く汚れている。

 リリベルが血を流していないか、確認してみるが見た目は問題なさそうだ。彼女が大人しくしてくれたおかげで、すぐに確認できた。


「でも骨とかは折れていると思うよ。のしかかられた時に音がした気がする」


 そう言うが彼女は平気そうに立っている。回復魔法で傷を癒やすために、どこが折れているのか分からないから、確認のために痛みを消す魔法を解くように言うと、彼女は頑なに拒み始めた。


「君の前で痛い痛いと騒ぐなんて格好がつかないじゃないか……」


 彼女は恥ずかしそうに顔を背けていたので、今はそんなプライドは捨てろと彼女の頬を横に引っ張った。

 後ろでは人間もどきたちの声が近付いて来ている気がする。




 いや、簡単に解決できる方法があった。どこを怪我しているのかわざわざ確認せずとも、彼女を殺せば良いのだ。

 リリベルは殺せば死ぬ前の状態に戻る。殺して死ぬ前の状態に戻って、また殺せば更に死ぬ前の状態に戻る。そうやって何度も何度も殺していけば、彼女の骨折ごと治るはずだ。


 黒剣を抜いて、リリベルの首元に剣を置く。彼女は一瞬戸惑ったようだが、すぐに「なるほど」と言って笑顔で目を瞑って首を俺の方に差し出してきた。彼女は聡くすぐに俺のやろうとしていたことを理解してくれた。


「君も成長したね。合理的で良いと思うよ」


 皮肉なのか素直にそう言っているのか分からない彼女の言葉を聞きながら、俺は思い切り黒剣を振りかぶる。狙うはリリベルの首だ。

 彼女の首は、オークと違って細く頼りない。だから俺の腕でも簡単に切り落とせる。必要なのは彼女を殺す覚悟だけだ。今の俺なら大丈夫だ。

 この異常な谷のおかげで、生ける者の命を奪うことへの罪悪感が大分薄れてきた。今の俺なら大丈夫だ。




「アンタ、その魔女の騎士なんだろう!」


 それはシェンナの叫び声だった。振り返るとダナとシェンナが松明を持って部屋の中に入ってきていた。


「アンタの守りたい者は、そんな簡単に傷を付けていい、その程度の人なのか?」


 シェンナが早足で俺の方へ向かって真っ直ぐ俺の目を見つめてきた。迷いのない足取りが、彼女の剛直な性格を表している。


「良いんだよ。彼はこれで良いんだ」

「良い訳があるか」


 リリベルとシェンナの間には見えない火花が散っているようだった。


 敵がすぐ近くに迫っているかもしれない状況だから、より早く問題を解決できれば良かったと思っていた。だからリリベルを殺すことは、今考えられる最も最良で最速な手段のはずだ。



 そう思っていた。



 でも、俺は黒剣をすぐに振り落とすことはできなかった。

 それどころか、シェンナの諫言を受けて、振り上げていた剣をいつの間にか下ろしていたことに、今気付いた。

 シェンナに遅れてダナが後ろを警戒しながら、ゆっくりと歩み寄って来る。彼はシェンナとは違って、後ろから聞こえる人間もどきやオークの声、爆発音にすごく気を使っている。そのことからも彼が臆病な性格であることが分かる。


「ヒューゴさん。あなたが魔女様の騎士になったのは、なぜでしょうか」


 そんなこと言われても、俺は成り行きで黄衣の魔女の騎士になっただけで、大層な理由なんて無い。聞かれても答えられない。

 しかし、ダナのその言葉で、彼女と初めて会った時や、彼女に騎士になってくれと言われた時のことを思い出した。

 初めて会った時は、底知れぬ不気味さと魔法に対する圧倒的な強さに恐怖した。だから、彼女の騎士として働くことになった時は、一体俺に何を守れと言うのかと不思議に思った。

 でも、彼女と行動を共にしていく内に、その印象は変わっていった。

 彼女は確かに強い。魔法に対する知識もあって、膨大な魔力量でもってあらゆる敵と対峙してきた。

 だが、彼女は最強ではない。戦う相手の相性が悪ければ負けそうになる。その上、意外と心も揺らぎやすい。


 だから、騎士として働くことになったからには、全力で彼女を守ると決めた。俺の力が少しでも彼女に役立てば良いと思った。

 騎士として彼女を守ると決めたのだ。




 ああ。

 そうだった。


 気付いたら、俺は床に思い切り頭を叩きつけていた。兜越しだったが、それでも大きな衝撃が走る。今の俺には丁度良い痛みだ。

 俺の奇行をリリベルは不思議そうに見つめていた。


「ヒューゴ君……?」

「すまない、リリベル」


 俺はいつの間にか、この薄暗い谷の闇に当てられていたのかもしれない。俺の頭はおかしかった。いや、この場所のせいにするべきでもない。

 今までの俺なら他人を平気で傷付けることなんかできなかった。長いためらいが必ず出てくる。その度にリリベルに注意されたこともあった。「君の異常な優しさが君自身を殺そうとしている」と言われたこともあった。


 俺だって気付いていたさ。

 命を奪って、奪われた者はそれでおしまいなのだ。その先に何も無いし、何も起こらない。俺のせいで誰かのその先の未来が何も無くなってしまうことを、俺は嫌った。怖かったんだ。そうやって傷付けることを嫌って、嫌って、嫌い続けていたら、誰かを守ろうとした時にきっと失敗するだろう。

 だけれど、いざその場面に出くわしたら俺は一瞬の内に、相手の未来を考えてしまい、躊躇してしまうのだ。リリベルが不死じゃなかったら、きっと俺は何度も彼女を死なせていたはずだ。




 だから、彼女を守るために躊躇しないと決めた。

 その決心がいつの間にか別の方向へ歪んでいた。守るために誰かの命を奪うと決めたはずが、いつの間にか命そのものを軽視していた。主人の命すら軽視していたのだ。それで一体、俺は誰を守ろうとしていたのか。誰を守れるというのか。


 俺は、心の奥底に辛うじて残っていた『いつもの俺』に感謝した。おかげで彼女の首を切らずに済んだ。

 そして、ダナとシェンナにも感謝の意を伝えて、続けてリリベルに回復魔法を唱えた。


 シェンナは満足そうな表情をした後に、剣を構えて部屋の出入口へ向かった。

 当のリリベルは、何が何だか分からないと言った顔で、更に混乱していた。


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