魔女捜しと邪魔者
しかし、上層にいるオークたちは今誰と戦っているのだろうか。武器を持ってあちこちを走り回っている音が聞こえるが、皆一斉に同じ方向へ向かっているようではなく、いくつもの行ったり来たりする足音が耳に入ってくる。
その他に聞こえてくるのは、オークの怒ったような叫び声と、爆発する音。落雷は今の所聞こえてこない。
彼女は不死だから、仮に雷の魔法を放つことができないとしても、それが死んだということにはならない。それでも彼女の身に何かあったのではないかと、一応の不安は覚えている。
「魔女がどこにいるのか、分からないのか?」
シェンナが俺に向けて小さく質問するが、その問いには答えられない。魔女と仕事しているからといって、魔女の位置が常に分かる訳ではない。
「最後に彼女を見た時は、地上から谷に架かっている橋の上に落ちた時だ。2人はその場所を見たか?」
ダナもシェンナも、俺とリリベルが風に吹き飛ばされて谷に落ちて行くのは見えたようだが、どこに落ちたかまでは確認できていなかったそうだ。
何せ、あの直後白く輝く巨大なドラゴンが現れて、先住オークたち共々パニックになったからだろう。
「彼女が魔法を放った痕跡を見つけられればその近くにいるのかもしれない」
「分かるのか?」
「何度も見てきた」
「それならその痕跡を探そう」
シェンナの提案に乗り、俺はダナに雷の魔法が放たれ後どうなるか特徴を教えて、痕跡を探してもらうことにした。
彼女の魔法の威力であれば、地面は激しく抉られて辺り一面にその破片がばら撒かれる。雷が生物に直撃すれば、それは消し炭になっているはずだ。辛うじて、そこに何かいたのだろうなと判別できるくらいの塊は確認できるが、元々何の生き物だったかまでは分からなくなる。それ程の消し炭具合だ。
燃える物が近くにあれば、そこに火が付くこともあるので特徴的だ。
ダナに今俺たちはどれぐらいの階層に位置するのか聞いてみると、地上まで上がっていくのに数える程ぐらいの高さしかないと言った。もう上層に位置しているのだろう。
ダナはオークとすれ違う度に、俺には理解できない言葉を誰かへ向けて話している。つまるところオーク語であろうか。彼が何と言って俺たちを運んでいるのか分からないが、何も攻撃を受けていないということは、上手く掻い潜ることができているのだろう。
途中いきなり走り出して、谷の壁を掘った横穴の部屋の中に入り込むとすぐ近くで爆音が鳴り響く。オークの悲鳴と何か巨大な物が落ちていく音が聞こえてきたので、思わず顔を上げてその光景を見ると、黄土色のドラゴンが見えた。
あのドラゴンが落ちてきたということは、誰かの攻撃を受けたということで、オークたちの攻撃で落ちるような図体でないことを考えれば、相手はおそらく白いドラゴンだろう。
「おいおい。ドラゴンを封印から解いたら月が堕ちてくる話はすぐに解決するんじゃないのかよ」
「あの白いドラゴンに邪魔をされているのだと思います。さっきから白い光があのドラゴンにぶつけられています」
黄土色のドラゴンは途中で谷に引っかかったのか、すぐに体勢を戻して再び飛び上がって行った。飛び立つ瞬間に強烈な風が部屋の中を吹き上げ、あらゆる物が飛び散り、火が消えて真っ暗になる。
ドラゴンが飛び立ったのを確認してから再び部屋を出ると、通路や橋ががあちこち無くなっている。さっきまで聞こえていたたくさんのオークたちの声が、一気に減っているのが分かった。
「オークって身体がかなり頑丈だと思うが、この高さから谷の底へ落ちても平気なのか?」
「多分、死んでいると思います……」
ダナは目の前から一気に消えていった同胞たちを目の前にして、意気消沈している。残虐なことをしていると思っても、仲間が消えていくのはやはり辛いだろう。彼に軽く言葉をかけても良いのかと考えていたら、シェンナが「ことが終わってから気を落とせ」と彼に発破をかけた。ダナは素直に彼女の言うことを聞いて、リリベルの捜索を再開してくれた。俺も彼を励ましの言葉をかけると「ありがとうございます」と丁寧なお礼が返ってきた。
階段を上がり下りすることなく、通路をしばらく歩いてもらっていたら、ダナが立ち止まってしまった。何か見つけたのかと聞くと、下から人間の悲鳴がいくつも聞こえた。
「アレ、何ですか……?」
ダナの言葉に俺とシェンナは思わず顔を上げてしまった。通路から谷の壁が視界に入ってくるが、壁を伝って登ってくる人間もどきがいた。
シェンナも驚いていた。初めて見る生き物だと言ったが、アレを生き物と言って良いのか分からない。
「人間の身体を継ぎ接ぎした化け物だ。谷底近くの階層で何体か見た。というか知らないのか? てっきりオークの愛玩動物か何かかと思ったのだが」
「あんな悍ましいもの、ペットにしませんよ」
一体どういうことか。
あの人間もどきを売っている店らしきものがあったのだから、俺はてっきりオークの間で流行っている愛玩動物だとばかり思っていたが違うのか。
谷の下から人間もどきが、壁を器用によじ登って通路に出てくる。それは1体、また1体と上へ登ってきた。下の生き物養殖場が解放されて、仕事を奪われた人間もどきが脱走してしまったのだろうが、それにしても数が多い。
いつの間にか、数え切れなくなって、俺たちがいる通路の端からも何本もある腕が現れた。
ひたひたと無数の足音と悲鳴を響かせて、俺たちの姿を視認すると笑いかけてきた。
「な、なんですか。こいつら!」
「ダナ、下ろせ! どう考えてもこいつらは話が通じるタイプじゃない」
『おい』
俺は即座にダナから下りて黒鎧に身を包む。
シェンナはすぐさま縄を解き、剣を構えて立ち上がる。
「アンタ、剣の腕はあるのか?」
「ない」
シェンナは俺の言葉に吹き出してしまった。何も笑うことないじゃないかと思っていたら、シェンナは急に真面目な口調に切り替えて語りかけてきた。
「こいつらを蹴散らして魔女のもとへ急ごうか」
人間もどきが何本もある腕をこちらに伸ばしてきて、戦いは始まった。




