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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第4章 月が墜ちる日
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壊れた騎士と壊れている谷

 戦争という異常な場に慣れた者は、人間を殺すことに躊躇しなくなっていくと聞いたが、俺はそうではない。そうではないと思っているが、簡単に人を殺せるようになっていた。

 剣を一振り、また一振りする毎に命が散っていく感覚に、いつの間にか嫌悪感を感じなくなってしまった。俺は異常者になってしまったのだろうか。


 理性を失った言葉を発さない人間たちは、同じ人間を食い散らかしている。

 その光景に、自分も同調するみたいに理性を失っていく気はしているが、そんな気がしているだけで、きっとまだ普通の人間だと信じたい。

 ここは地獄だと思ったが、自分もいつの間にか地獄を作り上げる1人になっていた。俺を襲おうとする人間を平気で刺し殺し、道端で死にかけている人間を可哀想だと思ってこれも刺し殺す。彼らに回復魔法をかけて生き永らえさせたとして、その後どう生きていけと言うのか。


 俺の良心は彼らを殺すことで満たされていた。




 人間養殖場の部屋を抜けると、谷の壁から突き出た石の通路に出る。

 通路の際まで身を乗り出すと、谷から空が見える。相変わらず真っ白に光り輝く月が、谷から見える空を全て覆い尽くしていた。

 白く光る結晶が谷のあちらこちらに突き刺さって、存在感を主張している。

 四足歩行の人間が通路のあちこちを走っている。谷の壁をよじ登って上に向かう者もいて、足を滑らせてそのまま谷の底へ落ちていく人間もいた。

 集団でオークに纏わりついて、オークごと橋から落ちる人間たちもいた。

 瞬く間に命が散っていて、()()()




 ここはまだまだ谷の下層なので、リリベルが落ちたであろう橋に行くまでは距離がある。

 兎にも角にも階段を見つけて上らなければならない。


 谷沿いにある通路を走っていると石段を見つけたので、上層に注意しながら慎重に上っていく。

 頭を少しだけ出して、次の階層の通路の様子を見てみたが、オークがいる雰囲気は感じられなかったので、上がりきることにした。


 ここは通路沿いにたくさんの部屋があり、明かりも下の階層より多く焚かれているので、視界はとても良い。

 部屋の中にオークがいる可能性もあるので、ゆっくり部屋の四角い隙間から覗いてみた。

 部屋の中には鉄でできた長い槍のようなものが何本も机の上にあった。槍には何らかの生き物が焼かれた状態で突き刺さっている。身体の大きさや耳が長いなどの身体的特徴から、ゴブリンとか、エルフとかだ。それが槍に何人も串刺しにされていた。人間が何人かいてそれらを一心不乱に食べていた。

 床には何か大きな桶がたくさん転がっていて、液体がぶち撒けられている。やけに酒臭いので、それでここが酒場だということが分かった。


 もう特に驚きもしなかったので、アレらはそういう料理なのだと思って、部屋の安全を次へ次へと確認していく。

 大きな木の板に、背は小さいが身体は逞しいドワーフが何人も磔にされていて、至る所に長い棒が突き刺さっている。的当てのゲームだろう。人間がそのドワーフを食べていた。

 首を鎖に繋がれているドワーフが何人か床に倒れていて、大きな窯のようなものから赤色したドロドロの何かが垂れている。大きな剣やハンマーがたくさん置かれていたので、これは鍛冶屋だろうか。人間がそのドワーフたちを食べていた。

 エルフとか人間などの皮だけが上からフックで吊るされて綺麗に陳列されている。そのすぐ近くには、色々な生き物の皮を継ぎ接ぎした1つのオブジェ置かれていた。雑貨店だろうか。人間がその皮に噛み付いて食べられるか確認していた。

 大きな四角い箱型の鉄檻がたくさんあって、その中には先程見た人間もどきがいた。腕が6本以上あったり、首が2つあったり、様々な種類があった。全ての檻には木の板が掛かっており、読めないが文字が書かれている。愛玩動物か番犬を売る店だろうか。人間はここにはいなかった。


 そうしてたくさんの自分にとっては()()()異常なものを見て行きながら、いくつも階層を上がっていく。


 どれだけ上ったのか、谷の底と空を交互に見てみると、丁度中間ぐらいの高さまで上がってきたようだ。谷底は白い結晶が月の光に照らされているので、谷の底に落ちる前よりは高さが分かりやすい。

 下の方では、橋に人間もどきがいて、逃げる人間を捕まえては引き裂いて遊んでいた。

 しかし、その近くにある穴からたくさんの人間が蟻のように湧いて出てきていた。俺が出てきた穴とは別の場所だ。俺が人間たちを解放したせいで、別の養殖場にいた人間もどきが持ち場を離れてしまって、その隙に人間たちが出てきてしまったのだろう。

 今度は別の方向を見てみると、穴からたくさんの四足歩行のゴブリンや、四足歩行のエルフがうじゃうじゃと出てきていた。どれも皆、可食部を増やすために腹が膨らんでいる。


 途中、オークたちを何体か見かけたのだが、皆焦るように上を目指していた。

 至るところで爆発音や何かの叫びが聞こえるが、俺が聞き慣れた音と光は感じ取れない。上を目指すことばかりに気を取られて、リリベルがどこにいるのかこれでは分からない。

 それどころか、雷が起きないということは、リリベルが無事ではない可能性が高まってきたのだから、少しばかり取り乱しそうになった。






 いや、よく考えてみたが焦る必要はないだろう。


 だってリリベルは不死なのだ。

 オークに何度殺されようと彼女は本当の意味で死ぬことはないのだ。そう考えたら、安心だ。


 地に堕ちかけている月は、黄土色のドラゴンが何とかしてくれるらしいのだから、俺はゆっくり安全にリリベルを探せばいいのだ。


 ホッと胸を撫で下ろして、彼女がオークに何度も殺されても復活する絵を頭の中で想像しながら、俺は少し頬を緩めた。

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