家畜の人間と人間もどき
元来た道を戻ると、ドラゴンが通った後だというのに、遺跡の通路は思ったよりも綺麗だった。
丁度あのドラゴンが通れるように作られたものなのか、天井をよく注視すると引っ掻いたような傷跡が見える。黄土色のドラゴンは背中に無数の棘を生やしていた。恐らくそれらが傷を付けたのだろう。
遺跡の出入口付近まで戻ると、埋め立てられていた白い結晶の山はバラバラに砕け散って、周辺に散乱している。
空がやけに明るい。谷の底に散らばった結晶は空の光を吸収して光り輝いている。
異臭が俺の鼻を通って不快感を再び甦らせる。
空は真っ白に光り輝いていて、それが月だと気付くまでにしばらくの時間を必要とした。
谷を登る方法を探して谷沿いを歩いてると、頭上から甲高い叫び声のようなものが聞こえた。見上げてみると一瞬だが、谷の間を飛ぶ者が過ぎ去って行くのが見えた。
黄土色のドラゴンだ。
そしてドラゴンが過ぎ去ると今度は白い光線が走っていくのが見えた。光線が通り過ぎた後、頭上から輝く物体がいくつも落ちて来る。
慌てて谷の出っ張った岩肌を陰に隠れると、雨のように結晶が降り注いできた。きらきらと輝いていて綺麗だが、落ちてきた結晶はどれも大きく、生き物なんか余裕で刺し貫くであろう程に鋭く尖っている。
当たっていたらと思うとゾッとする。
よく聞けば、ドラゴンの声以外にもオークの雄叫びも聞こえるし、何か爆発するような音も聞こえてくる。オークがドラゴンと戦っているのか、それともリリベルやダナ、シェンナと戦っているのかもしれない。
俺はリリベルのもとへ少しでも早く戻りたい。彼女の無事を確認したい。
結晶が降り終わったら、すぐに走り始める。止まっている間は、完全に負傷が治っていない自分へ回復魔法をかけておく。
結晶の雨や爆発による落石を何度も掻い潜りながら、谷の底から上へ続く階段を見つけることができた。
階段は谷の壁際を削り、石段のように作り上げられている。
無我夢中で階段を駆け上がると、今度は谷に横穴を開けて作られた空間がある。ここまで来ると、谷の底にあった異臭は薄れて、気分は幾分かマシになってくる。
奥は真っ暗でどこまで先があるのか分からないが、相当に広い。
歩いていると鉄柵で四角く囲まれた空間がいくつもあって、何かが蠢いている。
最も近いものを想像するなら家畜小屋だ。オークの食糧として何かを飼っているのだろうか。
通路の脇に木が何本か積み上がったトーチ台を見つけたので、炎の魔法を詠唱して明かりを付けてみる。
さすがにトーチ台の近くしか明るくならないが、それでも近場の鉄柵の中にいる生き物の姿は確認できそうだ。
鉄柵に顔を近付けて目を凝らすと、その生き物の方からゆっくりと近付いてきた。
血の気が一気に引いていくのを感じた。
俺が今まで会ってきた中で、多分最も見知った生き物だ。
俺がこれまで生きてきた知識の中から、その種類を言い当てるとするならそれは、人間だった。
もう一度言うが人間だ。
だが、人間と言うには余りに形が変わりすぎている。
足がおかしな方向に変形していて、多分2足で立ち上がることはできないと思う。
腹は異常に膨らんでいて、血相は良いとは言い難い。髪の毛や髭は無造作に生えていて体毛は生えているものとあまり生えていないものがいる。
角や尻尾や翼といったものは生えていない。
それでも、どんなに頑張って否定材料を集めても、それは最終的に人間にしか見えない。
無意識に走ってトーチ台にどんどん火をつけていって、ある程度つけたと思ってもう一度周囲を見回してみると、鉄柵の中に囲まれた無数の人間がいるのが分かった。
冷静に考えれば、人間は別の種族を家畜にしているんだ。
それなら人間を家畜にしている種族だっていてもおかしくないとは思った。
それでも、この光景を見るのは辛い。
不意に奥から唸り声がし始めた。
トーチ台に乗っている火のついた木を1本手に持ち、少しずつ進んで行く。
火をつけて回ったことでオークに気付かれたのかもしれない。
暗がりから出てきたのはオークではなかった。
6本の足、というか俺には全て人間の腕に見えるが、その腕を生やした生き物の顔面は人間の顔をしていて、身体は人間のものを継ぎ接ぎして伸ばしたかのように長い。
それは俺にとっては異形すぎる生き物だった。