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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第4章 月が墜ちる日
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優しさと殺し合い2

 両腕ともぼろぼろだが、どうにか動くのは右腕だ。左腕は肘から先を動かそうとすると、稲妻が走ったように痛む。

 右足はさっきから激痛がずっと止まらない。右足は引きずるぐらいしか動かせないので、左足の膝を立たせて左右にに飛び跳ねるしか攻撃を避ける方法がない。

 胸も呼吸する度に痛くて、それ以上息をするのを止めて途中で息を吐いてしまう。

 左目が霞んでいるし、鼻血が止まらない。


 これらが今感じている痛みからざっと推測する俺の怪我の状態だ。

 対するハンマーを持ったオークは無傷である。とてつもなく不利な状況だ。


 今はオークの全身が確認できる。

 ヘルムを被って頭を防御しているが、顔は剥き出しだ。

 鎧は装着しているが、腕当てとは少し隙間が空いており、刺せそうな空間はある。

 足は正面からだとももから脛まで隙間は無さそうだが、裏側なら攻撃できるかもしれない。


 しかし、攻撃するためには隙を作らなければならない。

 炎の魔法は、俺が放つのでは威力が弱いのか、それとも奴は元々火に耐性があるのか、わずかな瞬間動きが止まるだけなので、俺が攻撃するには時間が足りない。


 火と言えばオークは目を頼りに戦闘しているのだろうか。

 良く考え直してみると、大きな部屋に入った時に2つの松明が見えたし、谷のあちこちは松明が壁にかけられていたことを思い出した。

 オークの後ろにある床に落ちた俺の松明を消したら、この通路は真っ暗になるだろう。

 そうすれば奴は混乱するのではないか。




 雄叫びを上げたオークが一瞬で走り詰め寄って来て、ハンマーを縦に振り下ろそうとする。

 左足で思い切り床を蹴り上げ横に飛びながら、水を放出する魔法を落ちた松明に向けて放つ。

 しかし、片足だけでは横に飛ぶ勢いが少なく、飛び遅れた右足がハンマーの縦振りに巻き込まれて、脛当て、膝当てとその中にあるものの割れる音が壮大に通路内をこだまする。


 不思議と今感じている以上の痛みはない。


 松明の火が消える前にオークの位置と刺せそうな場所を確認する。

 黒剣を構えて、剣を槍のように変形させる魔法を詠唱すれば刺しやすいだろう。俺は腕を引いて黒剣をしっかり握ってから詠唱する。


『剣は――』


 詠唱が終わるよりも速く、オークがハンマーを横に薙ぎ払っていた。

 縦振りした後、俺の体を沿うように横からやって来たハンマーはとてつもない威力で、俺の右側頭部を打ちつけた。

 頭を軸にして俺はその場で一回転する。きっとその様子は他の人から見たら滑稽だろう。滑稽に見えるぐらい、オークは馬鹿力を持っている。


 兜はフルヘルムで生身の部分が無いから大丈夫とか、最早そのようなレベルでは無い。

 多分、即死していない方が不思議だろう。


 再び床に倒れると、自分がどのような体勢をしているのか、オークがどの方向にいるのか、一瞬で分からなくなる。


 まだだ。まだ、辛うじて意識はある。まだ戦える。


 剣を槍に変化させることはできなかったが、水の魔法で松明の火は消えて、大きな部屋に残っている2つの松明の明かりが、ほんの僅かに光っている以外、ここは暗闇になる。


 必死に体を起こして、左側に転がると、すぐ右側から床を叩きつける音と、オークの唸り声が右前方から聞こえた。

 オークの目が慣れる前に、仕留めないと。


 俺がいた近くで、無茶苦茶にハンマーを叩きつけ始めたオークは、俺が剣を再び手に持って、ゆっくりと動いて距離を取ろうとしていることに気付いていないだろう。


 剣を杖代わりに上半身を起こし、オークの声がする方に体を向けて、魔法を詠唱する。

 念には念を入れなければならない。オークの圧倒的な筋力の前では、真正面からの戦いはできない。小細工を入れないと勝てないと思う。

 だが、それでいい。

 小細工を弄してでも、俺はオークに勝ち、この先へ進まないといけないんだ。


 思い浮かべるは、リリベルの顔と彼女がよく放つ魔法の光景。

 遠くにいても、黄衣の魔女から常に魔力を得ることができる俺は、手に彼女の魔力を溜め込む。

 放つ言葉は決まっている。

 どこかで俺も放ったことがある気がするが、思い出せない。多分夢の中だと思う。


「俺はこっちだ!!!」


 喉に血が混じりながらも大声で叫び、俺がいる方向をアピールする。

 オークは唸るのをやめて、鼻息が聞こえるだけになった。

 次に大声を上げて、近付いてくる足音が聞こえてくる。


 俺の耳がおかしくなければ、方向はきっと正しい。


瞬雷(しゅんらい)!!!』


 爆音とは言えないが、それなりの破裂音と大きな光が一瞬で広がっていき、すぐに再びの暗闇が訪れた。

 オークは明らかに痛むような叫び声を上げている。


 残念ながら雷の魔法が直接当たった感覚はない。

 だが、再びあちこちにハンマーを叩きつける音が聞こえ始めたので、おそらくオークは再び俺の位置が分からなくなったと思っていい。


 しばらく目が見えていないことを祈り、俺は力一杯叫ぶ。


「俺はここだ!! ここにいる!!!」


 剣の柄頭を胴当てに当てて、オークが突撃してくる衝撃に耐える準備をする。

 俺の叫びに呼応して、オークが怒りの感情を感じさせる叫び声を上げて近付いてくる。


 ひきつけて。

 もっとひきつけて。

 剣を立てる角度を調整し。


 オークが走ってやってくるように、わざと声を上げて挑発する。

 オークの足音が早まるのを確認して、オークの叫び声が俺からすぐ近くに聞こえることを確認して、詠唱した。


『剣は……槍に!!!』


 目には見えていないが、俺のイメージした通りに黒剣が変化し、長い棒状のものとなり、棒先には大きな尖った刃ができているはずだ。

 槍が何かに刺さる感覚と、胴当てにとてつもない衝撃が走る。

 同時に、おびただしい水分が漏れ出て床に飛び散る音が聞こえてきた。


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