祭壇と黄土色のドラゴン
槍から伝わる感触に、オークの動きは感じられない。
ただどうしようもなく重くて、俺の体では支えきるのが辛くなってきたので、槍を思い切り横に放ると、オークは力無く倒れた。
この暗闇という環境で、不意打ち紛いの攻撃を行って、満身創痍になってやっと1体のオークを倒すことができた。俺が何人もいたとしても、谷のオークたちを越えて地上に上がることはできないだろう。
これ以上体が動かせなくなる前に、黒鎧を解除してから回復魔法を自身の身体に唱える。頭から、腕、足、胸の順番に最低限動かせるように傷を癒やす。
歩けるようになったら、すぐに立ち上がって祭壇へ向うことにした。
壁に手を掛けて、壁伝いに大きな部屋にある松明の明かりを目標に歩く。
俺のすぐ後ろでは暗闇の中からすすり泣く声が聞こえてくる。何か喋っているが大陸の言葉ではないので、理解はできない。それを無理矢理俺が聞こえる言葉に変換するとこう聞こえる。
「オウゴゴウアオグルグエオゴウ」
その言葉がどういう意味かは分からないが、声の抑揚から感情だけは伝わってきた。悲しみに暮れた感情だ。
やめろ、泣くな。
俺とお前は本気で殺し合いをしたのに、死んでいくお前が泣くのはやめてほしい。後ろめたい気持ちが、泣き声を聞けば聞く程に大きくなっていってしまう。
両耳を塞いで無視しようと進むが、既に頭の中にオークの泣き声が染み付いて離れない。
誰かを殺すのに俺は向かないのだろうか。
大きな部屋に掛けてあった松明を1つ拝借して、階段を降りて祭壇に辿り着く。
祭壇には巨大なドラゴンがそのまま鎮座している。目は閉じている。
封印されていると聞いたから、てっきり鎖に繋がれているとか、大きな結晶に閉じ込められているだとか、そういうった封印の仕方をイメージしていたのだが、全くない。
祭壇にはいくつもの松明が壁に掛かっているので、大きな部屋の前の通路の暗闇よりは幾分か明るい。
赤い炎に照らされているので、ドラゴンの体色が判別し辛いが、黄土色にも見える。
ドラゴンは頭から巨大な巻角を両側から生やしている。首や身体は蛇のように長く、背中から尻尾にかけて無数の長い棘を生やしている。
翼は身体全体を覆えるほど大きく広がったまま力無く床に下がっている。
見た目はどう考えても邪悪そうなドラゴンであるが、果たして俺の言うことを素直に聞いてくれるのだろうか心配だ。
ゆっくりと歩いてドラゴンに少しずつ近付いてみるが、ドラゴンが起きる気配は無い。
念のため、もう一度黒鎧を身に纏ってドラゴンに臨む。
ドラゴンに触れて魔力を注入すべく、俺は手を伸ばしながらドラゴンのもとへ更に歩みを進めて行く。魔力は絶えずリリベルが供給してくれているおかげで、枯渇の心配はない。
ドラゴンに触れると、堅い鱗が手甲越しに手に伝わってくる。触っただけでも相当な硬さであることが分かる。多分黒槍で貫こうとしてもはじかれてしまうだろう。
魔力を注入するとすぐにドラゴンの目がかっ開いた。思わず後退りしてしまうが、動揺して相手の様子を窺っている内に殺されてしまっては洒落にならないので、すぐにドラゴンへ言葉を紡ぐ。
「今、月が地上に堕ちようとしている。力を貸してもらいたい」
俺が言い終わるや否や、黄土色のドラゴンは背中の棘を逆立たせて、いきなり4本の足で立ち上がる。
立ち上がった衝撃で、祭壇の天井から石が崩れて床にこぼれ落ち始める。ドラゴンの大きさで勘違いしてしまうが、落ちてくるのは小石どころではなく、巨大な石ばかりで普通の人間だったら、間違いなくすり潰されて即死することだろう。
『儂の眠りを妨げ、地上の生命を喰らい尽くそうとする愚かなドラゴンを、今度こそ葬り去る』
まさかドラゴンが喋るとは思わなかった。
ドラゴンは喋り終わると雄叫びを上げてから、ドラゴンにとっては狭い空間を無理矢理突き進み、もと来た道へ走り始めた。
その速さたるや、ドラゴンの進路を邪魔しないようにと横に移動しても、まるで嵐のように走り去るドラゴンの風圧に耐えかねて俺は祭壇の横に跳ね飛ぶ。
祭壇から大きな部屋へ続く短く狭い通路を、無理矢理箱をこじ開けるようにして突き進んで行ったので、あちこちに石がばら撒かれていく。
彼なら遺跡の入口の結晶の山を蹴散らして再び谷に出ることができるだろう。
黄土色のドラゴンが白いドラゴンと戦うのか、月を再び空へ押し上げるために何らかの行動に出るのか、それは分からない。
だが、いずれもオークの谷に混乱をもたらすとは思う。
その隙に上へ目指さなければならない。そうしないと、俺は混乱していないオークたちと1対多で戦わされる羽目になる。
再び正念場はやってきた。




