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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第24章 アスコルト一家、学校に行く
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地下の秘密とは9

 腕を振って角を曲がり階段を2段ずつ飛ばして駆け上がる。

 木製の階段ならさしもの石像も、自重で階段を破壊して上がって来られないだろう。

 木片が後ろから激しく飛び散って確信した。


 階段踊り場で反転して更に上に行く階段を駆け上がる途中で、視界の端に捉えることができた。

 石像は階段に埋まっていた。


 階段を登り切って呼吸を整えようとしたら、また頭に衝撃が走った。

 頭を起点に身体がぐるっと1回転し、その場に叩きつけられる。


 何が起きているかを確認するよりも身体を動かすことの方が先決だ。

 次にどんな攻撃が来るか分からない。


 どこを走っているかも分からないまま走り、何度か壁にぶつかりながらようやくまともに走れるようになる。


 曇り空に廊下は薄暗く、奥の方で何かが浮かんでいるのが見えるが姿ははっきりとしない。

 だが、浮かんでいるという情報だけで、それが何かは分かる。


 稲光と共にはっきりと姿が映し出されて、やはり椅子であることが分かった。

 残念ながら稲光は安堵をもたらさない。遅れてやって来る雷轟は、リリベルの放つ雷とは音が違うからだ。


 間近の扉を蹴破って講堂に入る。

 石像はともかく木でできた椅子には負けられない。手近な椅子を手に取り構える。

 目には目を、歯には歯を、椅子には椅子をだ。


 俺が蹴破った扉から椅子がゆっくりと入って来る。


 まるで獲物を物色するかのように、ゆっくりと座面を左へ右へと傾けている。

 まるで目があるみたいだ。


 七不思議の噂では、ただ浮遊する椅子に見た者たちが驚くということしか伝えられていなかったから、まさか襲って来るとは思わなかった。

 剣術も魔法も使えない子どもたちが、もしこれに出会(でくわ)したら怪我では済まない。


 これもネリネが、他の生徒から根拠のない無責任な情報を取り入れた末に、本来の七不思議の椅子とかけ離れた凶暴性を生み出してしまったのだと思う。


 いや、凶暴性だけではない。


 座面が正面を向き、真っ直ぐこちらに突き進んで来て、持っている椅子をぶち当ててやろうと思ったその瞬間、横から微かに風切り音が聞こえて迎え撃つのをやめた。


 咄嗟に椅子を離してその場に伏せて、もう1脚の椅子が横から飛んで来たことが分かった。


 正面の椅子は囮だった。

 狡猾性も持ち合わせている椅子だった。




 いや、狡猾で凶暴な椅子って何だよ。




 床を這いずって浮遊する椅子を掻い潜ってみたが、驚く程追加の攻撃は来なかった。

 椅子と机の群れを掻き分けて教壇の方へ辿り着くが、それでも椅子は俺を攻撃しない。

 というよりも、椅子たちは俺の頭上を何度も飛び交うだけだった。ある一定の高さより下に降りて来ない。


 一定の高さを保ち浮遊していれば、その椅子を見ている者は、はっきりと浮遊していると認識できる。

 浮遊する2脚の椅子の七不思議という存在を確立させるために、一定の高さを維持して浮遊しているといったところか。


 しばらく這いずって移動してみたが、やはり椅子は俺が立ち上がった時の頭の位置くらいの高さをうろうろしている。

 完全に立ち上がらず、中腰で歩いてみても同じであった。


 進み辛い体勢ではあるが、石像に追いかけられていた時と比べれば大分楽だ。

 中腰で行くのは骨が折れるが、教壇の壁前に無事辿り着くことができた。


 椅子たちは俺がいつ立ち上がるのかと、背もたれを震わせて待っている。アレが舌を持っているなら、舌舐めずりでもしていそうだ。


 俺を1回転させる程の突進ができるなら、この壁は使えそうだ。


 勝手な想像で椅子には悪いが、舌舐めずりに甘えて立ち上がらせてもらうことにしよう。




 今まで戦ってきた相手が、言葉を介する生き物たちだったおかげで、会話をする必要がないことは嬉しさ半分、悲しさ半分と言ったところだろうか。


 会話は切れた息を整えるのにも丁度良いし、相手の由縁を知るのにも良い。

 相手が悪か正かを見極めることができれば、武器を振る腕の力加減も変えられる。


 だから、会話もなく立て続けに攻撃されるような状況になれば、圧倒的に俺が不利になる。

 その意味では七不思議の登場人物たちは、言葉を交わせるかどうか怪しい者たちばかりであり、俺の危惧したことになるだろう。




 立ち上がると浮遊した2脚の椅子が、一気に詰め寄って来た。


 頭目掛けてやって来る椅子をギリギリまで待った。


 もう少し。後少し。


 絶好のタイミングを見計らって、俺は一気に腰を落とす。


 勢いを落とすつもりのない椅子は、猪突猛進し俺の頭を越えて壁に激突する。




 真上で2つの破砕音が鳴り響き、破片が降り注いで来て椅子の破壊を確認する。

 これで一難を退けることができた。


 後は石像の目から逃れながら宝の地図通りに地下へ向かえば良い。

 1階1番東側にある講堂に出入り口はある。

 今は学校の中央付近にいるから、講堂を出て右手へ進めば目的地の方向には行ける。


 そろそろ目的地に辿り着きたいところだ。


 入った扉とは別の講堂の扉を開き、念の為廊下の左右に何もないことを確認する。

 俺が知る七不思議に廊下に出没しそうなものは、後ろの椅子ぐらいだが、万が一にも他のものが出てこないとも限らない。念には念を入れてだ。


 雲は更に濃くなっており、廊下の最奥は最早見えない。

 見えないのなら仕方ない。進むしかない。


 1歩踏み出して、右手に身体の向きを変えようとした。




 無理矢理に向きを左手に変えさせられた。




 右側に行きたかったのに、左側へ向きを変えさせられた。


 背中や頬、後頭部に激しい痛みを感じた。何かが勢い良く身体に突き刺さったのだと知る。

 痛みで無意識に身体を動かすと、背中に突き刺さった何かが身体の中で骨に触れてゴリゴリと音を立て、更なる激痛を生む。

 激痛が激痛を引き起こし、身体が勝手に動いてしまう。


 まずは、手が届く頬に突き刺さった何かを、無理矢理引き抜いて確認する。


 木片だった。


 失敗した。

 椅子を無闇に破壊するべきではなかった。

 破壊できれば椅子は動きを止めると思ったが、壊れた破片全てがまだ七不思議を保っていた。


 1番問題なのは、即死できなかったことだ。

 死ぬ直前に戻るだけの不死の力は、中途半端な傷を負うことが最も最悪で致命的な事態に陥る。


 曇り空を見せる窓硝子の僅かな反射で、俺が針の(むしろ)になっていることを理解した。


 今まで味わった痛みと比べれば、痛みは少ない部類に入るが、それでも1生に1度すら味わいたいと思う痛みではない。


 必死に痛みの元を除去しようとする。

 だが、邪魔する存在が現れる。

 それは俺の身体を激しく揉んだ。

 何もない。

 前後左右上下に何もない。


 何もない中で俺は身体を吹き飛ばされる。


 強風だ。


 いや、暴風だ。


 風が吹いている。

 屋内で、見る限り窓は開いておらず、外から吹き込む場所もない。

 そんな状況で、余りにも不自然な風が様々な方向から吹き荒んでいる。

 身体を簡単に持ち上げる風なんて、俺には想像がつかない。

 呼吸はできないし、目も開けていられない。

 ただの風がこんなことになるなんて、思いもしなかった。


 新鮮で、最悪だった。


 吹き飛ばされた衝撃で背中に突き刺さった木片が、更に深く突き刺さる。

 だが、風が強すぎて絶叫を上げることすらできない。

 痛みを行動にして吐き出すことすら叶わない絶望感といったらない。


 再び風がふわりと身体を持ち上げて俺を突き飛ばす。


 1つ風で余裕を持って数を数えられるくらい、身体が浮き上がって、床に叩きつけられた時に凄まじい勢いで身体が転がるくらいだ。


 相当な距離を飛ばされていることは、何となく勘づいていた。

 だが、背中の木片の痛みと暴風のせいで呼吸もままならず、状況の認識はできていない。


 分かったことは、次に来た背中の衝撃が、俺の身体が縦になった時に、壁にぶつかったということだ。

 ただ、その壁が存外脆く、簡単に突き破って俺は更に後ろへ突き飛ばされる。


 風が止み、やっと目を開けられるようになった。視界には無数の本が映っている。


 学校の1番西側、図書室に俺は飛び出したみたいだ。

 風が止んで自重で落下を始めた俺は、気付く。ここは2階で、図書室は2階部分は吹き抜けだ。


 だから、俺は1階まで落ちると察した。


 察した末に、1階分の高さを背中から落ちた俺は、胸からたくさんの木片が飛び出て来た。

 これでも即死できないのは、最悪の中の最悪だ。


 だが、最悪はまだやって来る。


 1階の扉を肩から突き破って入り込んで来る石像が、床を破壊しながら一直線に此方へ向かって来た。

 足腰に力が入らず、立ち上がることができない。

 床の木板の継ぎ目に、指を引っ掛けて引っ張り、それだけで前に進み書棚の影に隠れようとする。

 書架が盾になってくれればと思ったが、よくよく考えればひと思いに石像にすり潰された方が良かったと考え直した。


 その間違いが、駄目押しの最悪を呼び寄せる。


 窓側に立つぼんやりと浮かび上がる青白い影が、ゆっくりと手を伸ばして此方に向かって来ている。


 重厚そうなマントの下には、何重にも着重ねた色鮮やかな裾の長いローブが見える。貴族か王族に見える。

 乱れた長髪で女と勘違いしてしまうが、鼻下から左右対称に揃え生えている立派な白髭が男だと確信させる。

 そう。それは、白髭の幽霊と言われたら、当たり前に想像するであろう人物像だった。


 実際の白髭の幽霊が、ラザーニャという魔女だとは誰も思わないだろう。

 理想と現実が最も乖離(かいり)している七不思議がラザーニャだ。


 図書室の静寂を守る気など更々なさそうな白髭の幽霊は、俺の首を掴み上げて宙に浮かせる。

 俺が幾ら腕を振り払っても、幽霊の身体はただすり抜けていくだけだった。

 一方的に俺の首を掴む白髭の幽霊は、険しい表情で睨んでいる。恨みを込めた表情だが、生憎こんなむさくるしい白髭の幽霊に恨まれる覚えはない。


 だが、一方的な恨みは俺の首を確かにくびり尽くそうとした。


 そして横からは、本が崩れ落ちる音と、書架を破壊する音が近付く。

 幽霊に首を絞められているせいで、顔の向きはほとんど変えられない。

 僅かに顔を背けて、本が大量に書架から落ちて来るのが見えた。

 書架を突き破る石像は、俺の身体まで突進して来るだろう。

 そして、誰にも触れられない幽霊の手に、首を掴まれている俺は、石像の突進によってどうなるかは簡単に想像がつく。


 死ぬには少し遅い気もするが、死ねるならまだ良い。


 さあ、ひと思いに首を引き千切ってくれと、石像に願う。




 石像の身体から火炎が噴き上がった。




炎剣(フランベルジュ)!』




 石像は赤熱し、一瞬で泥のように溶ける。

 速度を持った泥は、俺の身体にかかる。

 本来であれば激痛を生むが、俺は既に死んでいた。


 1度や2度だけではない。


 炎が執拗に俺の身体を渦巻き、即死を重ねる。

 一瞬で身体が発光し、穴という穴から火炎が噴き上がる。自分の身体で起きていることだが、一瞬見えるその光景は滑稽で笑えてしまう。


(けい)の不死の成りは心得ている。痛みは与えぬつもりだ。安心するが良い」


 その特徴的な言葉遣いは知っている。


 本来の七不思議の1つ、図書室に現れる白髭の幽霊の正体、赤衣(せきえ)の魔女ラザーニャ・ラゲーニアだ。


 何の返事もできない。

 口から火が噴き上がって、即座に身体が溶けて死ぬのだから、喋れる訳がない。


 しかし、文句を言いたい訳ではない。

 身体中に突き刺さった木片が滅却され、石像は炎滅された上に、幽霊の手からも逃れられる。

 そして、俺自身に刻まれた緩やかな致命傷も、重なる死のおかげで塞がっていく。


 炎熱から解放されて、やっと彼女の姿が映った。


 灰色がかかった深緑色のマントの端先も、赤味がかった毛先も赤い炎が揺らめき動いていた。


 赤衣の魔女の冠名は、彼女が炎の魔法を使って初めて、発現する。炎の赤い光が彼女のマントを赤へと誘うのだ。


 彼女は俺の身体をまじまじと見つめた後、手に持った炎を振り払うと、辺り一面に広がっていた炎諸共が、息が抜けたように消滅した。


「残りの傷を治癒しよう。そこな椅子に座するが良い」


 ふざけた白髭の魔女は、至って真面目にそう言った。


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