地下の秘密とは4
かいた汗を流す暇もないまま、ケリー学長のもとへ戻った。
リリベルはそのまま生徒たちに魔法学を教えに行ってしまったが、彼女にケリー学長が呼んでいると伝えられた時の表情は、真顔だった。
リリベルが真顔になるということは、良からぬことが起きているということと同義だ。
ケリー学長が何を話したがっているのか、尚更気になって自然と足取りは駆けていた。
学舎を抜けて教職室の隣にあるケリー学長の部屋に辿り着く。
表面上の礼儀として扉をノックして、彼の返事を聞いてから扉を開け部屋に入る。
「ヒューゴさん、お待ちしておりました。すみませぬな、急がせてしまいました」
彼の表情は良くない。
笑顔を取り繕うこともしていない。良くない話を俺に聞かせようとしている。
それでも彼はあくまで冷静さを失わずに、まずは俺に椅子にかけるよう促す。
学長室は教職室とは違って、多少は豪華な部屋だ。大きな机と革張りの豪華な椅子が窓側に1組置かれていて、その前には対面で話すための長椅子が2脚置かれている。
俺は急いで椅子に座り、彼の言葉を待った。
ケリーは椅子に座ることなく、立ったままで話を聞かせた。それだけ急いでいるのだろうか。
「実は我が校の生徒が2名、2日前から行方知れずとなっておりまして……」
いなくなったのは人間の子ども2人だ。
この学校は、人の行方が分からなくなる程、複雑な建物構造をしていない。
庭は広いには広いが、普段から学生たちが授業の合間の休憩がてらにそこかしこを歩き回っている。
大池の中は魚人たちの休憩場で、もしも人間が沈んでいたなら、すぐに気付いてくれる。
「本当にこの学校で行方不明になったのでしょうか? 例えば学校からの帰り道に何かがあったとか」
「2人とも使いの者がおり、門前に待たせた馬車に乗り帰りますが、2日前には使いの者がいつまで待っても、生徒は来なかったと窺っております」
そしてケリー学長はラルフ先生に、消えた生徒たちを探させた。
昨日まではラルフ先生は確かにいて、彼は学校中を探し回ったが、良い結果に繋がらなかったという報告を受けていた。
つまり、学校には生徒たちはいなかったことになる。
ただ、次に繋がる情報が全くなかった訳ではない。
ラルフ先生が生徒の友人に聞き込みを行った結果、とある情報が得られたのだ。
「聞いた所によりますと、生徒2人は地下を探していたとのことです」
「地下……?」
「ヒューゴさんはご存知でしょうか。子どもたちの間で七不思議というものが流行っておりまして」
「ええ、知っています……」
新たに生まれた七不思議。
宝の地図とその地図が指し示す存在しない地下。
生徒たちがそれに関わっているということが、濃厚になってきた。
嫌な予感はまだ加速する。
「ラルフ先生は、恐らく子どもたちの後を追って、そこで何かがあったのだと考えております」
「なるほど。つまり、俺に彼等を探してくれということですか?」
「はい。この学校で、何かあった場合に対応できる先生はラルフ先生だけなので……後はヒューゴさんしか頼れる人がいないのです」
先生たちは戦う者たちではない。
武力が必要なことなどないこの環境で、武力が必要になった場合、彼等が頼る者は限られている。
こんな弱い俺を頼るなんてどうかしていると思うが、頼られてしまったからには無下に断る訳にはいかない。そもそも断ることができない。
だが一方で、頼られてもどうにもできないという気持ちもある。
この学校に地下はない。
『卿が望むのなら地下は姿を現すのだろう』
誰に聞いても地下はないと言っていた。
『ですが、ヒューゴさんが探せばきっと見つかると思いますわ』
謎好きのラルフとホプズコットも、長くこの学校で働いているシュプリンも、学校を作った赤衣の魔女も、地下はないと言っていた。
『1階東講堂の教壇に地下に続く道があるかのように描かれていますが……』
ないものを探すことがどれだけ馬鹿げていることか。
あり得ないという、実現のしようがないという現実を理解しつつも、ケリーは俺に頼んでいるのだ。
「探してみますが、あまり期待はしないでください」
「ありがとうございます!」
リリベルとネリネに学校生活の思い出を与えてくれた彼とこの学校に、どうして砂をかけるような真似ができようか。
断りの言葉は何度も喉でつかえていたが、最後まで出てくることはなかった。
ケリー学長の後ろにある窓の向こう側は、いつの間にか鈍色の空へと切り替わっていた。