地下の秘密とは3
苦し紛れの行動は更に加速する。
ラルフ先生が普段どのような仕事振りをしているか知らない俺は、どう教えれば良いか見当がつかなかった。
素直に生徒たちに聞けば良かった。
馬鹿みたいな話だが、男の矜持が邪魔をしてしまった。リリベル的に言えば、格好良くない、だ。
冷静になった今ではその考え自体が恥ずかしいと思って、居辛さは最高潮に達している。
「先生! 僕にも稽古をお願いします!」
「え、あ、おう」
正直に言うと、彼等の剣術は俺の想像外に想像の範疇内の実力しか持ち合わせていなかった。
その理由は、剣術が余りにも教科書通りすぎたからだ。
行儀の良い、礼儀を重んじる綺麗な剣の振るい方。人を殺すには程遠い、秩序ある剣技だ。
もし、生徒が俺で、先生がリリベルなら、この短い時間で俺はリリベルに100は殺されているだろう。
「先生……すごいですね!」
俺以上に真正直である剣技をいなすことは、簡単過ぎた。
頭を狙うなら、絶対に腕を振りかぶって真正面から落とす。
腕を狙うなら、絶対に狙う腕の外側から斜めに斬りかかる。
剣の振り方は狙う部位によって決まっていて、そうしないと得点にならないようだ。
だから俺と練習をする時は、今までの稽古の打ち方は忘れて、本気で当てるように言ってある。
ラルフ先生には悪いが、彼等が万が一にでも戦うことになったら、こらまでに習った剣術は無意味だ。
命が簡単に消費されていく場面を何度も見てきたからこそ、命を失わずに済む戦い方を身体で覚えていて欲しい。
勿論、戦う必要のある場面に出会さないことを、何よりも切に望む。
学舎の裏手側に庭がありその奥に天文台があるが、この訓練場は奥に行かずに左手方面に設置されている。
何十体もの的あて用の木製人形が設置されていて、彼等はそれに打ち込みを行う。
地面は綺麗に平らになっていて、草は1本も生えていない硬い砂地である。
実際は、足場の良い場所での戦いが起きることは、まず珍しい。常に全力を出せるこの地面も少々気に食わなかったが、考えれば考える程、俺が平和とは程遠い世界で生きていたのだと実感させられて、気に食わなさを抑えて嫌になってくる。
「動きが雑になっているぞ」
「はい、先生!」
偉そうに。
学校から1歩でも外に出れば、お前はこんな台詞を言う資格すらないだろ。
心の中で自分自身に罵倒される。
剣士のくせに守りたい者を何度ともなく取り零してきた思い出が、彼等の剣技をいなす度に頭をよぎってくる。
目の前の訓練に全く集中できていないのに、それでも彼等の剣に当たることがなかった。生徒たちは正に卵から孵ったばかりの雛なのだ。
緊急事態とはいえ、剣術を教えることになった俺は、リリベルからの熱視線を浴びていた。
彼女が言う色目とやらを、俺が誰かに使っていないか。もしくは誰かに使われていないか。それを監視するために、彼女は庭の木陰から此方を覗いていた。
隠れているつもりだろうが、黄色のマントと髪色のせいで、非常に良く目立っている。
そろそろ彼女の方も授業を教える時間だろうに、あんな所で油を売っていて良いのだろうか。
授業の始まりや終わりを告げる合図は、学舎の頂点にある鐘が請け負っている。
何でも時計という機械が時間を数えているらしい。
歯車の溝部分を1つの刻みとして、等速で刻みが動き、その歯車が丁度1回転することで、鐘を鳴らす仕掛けらしい。
そして、鐘が鳴った回数で、1日のどの辺りなのかを判断する。
太陽と蝋燭の火の感覚だけで時間を計っていた今までと比べたら、随分と便利な代物ではある。
刻みを司る動力には、水の魔力石を利用している。
一定の出力で水を出し続け、放出された水の圧力で歯車を回しているのだ。
欠点は、魔力石の精度が悪ければ、歯車の刻み方がばらばらになることだ。
そのため、この学校は、リリベルが売っている魔力石の常連の購入客の1つである。
といっても、そのことを知ったのはこの学校に来てしばらくのことである。
買い手のことまでは、深く感知していなかったから、こんな所で彼女の魔力石が役に立っているとは思わなかった。
彼女の騎士として鼻が高い。
リリベルが鳴らす授業の終わりを告げる鐘の音を聞き、生徒たちと挨拶を交わした。
そして、足早に木陰に潜むリリベルのもとへ寄った。
「もうすぐ授業が始まるぞ、準備しなくて良いのか?」
彼女は質問には答えず、俺の手を引き木陰に引きずり込んできた。
てっきり彼女に襲われると思った俺は、彼女に注意をかけようとした。
「ヒューゴ君、学長が君のことを呼んでいるよ?」
彼女の表情を見て嫌な予感がした。