星の魔女とは8
だが、守りに徹するだけでは駄目だ。
こうして守りから攻めに転じた俺と赤衣の魔女だが、煌衣の魔女を倒すにはまだ決め手が足りない。
煌衣の魔女は自身を守るため、一体どのような魔法をかけているのか推測しなければならない。
が、推測に達するための証拠は1つもない。
俺はリリベルみたいに魔力の流れを読み取ることに長けていない。
赤衣の魔女しかいない。隣で炎を放つ彼女ならできる。彼女は『歪んだ円卓の魔女』としての実力を、まだ振るう機会がある。
「赤衣の魔女、煌衣の魔女の弱点を知らないか?」
「……良い」
「え?」
「ラザーニャで良い」
「い、いや、名前は……」
「構わん、ヒューゴなら名を呼ぶことは構わぬ」
最早迷っている余地がない。
ここで、名を呼ぶ呼ばないを問答している場合ではない。
学校の地下で彼女が話した怪しい取引が、脳裏をよぎっているが、言うしかなかった。
まるでリリベルのようだった。
間近で見る彼女の黄金の瞳は『お前の言うことを聞いてやったのだから、私の言うことも聞いてくれよ?』と言っていた。
「分かった、ラザーニャ」
荘厳な見た目には似合わない彼女の笑顔は、初めて見る姿であった。
「して、質問に答えるなら、それは勿論だ」
心強い返事だ。頼もしい。
「しかし、書に記された情報でいずれも想像に過ぎない。書を書くからには決して著者も荒唐無稽、眉唾な情報を記しはしないと信じているが……」
「かの魔女は速さに弱い。煌衣の魔女が征く時間に並び立てたならあるいは……」
速さで上回るという言葉を聞いて、はいそうですかとは言えなかった。
どうやって星を上回る速度で動けば良いのかなんて、すぐに思い付かない。
赤衣の魔女を引き寄せて、盾を引く。
考えがまとまるまでは無闇に手を出すべきではない。
俺たちがいる地は凄まじく抉れた結果、世界の端は途方もなく高くそびえ立っているように見えていた。
カルデラの底にいるかのようだ。
そして、破壊の限りを尽くされた大地の各所からは、溶岩が噴き上がっている。
地獄だ。
その地獄の真っ只中を、俺たちは平気で更に深く進み続けている。
赤衣の魔女はともかく、俺も平然と生きていられるのはなぜだろうか。
思い当たる節がある。
しかも、たった今起きた出来事だ。
やはり赤衣の魔女は、虎視眈々と俺に名を呼ばせることを狙っていたのだ。
確かめる術はないが、恐らく俺は呪われた。魔女の呪いをかけられた。
溶岩もスターチスの焦土も、どのような熱も彼女の力で護られている。
地獄を平然と生きていける。
「どうやって奴の速さを超えれば良いか、全く思い付かない」
ラザーニャは胸元でくすくすと笑った。
再び驚いた。
白い髭を除けば、いかにも厳格で身分の高そうな衣服を着こなす彼女が、素の姿で笑った。
「我輩も皆目見当がつかぬ」
「おいおい」
笑いながらもラザーニャはスターチスを抑え込んでいる。
紅炎が常にスターチスに放たれ続け、奴は更に地中に燃やし埋め続けられている。
冗談を言える今のうちに解決策を見つけ出さなければならないのだ。
「他にはないか?」
「勿論あ――」
盾に強烈な衝撃が走り、その盾を持つ俺もラザーニャも後退させられる。
気付けば俺たちは宙を浮かされていた。
「くっそ!!」
「揺らぐなよ」
「は?」
「我輩はヒューゴに期待している」
巨大な爆炎が背中で発生し、空中で完全に静止する。
何重にも広がる光輪と共に、盾を押し返そうとするスターチスは無言で光り輝いている。
魔女の期待に応えたいのは山々だが、手が一杯だ。
「それで、他には?」
ラザーニャは天を指差した。
真上を見上げる暇がなかったものだから、彼女の誘導で初めて気付いた。
普通の夜空に映る星々の光ではない。
異常な煌めきを見せる星々が連なり、1つの模様を描いていた。
魔法陣だ。




