地下の秘密とは2
さすがに娘を押しのけて、俺が1番に夜空を見る訳にはいかなかった。
ネリネを抱えて席に座らせると、望遠鏡の覗き口に彼女は食いついた。
だが、彼女の喜びは続かなかった。
星々の景色が変化に乏しいことは、望遠鏡越しに見なくたって想像がつく。
彼女は、変わり映えのしないただの星空にすぐに飽きてしまったのだろう。
娘が天文学者たちの前で、星空をつまらないと口に出す前にリリベルと交代してもらった。
「以前にもお話しましたが、ヒューゴさんの見たい流れ星が見れるかは運次第ですわ」
「ええ、見ることができなくても大丈夫です。ただ、星空をまじまじと見る機会なんて、そうあるものではないので」
煌衣の魔女の流れ星は、見られる頻度が低い訳ではない。
ただ、毎日見られるものでもない。
つまり、毎日星を見るでもしなければ、運が悪い者はとことん運が悪いまま、魔女を見ることができないのだ。
「安心してください、流れ星が見えやすい空をシュプリン先生に見繕っていただきましたから」
「確かに流れ星が見えたね」
リリベルは淡々と流れ星の発見を報告した。
すぐに代わって俺も望遠鏡を覗かせてもらうが、当然だが流れ星はもうそこにはいない。
すぐにリリベルが頬を押し付けて来て、俺の顔は望遠鏡からどかされる。
「安心すると良いよ。ただの流れ星だったさ」
一瞬だけ覗かせてもらった望遠鏡の景色だったが、この世界にこんな物があるのかと少し感動した。
流れ星こそ映っていなかったが、そこに留まっている星はいくつかあった。それらは巨大な光となって、その光を大きく主張するが如く光り輝いていた。
「この機械はすごいですね、シュプリン先生」
「うふふ、そう言っていただけると嬉しいですわ」
2人の笑顔を見ると、魔女であろうと学者であろうと、何かを突き詰めている者たちの性質は案外変わらないのかもしれない。
リリベルが星を眺めている間、手持ち無沙汰になった俺はシュプリン先生に尋ねごとをした。
と言っても聞くことは他愛もない世間話か、七不思議のことぐらいだ。
「ああ、シュプリン先生はこの学校での仕事は長いのですか?」
「長短は計りかねますが、20年程はこの学校で教鞭をとらせていただいていますわ」
「なるほど、それだけここで働いていれば、この学校のことは知り尽くしていそうですね」
「うふふ、知り尽くしてなどいませんわ」
ご謙遜を。
「この学校に地下はありますか? 今、学生たちの間で流行っている七不思議で、この学校に地下があって宝があるという噂があるとか何とか……」
「いいえ、あの学舎に地下はありませんわ」
「そうですか……」
長くこの学校に勤めた彼女ですら地下を知らないというのだから、いよいよもって地下はないのだろう。
結局、俺は望遠鏡を介してただの流れ星すら見ることは叶わなかった。
2日後、リリベルの気が向いた日に、再び俺たちは学校へ向かった。
学校に到着するなり俺は、ケリー学長に拉致された。
学長室に連れ戻されるなり、彼はいきなり俺にとんでもないことを言い出した。
「剣術の先生を代わりにやってくれませんか?」
「ああ、はい…………は?」
「ヒューゴさんは、黄衣の魔女殿の騎士をされているとお聞きしました。悪い魔女を倒したともお聞きしております」
「え、いや、倒したのはほとんど俺ではなく――」
「剣に関して素人ではないでしょう?」
戦ったことはないが兵士としての経験はある。
本とリリベルの指導で、独学で剣を習ってもいる。
だが、他人に教える程ではない。
とてもではないが、生徒たちに教えられるとは思っていない。
だから、断りたかった。
だが、ケリー学長の言葉が余りにも思いもよらなくて、俺は間違えて肯定してしまった。
すぐに否定しようとしたが、学長は二の言い訳も聞かずに俺の背中を押して、押して押して無理矢理生徒たちの前に突き出した。
「ちょ、ちょっと学長!?」
「皆さん、今日はヒューゴさんがラルフ先生の代わりに授業をしてくださいます!」
「ケリーさん!」
「後はよろしく頼みますよ……」
ケリー学長は耳打ちしてから、全速力で逃げてしまった。
学長の癖にいくら何でも無責任すぎやしないか?
1人だけ生徒たちの前に置き去りにされた俺は、彼等の視線に刺され続けることになった。
「ええー、ヒューゴ先生が剣術の訓練なんかできんの?」
「お前、知らねえの? ヒューゴ先生は黄衣の魔女先生の護衛をやってるんだぜ? 弱い訳ないだろ」
言いたい放題である。
剣術訓練の授業ともなると男が多いが、少なからず女もいる。
その女生徒が1人、手を挙げて俺に向かって問いかけた。
「ヒューゴ先生、ラルフ先生はどうしちゃったんですか?」
俺が知りたいよ。
だが、知らないと馬鹿正直に言う訳にもいかない。
「ラ、ラルフ先生は、急病でお休みだ」
苦し紛れの嘘でも彼等はすんなりと受け入れてくれた。
彼等の純粋さに仇をなすようで、胸を締めつけられてしまう。