星の魔女とは7
リリフラメルと同じだ。
狙った相手だけに熱を与える。焼き殺さない優しい炎が俺の横を絶えず通過している。
加減ができず、守りたい者を諸共攻撃してしまう炎は、いとも簡単にその特徴を変化させた。
星と衝突したことによる衝撃波すら、身体を破裂させない。
緻密な魔力の調整がなされている。
これこそ『歪んだ円卓の魔女』に相応しい魔法だ。
彼女の身体の四方八方から吹き上がる炎は、崩れた地面から落ちるという現象すら殺した。
端的に言うなら浮いている。飛んでいる。
足が地につかなくとも、不思議と音程感はあった。盾を構え続けられた。
彼女を守ると願えば、例え片手でも星の衝突に耐えられた。
だから、腰に回していたもう片方の腕は、位置が変わってラザーニャに占領されている。
明らかに盾を構えるには不利な体勢でも、星は貫かない。
むしろ逆だ。
こちらが有利にさえ見える。
星を狙う炎は、スターチスを押し返しているのだ。
今度は俺たちが前進し始めている。
足元で爆発する炎と前に突き出る炎が、スターチスを押し出し続け、そして、スターチスの光が徐々に失われ、奴は崩れた地面に吹き飛んで行った。
そのまま落ちた星に向かって、俺たちも落ちた。
今度の衝突による地面の破壊は、ラザーニャに依るものだった。
「そうだ! 思った通りだ! 赤衣の魔女の実力はこんなものでは――」
「顔を見るでない」
振り向こうとしたが、ラザーニャに人差し指で頬を押し返された。
いつもの口調に戻った彼女だが、なぜか顔を見るなと言う。
押し返される前に少しだけ見えた彼女の顔色は紅かった。一見すれば炎に照らされた赤なのだと思えたが、恐らくは彼女自身が赤らんでいるのだと推察する。
赤衣の魔女の凄さを説明した甲斐があった。
そんな彼女が唱えた魔法は今まで聞いたことがなかった魔法であった。
『絶えぬ炎』
驚く程鮮やかな紅炎が彼女から放たれる。
炎は俺ごと身体の周りに纏わりつき、鎧のようであった。
炎は熱くない。
そして、纏った紅炎ごと更にスターチスに向かって突き進んだ。
紅炎が大地やスターチスに接触するごとに、弾け、吹き飛び、炸裂し、燃え上がる。
燃えない物がない。
土石はラザーニャを避けるかのように炎上溶解し、俺たちはいつまでも地中深くを潜り続けた。
相対するスターチスは炎の中で無表情に此方を見つめていた。
土や石に火が付く程の熱気を諸ともせず、ただ此方をじっと見つめていた。
そして、スターチスは詠唱した。
『闇夜に縦横駆く、雷鼓に秀宝咲く――』
古の魔女の時代には物理的に表現するしか詠唱する手立てがなかったはずだが今、この炎嵐の中にそれらしきものは見当たらない。
スターチスに詠唱させまいと、盾を握る手に力が入る。
融解する土中を猛進し続けると、途中で空洞に躍り出る。
紅炎は遠くまで光で照らし、広大な洞窟の姿を暴く。
そして、空洞内の全てが一瞬で発火する。
そのような大それたことでさえ、猛進の中の1つのできごとに過ぎない。
スターチスは横に逃れるでもなく、ただただ炎を受け止め続けた。
『地に百が裂く、督脈が透く――』
赤衣の魔女の炎は途方もなく強い。
リリフラメル以上に苛烈な炎を繰り出しているのに、発火すらしないスターチスには不気味さすら覚える。
『十全足らず征く、燦然足りて飽く――』
殴るように盾を押し出す。
スターチスに当てている感触はある。
奴がこれからどのような魔法を放つのか知りたくもないが、黙らせることに一心に盾を突く。
『星よ、来たりて夢の中へ』
全て。
全てが。
全てが無に帰した。
地中深く深くまで潜り込んだはずだが、俺と赤衣の魔女を残して全てが無塵となった。
一気に空ができあがり、土中が大地と化す。
黒い土は一片たりともなく、見える大地全てが赤熱し光を帯びている。
全てが赤い。
何が起きた?
今、俺は死んだのか?
いや、そんなことはどうでも良い。
盾はあるか。
赤衣の魔女は隣にいるか。
それだけが重要だ。
大丈夫だ。彼女は無事だ。
守り切れている。




