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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第4章 月が墜ちる日
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血の底と地の底

 身体に伝わる冷たい感覚で目が覚めた。服に染みるような感覚だから水だろうか。


 オークたちの悲鳴と怒りの雄叫びが谷の底まで反響して聞こえてきて、やかましいことこの上ない。

 五体に支障はないか、手足から動かして確認していく。足をバタバタと動かすと水しぶきが立つ。腕を動かしたら左腕に激痛が走ってしまう。


 右腕で身体を起こして周囲を見回したが、明かりが無いため、これ以上自分の身体の状態を確認することができない。

 ファイアの魔法を唱えて手の上で留まらせて周囲を照らすと、底はずっと向こうまで水に埋まっていた。向こう側の水の深さは分からないが、少なくとも今俺がいる場所は、立ったら足首が浸かる程度の深さだ。




 いや、水ではない。ドロドロとした感触の水らしきものを掬ってみたら赤黒く透明度はない。

 匂いを嗅いでみたら強烈な腐敗臭が鼻を突き抜けて、俺の意志に反して身体が反応して嘔吐してしまった。


 そして底についた右手に伝わる感触はとても柔らかい。

 その柔らかいものを引っ張り上げて、もう1度ファイアの魔法を唱えて、引っ張り上げたものを確認すると、それは腕だった。腕のあちこちは欠けていて骨が飛び出ている。


 驚いて立ち上がると、足に伝わる感触もまた柔らかい。

 嫌な予感がして、後ずさっていくと歩けば歩く程に、柔らかい地面を感じる。

 死体、死体、死体。谷の底は死体と血で埋め尽くされている。


 今まで訪れたどんな地よりも酷い。まごうことなく最悪だ。

 早くこの場所から離れないといけない。ここにいるだけで何らかの病に冒されそうだ。




 回復魔法を詠唱して左腕を治療しながら、谷から落ちる前に地図で確認しておいた遺跡の入口へ向かうことにした。

 身体中や背負っている鞄には、血と腐臭が染み付いているため、歩きにくいことと猛烈な吐き気を常に催わせていて気がおかしくなってしまいそうだ。

 谷の壁沿いなら血の水が溜まっておらず、足を浸からずに済むので、幾分かマシだ。


 少しは周囲の状況が把握できたので、他人のことを気にしてみた。

 真っ先に頭に思い浮かんできたリリベルを気にして顔を上げてみると、丁度良いタイミングで閃光と爆音が俺のところまで届く。よく見た光とよく聞いた音で、安心した。

 音の後は、谷と谷の間にあった橋が、低い音を立てて落下し、谷の底で大きな水音を立てる。橋の落下に続いて、砕けた橋の石か、壁の岩か、誰かの肉片か、いくつもの細かい何かが、たくさんの水音を響かせて落ちてきたことを知らせてくれる。


 何かが落下して水音を立てる度に、水からまきあがった腐敗臭が俺の鼻まで漂ってくる。

 正直今日の天気が雨ではなくて良かった。




 爆音とオークの騒ぎ声とものが落ちる水音を聞かながらしばらく歩いていると、綺麗に切り開かれた横穴を発見した。

 横穴の入口には、ぼろぼろの石像が置いてあり、壁には何らかの模様が彫り込まれていた。

 松明が落ちていたおかげで良く見える。

 上から落ちてきたものだろうか、火がついたままの松明が地面に無造作に置かれていた。

 治療の終わった左手で松明を手に持って入口に立つと穴の奥から一定の間隔で強めの風が吹いてくる。まるで誰かの寝息みたいだ。


 きっとこれが遺跡の入口だ。

 人生で初めてドラゴンを見た。次は人生で初めてドラゴンを起こす。


 遺跡の中へ足を踏み入れようとすると、突然頭上から光が降り注いだ。空はまるで昼間のように明るい。

 リリベルの雷とは違う眩しさだ。

 咄嗟に遺跡の入口に飛び込むと、後ろからガラスが割れたような音が絶えず鳴り響いた。慌てて後ろを振り向くと、眩い塊がいくつもいくつも落下してきて、それが結晶だと気付いた時には入口が塞がる程、積み上がってしまっていた。


 光が収まってから入口を確かめると、もう俺が通れる程の隙間は残っていない。

 遺跡に閉じ込められてしまった。


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