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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第24章 アスコルト一家、学校に行く
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星の魔女とは6

 彼女の髪先やマントの裾先は火炎を纏っているが、衣服や髪そのものが燃え広がることはない。

 彼女は常識人であった。いくら涙が溢れ、口数が増え、言の葉が早くなろうとも、狂気に飲まれず、意識の外で暴れることなく、自らを律し続けようと努力している。


「ずっと、ずっと生まれた時からずっと、何をしても失敗してきたの……」


「農事は作物の収穫も束ねることも上手くいかなくて、他の皆よりも作業は何倍も遅れて……」


「裁縫仕事は何を作っても失敗して駄目にして……」


「料理だって何度指を怪我したか覚えてない……」


「要領が悪いって言われて、工夫しろって言われて、努力をすればどうにかなるかと思って考えて実践して、でも……」


「それでも、それでもそれでもそれでも、上手くいかなくて、役に立てることがないかって、様々なことに取り組んでみて!」


「最後に皆が私にかける言葉は全て同じ! 『もういい』って!」


「何もかもが中途半端。何も秀でることはなくて、何も満足に成し遂げられない!」


黄衣(おうえ)の魔女の夫! 私が魔女協会の長になってから、何が変わったの!? 何を成し遂げられたの!? 何も変わっていない、私は何も、十分に、できない!!」


「黄衣の魔女は私のことを何と評したの!」


「教えて!!」


 感情の爆発は怒りに近い。

 いつかのリリフラメルを見ているかのようだ。

 同時に、俺自身の姿を見ているかのようでもあった。


 この盾で守ると誓った者を、何度取りこぼしただろうか。

 積み重ねた剣の鍛錬は誰にも遠く及ばない。


 更に昔に時を辿れば、一体何人の死をただ見届けるしかできなかったか。

 何をしても何も成せないなら、何も知らないまま生きていければ良い。面倒ごとや争いごとから逃げ続け、勝手に線引きした偽物の平和の中で死んだように生きることに徹した。

 それが心を壊さずに済む方法だったからだ。


 彼女と俺は、同じだ。

 何も満足に成し遂げられない。


 だが、立ち止まることはできない。


『私を、1人にしないでくれ……』


 リリベルがいる。

 ネリネがいる。

 何度も失敗し、何度も苦しみ、何度も心を傷付けたとしても、それでも尚俺は盾を下ろすことはできない。


 俺と彼女は、同じだ。


「悪いが黄衣の魔女は今この場にいないから、彼女の評価を伝えることはできない。だから、代わりに俺の評価を聞いてくれ」


「魔女の中で最も信頼のおける魔女は、赤衣(せきえ)の魔女、あんたを置いて他にない」


 リリベルがこの場にいなくて良かった。滅茶苦茶に歯形を付けられていただろうし、赤衣の魔女は命があったかも分からない。


「赤衣の魔女という魔女は、責任感が強く、誰にでも手を差し伸べる優しさを持ち、どんな困難にも挫けることなく立ち向かい続けた」

「立ち向かってなんか……」

「いいや、立ち向かい続けている。どれだけ、失敗しようとも、壁に当たり挫折しようとも、だ。困難に逃げ続けた俺とは、天と地程の差がある」

「それは、その時々で逃げていただけ」


 煌衣の魔女の魔法のせいで踏ん張る大地がなくなりかけていている。

 このまま彼女と会話が続けられることに限界が来ている。


 足場がなくなっても彼女との会話を続けるには、彼女を繋ぎ止める必要がある。何をすれば良いかは分かっている。ただ、その行動を素直に実行して良いかが問題だ。


 考えている暇はない。


 星を止めるために、その行動による結果がどうなるか、今は置いておくしかない。


 すまない、リリベル。


「黄衣の魔女を差し置いて他の魔女を褒めることは気が引けるが……」


「赤衣の魔女、お前は魔女の中でも1、2を争う程……いや、魔女の中で1番高潔で、努力家の魔女だ」


「お前がどれだけの失敗を重ねてきて、どれだけ苦しい目に遭ってきたのか、俺は知らない」


「知らないが、少なくとも全てが失敗しているとは思っていない」


「なぜなら、他の誰でもなく俺が、赤衣の魔女に救われているからだ。赤衣の魔女の知識がなければ、俺はここまで辿り着くことができなかった」


「覚えていないかもしれないが、赤衣の魔女の魔法は、リリベルを守ってくれたことだってある」


「俺にとって赤衣の魔女は、頼れる魔女だ。だから、力を貸して欲しい」


 足場がいよいよ崩れた。

 地面は底の深い皿がいくつもできあがっていて、赤衣の魔女は宙を舞い落ちようとしている。


 俺も間もなく、踏ん張りが利かなくなった。

 膝から崩れ落ちそうになって、盾の構えが安定しなくなる。


 バランスを崩して反射で手を伸ばす赤衣の魔女が目の前にある。

 彼女の手は取らない。手を取るだけでは説得には足りない。

 盾の向きを少しだけ上向きにして、受ける星の衝突の反動だけで赤衣の魔女への距離を詰める。


 彼女の背から腕を回し引き寄せて、言いたかったことの続きを言わせてもらう。


「赤衣の魔女の炎は、煌衣の魔女と対等に渡り合える。お前に自信がなくとも、俺には自信がある」


「この盾で奴の攻撃を全て止める」


「だから、力を貸して欲しい」


「英雄よ」


 顔からボンッと小気味の良い音が鳴り、炎が左右に吹け上がる。

 それが良いことなのか悪いことなのか判別はつかなかったが、少なくとも彼女の次の行動で判別はつけられた。


 灼熱の炎が、ただ一点を目指して爆発し、星と衝突する。


 ただ衝突しただけではない。

 星を押し返したのだ。


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