星の魔女とは3
スターチスが見えたとか見えていないとかは関係がない。
命を1つだけしか持たぬ者には、今自分が何とぶつかったのか、何に殺されたのか、音が聞こえているのか、立っているのか、考えているのか、それらを自覚する術を持たない。
速いとか遅いとか、速度を評する次元にない。
一瞬という言葉すら適切ではない。
不死者だけがスターチスに攻撃されたと認識できる境地に辿り着ける。嬉しくない境地である。
その境遇で知覚できた特異点は、どういう訳か俺の身体丸ごとで包んだラザーニャは、形を保っているということだ。
「何をしているの!? 肌が焼けてるじゃない!」
「良い。これで良いんだ」
そう、これで良い。
光が着地して難を逃れても、ラザーニャの炎に絶えず灼かれ続けて、死ぬことには変わらない。
死ぬタイミングが変わっただけだ。
首の皮1枚で繋がっている状況の中、彼女の身体を手繰り寄せて守る。
それで彼女の命が助かるなら上々だ。
「いいぃぃぃ――――」
今聞こえた声は、恐らく光が来るよりも前に口から出ていた言葉で、俺たちの時間では既に奴の会話は終わっている、かもしれない。
何せ全てが速すぎるのだ。煌衣の魔女と俺たちとでは、生きている時間の流れが違いすぎる。
早すぎて何を喋っているのか聞き取ることはできない。
そもそも何かを喋っていたと知覚できる瞬間が、殺された後にしかない。
俺とラザーニャは、煌衣の魔女の光を攻撃と認識しているが、奴にとっては敵意がなく、ただ通り過ぎるという行動をしただけかもしれない。
この次の瞬間にも俺は死んでいた。
こちらは死ぬ瞬間に知覚ができた。
空気だ。
スターチスという光が通り過ぎた後に、そこにあった、ありったけの空気の塊が押し出されて、俺の身体に到達した。
空が1人の人間にのしかかって来る感覚は、奇妙で不思議な感覚だが、命を殺すという結果は変わらないために、光との違いを見出すことはできない。
それでも赤衣の魔女は守った。
「それよりも早く宝箱に戻ってくれ!」
「わ、私は……! 卿を……貴方を守れなかったら……!!」
赤衣の魔女という仮面が1枚剥がれただけで、涙を流し激しく動揺する。
今まで見てきた毅然として見せた態度が、嘘のように崩れてなくなっている。
「役立たずにはなりたくない!」
過去に何があって今のラザーニャを作り出したのか。
その答えを知る前に見なければならないものがある。
学校はない。
あるのは抉れた地面だけだ。
破壊の終端には家だったものの残骸が転がり回っていた。
破壊の中心点に見えた奴の姿は、本当に一瞬だ。
薄紫の髪に1点だけ星のように白い物が見えた。それが、髪飾りなのか一部分だけ白みがかっているのかは分からない。
ただ、俺は、姿が見えた瞬間から赤衣の魔女を包んで、奴から背を向けることに全力を尽くしていたからだ。
「役立たずには……」
胸中で俯き悲しむ彼女から火の手が上がる。
当然、熱い。
だが、炎の熱さを掻き消すが如く、光が世界を包んだ。
会話の意志を全く示そうともしない光は、恐らくただ横を通り抜けただけで全てを消し飛ばした。
恐らくと言ったのは、スターチスが実際に何をしたのか知覚する暇がないからだ。
再び生き返った時には、視界に入った身体はバラバラであった。
死ぬ直前の状態に戻るはずの身体が、確かな状態ではない。
左目から右目が見えている。
歯の羅列が向こうにある。
腕の骨だけが皮と肉の外に綺麗に飛び出ている。
推察するなら、死ぬ直前の状況がスターチスの通り道であったこと、奴がその速さ故に時間を遡上するというこを加味すれば良い。
初めて知った。
死ぬ直前の状態に戻る時、時間が加味されていることに初めて気付いた。
勿論、そのまた次の瞬間には、無事な身体で生き返るのだが、その生き返りの繰り返しの僅かな時間が、ラザーニャとの距離を離してしまっている。
光の後に遅れて音の衝撃波がやってくる。
俺もラザーニャも無事では済まない、命を消し去る程の音だ。
俺のことはこの際どうでも良い。問題はラザーニャだ。
彼女を何としてでも守らなければならない。
なぜかと言われても、理由付けを思い出す暇すらない。
心で考えるよりも前に、彼女の命をここに留めておくために、行動し続けなければならない。
しかし、今度は先程よりも距離が離れている。
学校の屋上があった位置に生き返ったためか、俺は空中から落ち始めていた。
空を蹴って地上で横たわっている彼女に近付く術がない。
彼女の行動全てに下回る速度でしか動くことができない俺にとって、この距離は致命的だ。
なすすべもなく、衝撃波で俺は生死を繰り返し、彼女は死ぬ。
足りない。
俺には何もかもが足りない。
彼女は自らを役立たずと称したが、それなら俺は一体何なのか。
救わないと。
救え。
彼女の命を守り切れ。




