星の魔女とは2
学校の屋上から見える星々の中でも、一際輝く星があった。
固定された景色の1つかと思ったが、僅かに動いている。
それが横向きに動いていれば、流れ星だとはっきり分かったはずだ。
それが真っ直ぐ此方に向かっているのだと気付かない限りは、ただの星にしか見えないのだ。
そして気付いた時には遅い。
学校の屋上からだけにしか見えない流れ星。
最後の七不思議。
それがただの不思議な流れ星だとネリネが想像していてくれたなら、光がこの地にやって来ることはなかった。
想像を現実にするにあたって、娘は流れ星を見て、そして見る間に煌衣の魔女の話を聞いた。魔女の成りと、伝説のあり様を知った。
そして、煌衣の魔女は七不思議となった。
創造された煌衣の魔女は、質が悪い。ネリネが古の魔女に添えたアクセントは、この世界への興味だった。
更なる魔法の効率を求めて速さを磨いた魔女は、空の上の時間で魔法を研究し続けている。
そんな魔女がこの地に興味を持つ事柄と言えば、決まり切っている。
奴は興味を持ってここに到達しようとしている。
自分の時間を使うに値する者がいると、ネリネに想像させられているからだ。
「煌衣の魔女が学校に来たらどうなると思う?」
「減速の意志あれば無事になろう」
「しなければ……?」
「何も残らぬ。それこそ塵1つでも残れば奇跡であろう」
考えている暇などない。
雨で溺れた学校に戻ることよりも、星が落ちて来ることの方が、命を捨てる結末へ近い。
「ラルフ先生! ズーヒーが持っている空気の魔力石を使って、皆で学校に潜るんだ! そして何が何でも宝箱の落ちたところまで戻るんだ!」
「ヒューゴ先生は?」
「頼む、急いでくれ!」
「……分かりました!」
必要最低限の会話すら時間が惜しい。
惜しいが、きちんと言葉にしなければ、伝えたいことは伝わらないことを知っている。
この学校では、薄い空気の膜を全身に覆わせる魔法石を魚人に携帯させている。今であれば、水に沈んだ学校の下で命を繋げられる唯一の綱になる。
この場にズーヒーがいてくれて、本当に助かった。
他の子どもたちを救えるのは彼しかいない。彼に頼むしかない。
「ズーヒー! 皆を助けてやってくれ?」
「は、はい!」
「ありがとう」
ラルフ先生の背中を押し出して、無理矢理階段の下へ子どもたちごと詰め込ませる。
「赤衣の魔女!! お前も早く!!」
「ならん! 我輩がここへ来た理由を知っておろう! 我輩は卿が残る限り一歩も引くつもりはない!」
「お前は不死じゃないだろうが!! 少しは自分の身を案じるぐらいしろ!!」
「卿こそ己の身を案じろ!!」
赤衣の魔女の手を乱暴に掴んでいることは承知の上で、今度は無理矢理引っ張った。
どれだけ強く抵抗されようとも構わない。
何なら彼女の白髭でも引きちぎってやろうか。
彼女の見栄の象徴である白髭を失えば、少しは彼女も素直になってくれるだろう。
「この場には俺とお前しかいない! ここでお前がいくら命を張ったところで、誰にも魔女協会の長として認められることはない!!」
「違う!! そんなんじゃない!!」
言葉が詰まってしまった。
初めてだ。
初めて彼女が赤衣の魔女ではなくなった。
荘厳な飾りを付けた衣装や、男らしさを見せたかった白髭という数々の努力を、一瞬で水泡に帰してしまう言葉を放っている。
彼女は素になっている。
その瞳の奥は潤んでいた。
赤衣の魔女の仮面がいとも簡単に剥がれてしまった原因は、空の星が問題の源あることに間違いない。
手は震えている。怯えている。
ステルグラフの時と同じだ。
「一体何が赤衣の魔女をそうさせるのだ……」
「私は、私は誰の役にも立ったことが……」
初めは心の内を明かすつもりがなかった彼女は、今は言い淀みつつも吐露し始めた。
その言葉1つだけでも、想像は優に膨らんだ。
この場所に俺とラザーニャだけしかいないという雰囲気が、彼女に口を開かせたのかもしれない。
早く彼女をこの場から遠ざけたい。重ねて言うが、話している暇はないのだ。
そのはずなのだが、赤衣の魔女の荘厳な仮面が剥がれかかっている状況を前にして、行動を起こすことができなかった。
だから失敗した。
遅かった。
俺は待ちたくても、光は待たなかった。
視界が歪んでいた。
赤衣の魔女が崩壊しているかのように見えた。
掴んでいた手を手繰り寄せ、ラザーニャの膝を無理矢理折り曲げさせる。
そして丸まった彼女を俺の身体の内側に収める。
そして、その次に起きたことは、何もなかった。
余りに速すぎて、何も起きていない。そう知覚せざるを得なかった。
ネリネの想像した全てが無に帰した。




