星の魔女とは
「ラルフ先生」
「ヒューゴ先生!」
「先生……」
生徒たちの数が当初の2人から増えていた。
ズーヒーもいる。七不思議の幽霊を恐れていた彼が、まさかこの世界に現れるとは思わなかった。
学舎自体は広いが、その屋上は生徒たちが遊ぶ場ではない。
学校の最も高い位置にある鐘塔へ続く棟道に過ぎず、そこに生徒たちはいた。
彼等をやっと見つけられたという安堵感はない。
ここに至るまでにひたすら感じ続けていた嫌な予感が、最高潮に達していたからだ。
大瀑布のような雨は、屋上の扉を開けた時からなかった。
さっぱりと、晴れやかに。
雲1つない。
綺麗な星空だ。
夜になるには余りにも早い時間帯である。
七不思議の流れ星を顕現するために、無理矢理天気も時間も変えられていた。
俺たちが来た扉を閉めると、雨音は一切遮断され、静寂が場を包んだ。
彼等に今の状況を説明しつつ、早く元の世界に戻るよう提案する。
宝箱探しを諦めて元の世界に戻ることを願うよう指示した。
洪水で建物が溺れることよりも、学校の屋上からだけ見える流れ星の七不思議が誰の目にも留めて欲しくなかったからだ。
だが、返ってきた言葉は否定であった。
「できないよ、先生ー」
生徒の1人が口を開くと、皆も口を揃えて言った。
誰1人、ここから消えたりすることはなかった。
考え方を間違えたか?
しかし、この世界に入った時は……。
「何を焦ることがあるか。黄衣の魔女の騎士」
「赤衣の魔女、すぐにでもこの世界から脱したい。知恵を貸してくれ」
「故に、何故に焦るのか、理由を問うている」
「心臓が潰れそうな程、嫌な予感がするんだ! ただ、それだけだ!」
「い、痛い」
「あっ……す、すまない」
焦りから彼女の肩を力強く掴んでしまっていた。
一瞬だけ、彼女が素になって痛みを訴えたものだから、驚いて慌てて手を離した。ラザーニャは肩に手を当ててやれやれと言うが、心なしかしおらしく見えた。
それでも、俺は彼女に伝えなければならない。
洪水に飲まれることよりも恐ろしいことが起きるかもしれないと。
いや、恐らくは俺がいるせいで必ず起きる。
この人生で感じてきた嫌な予感は、必ず的中する。
白髭をいじる彼女の手を、今度は注意して取り、彼女だけに聞こえるように声を抑えた。
「うちの娘のことだ。七不思議の流れ星を煌衣の魔女に紐付けている可能性が高い。いや、絶対に紐付けている」
「お、おお」
身体を震わせて、挙動不審に此方の様子を窺う様は、リリベルに耳打ちした時と同じであった。
「流れ星が落ちたら、生徒たちは絶対に無事では済まない」
「う、あお」
喋る度に変な声を出すのはやめて欲しい。今はそれよりも伝えたい重要なことがあるのだ。
「申し訳ないが根拠はない。だが、それでも俺は今までこの予感に従ってリリベルをできる限り守ってきた」
「はふん……わ、分かった分かった。卿の意志は伝わった」
彼女は逃げるように身体を捩って俺の手から離れ、赤らんだ耳を抑えてほんの少しの敵意を剥き出しにしている。マントの端々から火の手が上がっているのが、興奮の証の1つであるということを初めて知った。
「卿はすけこましであるな。妻もあるというに」
荘厳な出で立ちに似合わないもじもじとした姿は、それこそ女性らしさが前面に出ていた。
赤衣という冠と魔女協会の長として、誰よりも体裁を気にする魔女であるラザーニャは、決して人前で弱い部分、素の自分を曝け出そうとしない。
その彼女が、若干の素を見せている。
「それならば、危険な賭けではあるが、皆を屋内に戻すが良かろう」
「どうやって?」
「そこな魚人が常に懐に持ち合わせている魔力石があろう。空気を身に纏わせる魔力石だ。それを使えば水の中でも歩き回ることができよう」
天啓だ。
やはり彼女に聞いて良かった。
そして、空の星が瞬いた。




