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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第24章 アスコルト一家、学校に行く
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地下の秘密とは13

 我ながらこんなことで自信を持つのは情けない話だが、自らを盾として扱う戦い方なら、適任は他にはいない。

 相手がどれだけ想像し尽くされた神であろうと、俺は前に進み続けられる。

 死ぬのは慣れていて、死んだ後にどういう行動を取れば良いのかにも慣れている。


 ただ、肩透かしに感じたことは、意外にも身1つでステルグラフの前に立ってみたが、ただの1度の攻撃も降って来なかったことだ。


 奇天烈な置き物かのように、ただずっと鎮座し続けていた。


 目線は外さずに、宝箱を目指してステルグラフを迂回する。

 奴は此方に向き直ったりしない。


 では、宝箱に手を掛けたらどうなるか。

 鬼気迫る奇妙な雄叫びでも上げて、俺を殺しにかかるのか。


 迂回して辿り着いた先の宝箱の蓋に手をつけてみる。


 何も起きなかった。


 置き物加減に磨きがかかる。


 つまりだ。

 この世界が、子どもたちが想像した遊びの集大成だということを念頭に置けば、子どもたちが危険な目に遭うことはない。そういうことを示しているのだろうか。


 だとすれば高名な魔法使いも、最強の剣士もいらない。


 更に命を賭けて、宝箱の蓋を開けてみた。蓋は宝を守るにしては不用心で鍵が付いていない。


 そして中身の宝とやらは酷く統一性がなかった。


 勝手に光り輝く金塊や、宝石たちの山はともかく、女の裸体が描かれた絵の紙束や皿に乗った鶏肉の何らかの料理、金塊に紛れた筆記用具や衣服のボタンなどが散見された。

 各々の宝の想像が、1つの宝箱に詰め込まれている。微笑ましくもあるが、苦笑いせざるを得ない。


 子どもたちの真っ直ぐな想いが込められた宝に手を取ってみる。


 宝を守るはずの怪物はそれでも動かなかった。


「無事か!」


 部屋に響く大きな声が扉付近から無事を尋ねてきた。薄明るく炎が纏わりついている。

 赤衣(せきえ)の魔女が俺を案じて、誤った行動をしないように、大声ですぐさま返事する。


「大丈夫だ! 何もしなければこいつは攻撃しない!」


 俺の声を聞いた赤衣の魔女は、薄明かりの炎を消し去り、ゆっくりと寄って来た。

 恐る恐るといった感じでステルグラフを睨み付け、それから奴が何もしてこないことをしっかりと確認してから、足早に宝箱に向かって来た。


「どういう風の吹き回しか、先の攻撃は一体何だったのか……」

「それよりも宝を見てくれ。宝は誰の手も付いていない」

「子どもらはここに来てはいないということか」


 赤衣の魔女はステルグラフを何度も気にしつつ、宝の1つに手を取った。

 その瞬間に、彼女は突然身体がガクリと下がる。腕を何かに引っ張られたかのように、手を付けた方の腕が宝箱の奥に沈む。


「ラザーニャ!」


 宝箱に罠が仕掛けられていたのだと疑った。

 宝箱の奥に沈み込まないように、彼女の腰に手を回そうとした。


 その瞬間に瞬間を重ねた瞬間に、力が抜け赤衣の魔女と同じように身体が宝箱に向かって引っ張られた。

 目で見える誘引の元となる存在はそこになく、俺はラザーニャと共に宝箱の中へ引きずり込まれてしまった。




 宝箱の底にすぐ手がつくことはなかった。

 宝箱の深さにあるまじき落下の長さを経て、その後に視界が開けた。

 床が見え、後少しで身体が激突すると察したら、自然と赤衣の魔女ごと身を捩ることができた。

 死んでもいい俺は、死んだらそれで終わりの赤衣の魔女を守る必要がある。そんな考えが脳裏をよぎったからかもしれない。


 彼女を抱えての落下の衝撃を背中全体で受け止めるのは、文字通り骨の折れる仕事である。

 衝撃で呼吸が止まり視界が明滅を繰り返し、ああ慣れた痛みだと感慨に浸る余裕すらある。


「馬鹿者め、我輩を守る必要はない」


 俺に対して問いの答えを待っているが、呼吸が止まっていて言葉なんか出せる状況ではない。

 俺の上体を起こしたと思ったら、思いきり彼女は背中に蹴りを入れて来た。

 肺の行き道が確保され呼吸が再開するが、彼女は1発目で俺が助かったと気付きもせず、何発も蹴りを入れてくる。


「ちょ、ちょっと……待……」


 容赦ない蹴りが背中を襲い続ける。

 魔女協会の長に何度も蹴られる人間は、恐らく後にも先にも俺ぐらいしかいないだろう。


「む、息が入ったか」


 そろそろ執拗な蹴りによる怪我の方が大ごとになっていそうな段階になってきたかというところで、やっと彼女の蹴りが止まった。


「ちょっと蹴りが多すぎるが、助かった……」


 ひと息ついて辺りを見回すと、そこは講堂だった。

 学校の講堂だ。外は激しい豪雨で窓や壁を雨粒を叩きつける音が、講堂内に響き渡っている。

 俺と赤衣の魔女の嗜虐的な姿が映す大鏡があるということは、ここは2階東1番奥の講堂だろう。


 学校の地下にいたはずなのに、なぜか講堂にいる。


 落ちて来たはずの頭上を見上げると、広い天井に1箇所だけ空の見えない深い深い穴が空いていた。


「どうやって戻るべきか。いや、そも戻る必要があるのだろうか」


 つけ髭の先を摘み撫でながら同じように頭上を見上げていた、ラザーニャも同じことで思案していた。


「魔女の長ともなれば飛べたりはしないのか?」

「飛べぬこともないが、卿を灼き尽くすことになろう」


 冗談で聞いたつもりだったので、飛ぼうと思えば飛べるという回答が返ってくるとは思いもしなかった。

 故に返答には困った。


 蹴られた痛みもそこそこに立ち上がり、生徒たちを探そうと講堂の外へ繋がる扉を開こうとする。

 その間に後ろで派手に硝子が割れて、それらが散らばる音が聞こえた。


 何事かと思えば、赤衣の魔女が椅子を持ち上げ、大鏡に叩きつけていた。

 何度も何度も叩きつけ、鏡が鏡でなくなってから、彼女は椅子を戻し、ふうとひと息をつく。


「これが、かの七不思議の1つであるとするなら、先手を打たぬ道理はないであろう」


 物理的に鏡を破る型破りな魔女は、ひと仕事やり終えたかのように満足した顔をしていた。

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