七不思議とは3
池の周りを半分程進んだ。
ラルフとホプズコットは残りの七不思議も教えてくれた。
講堂大鏡の怪。
礼拝堂に出る魚人の幽霊。
大庭で動き回る石像。
図書室に出る白ひげの幽霊。
扉も窓も閉め切った部屋で吹き荒ぶ謎の風。
空中を泳ぐ2脚の椅子。
学校の屋上からだけ見える長く大きな流れ星。
宝の地図と存在しない地下。
八不思議じゃないか。
「お2人は、その七不思議に出会したことはあるのですか?」
「1つだけですよ」
「私も1つだけですね、流れ星を見ました」
ラルフとホプズコットは大きな流れ星を見たと言う。
空に浮かび上がるどの星よりも大きく、どの星よりも長く光の尾を引き続けた、らしい。
そんな大きな流れ星があったなら、街中が大騒ぎになるだろう。そうはなっていないということは、本当にこの学校からでしか見えないものなのだろう。
なるほど確かに不思議ではある。
「いきなりこんなことを聞くのもなんですが、ヒューゴさんはどうして魔女と結婚をしたのですか?」
ホプズコットは半獣人の女性である。
彼女自身も結婚をしていて、2児の母である。
フィズレでは女性が表立った職に就くことは珍しくない。
だから彼女がこの場にいることに、何の違和感も持たなかった。
だが、1つ外の国に出れば、確実に白い目で見られるようになるそうだ。女性が先生になる訳がないという、昔からの習慣からくる先入観が他国にはある。それがその国にとっての常識であり、それ以外の姿は異常と評される。
フィズレは実力主義の結晶体である。
何をするのも自由であり、実力さえあれば誰でも職を選ぶことができる。子どもか大人か、男か女かは関係ない。
唯一差別があるとするなら、種族による違いだろうが、それでも他国と比べて遥かに軽い。言葉や文化の違いによって、商売がし辛いというだけなのだから。
成り上がりと没落の繰り返しによって出来上がったのがこの国だ。
そんな国で先生という地位を確立したホプズコットは、間違いなく勤勉なのだろう。
だからこそ、彼女が極平凡な質問をする度に、俺は驚かされる。
「あまり他人に話せるような内容ではないのだが、最初は敵のようなものだった」
「敵だって? 戦争に駆り出された兵士と魔女ということですか?」
「概ねそのようなものだ」
実際はリリベルは捕虜で、俺は牢の見張り番だ。
彼女は最初から戦う意志を持っていなかったし、俺は生きていくのに必死で彼女に関心を持っていなかった。
「敵同士だったのに、こうして夫婦になられた。話だけ聞けばロマンチックな話です」
ラルフ先生に言われて初めて気付く。
確かに彼の言葉なら、随分と運命的な話だ。ただ、ここに至るまでの経過はあまりにも酷すぎる。
「黄衣の魔女のことを悪く言うつもりはないですが、魔女に対して怖さは感じなかったのですか?」
「いいや、最初は怖かったさ。何を考えているか分からないし、次に何をするのかも想像できなかった。気まぐれで殺されたりしないかと怯えもあった」
「出会いは最悪だったということですね。それでも彼女と一緒になった理由は一体どのような理由で?」
大した理由ではない。
ホプズコット先生が望んでいるであろう答えは、持ち合わせていない。
どう言い回すか苦心したが、結果ありのままを伝えることにした。
「彼女の猛烈なスカウトがあった。最初は、面白そうな人間のおもちゃを傍に置いておきたいのだろうと思っていた」
この答えは場の空気を悪くするだろうな。
そう確信していたが、ラルフとホプズコットは気にせず会話を続けた。
「黄衣の魔女殿がヒューゴさんに代わりの職を与えたということですか?」
「それは、もうその時点でヒューゴさんにかなり気がありますね」
「え? いや、うーん……?」
後になって彼女の感情の吐露を受けたことは何度もあった。
その中に、ダリアから『恋をする』という言いつけがあって、彼女は人間の真似事を行っていた。
その結果として、俺を選んだ訳だ。
たまたまだ。
牢獄という閉ざされた環境で、恋の対象となる選択肢は少なかっただろう。
もし彼女が、また別の選択肢の多い環境に身を置いていたなら、俺が選ばれることはなかったとも思う。
「俺みたいな奴は世界中にごまんといるさ」
「それなら益々ロマンチックな話でしょう」
「確かに。ヒューゴさんには失礼ですが、黄衣の魔女殿はごまんといる人の中から、ヒューゴさんを見つけたのです」
さすが商人の国。
気持ちが常に後ろ向きの俺とは正反対で、2人は凄まじく楽観的である。その前向きさが商談に結びつけるガッツを生み出すのだろう。尤も2人は商人ではなく先生だが。
前向きさ何を言ってもロマンチックと結びつけられそうで、わざと荒唐無稽な嘘を言ってみたくなってしまう。