地下の秘密とは11
東講堂は俺が知る東講堂とは姿形が全く異なっていた。
教壇の中央部に大きな穴ができていて、その先には長い階段が続いている。
穴と言いつつも、木板が横にずれるような何らかの仕掛けが施されていているように見える。
そんな仕掛けはあるはずないが、この世界では存在している。
階段は明かりになるものがなく、先は真っ暗でどこまで深いのか分からない。
ラルフ先生や生徒たちを呼びかけるが、返って来る音はなく、ただ俺の声がしばらく反響するだけだった。
「地下が宝の地図通りであるなら、呼びかけが届く位置におらぬやもしれぬな」
当然だが地図が指し示す宝の位置は、地下の最奥にある。
子どもたちは宝を目指して最奥にいる可能性は高く、降りて確かめる以外良い術がない。
炎を操る魔女なら、明かりになりそうなものを幾らでも生み出せそうだが、先程の加減が利かないという言葉を鑑みるに、基本的な炎の魔法ですら大惨事を起こしそうだ。
彼女が躊躇うことなく地下へ向かうのを見て、後を付いて行く。
階段自体はなんということもない。
石を切り出して作った階段は、不揃いの高さで面も平らではないため、非常に降り辛い。その程度の感想だ。
階段が終わり、遂に地下に到達した。
ひと目見て異常だった。
生徒が思い思いに想像した地下は、全てを具現化した結果、混沌とした空間になっていた。
生い茂った草花と共に森があり、暖炉や絨毯や椅子で彩られた壁のない室内があり、鉄格子が途中までしか伸びていない牢屋があり、真っ赤な溶岩の池が煙を吹かしてぐつぐついっていたり。
互いが互いの領域を侵食し合い、境界部分はそれぞれの特色が入り混じったりしている。
例えば牢屋の境界部分は、溶岩が流れ、森から伸び生えて来た蔓が燃え上がって地獄の様相を呈している。
しかも、天井は穴が空いている箇所があり、たまに空が覗いている。
学校の外は雨が降っているはずだが、地下から見える空は雲1つない快晴だった。
現実の世界では見ることがないであろう、無茶苦茶な地下空間がここでは広がっている。
誰かいるかと尋ねてみるが声はしない。
地図が指し示すのは、空間と壁と扉だけであり、空間の中身までには言及していない。
空間の広さは地図通りであって、正しい。
地図には宝の在処までの道のりや謎を解くための意味ありげな文章が記されている。
混沌とした空間のおかげで、完全に道順通りとまでは言わないが、問題なく進むことはできた。
混沌とした空間の終わりには、地図通りに扉があった。
重厚そうな金属の扉で、表面には見たこともない文字が刻まれている。
ラザーニャも今までに見たことがない文字だと言うので、生徒たちが発案したオリジナルな文字なのだろう。
ドアノブはなく、引き戸でもなく、指をかける場所もないため、力尽くで開けることもできない。
そこで初めて、謎を解くための文章をまじまじと読むことにした。
ラザーニャも興味があるのか、地図を広げる俺の横から顔を覗かせて文章を読んだ。
『パンでありパンであらぬ物は何か、答えよ。さすれば、扉は開くであろう』
何だこれ。
「生徒たちの間で流行った謎かけ遊びの一種であろう」
「初めて知った」
「我輩も子どもの頃に謎かけで遊び明かしたものだ」
扉は特に重要ではなかった。
名前がパンがつく何かを言い続ければ、勝手に扉は開いた。
その次に入った空間も同じようなものだった。
子どもたちが想像を膨らませて作り上げた迷路や、古代の城の中が1つの空間に乱立して、子どもたちらしい謎かけで開く扉がある。
それを何回も繰り返すことになったのは、ネリネが生徒たちの想像を全て具現化したからだろう。
子どもたちの遊びに知見のある赤衣の魔女が、謎かけの答えを解く姿は笑えた。
真面目に考え抜いて口から出た言葉が「パンツ」や「うんち」だったら、笑うに決まっている。笑うのを止められる訳がない。
「全く、笑い過ぎだ」
「すまんすまん」
「さあ、これで遂に宝の部屋に辿り着いたのだろう?」
「ああ、この扉の先が宝があるとされている場所だ」
宝の地図の中枢。深奥。核心。
宝の部屋に繋がる最後の扉が、ラザーニャの「お尻」という言葉で開く。
開いた先は真っ暗であった。
ラザーニャは臆することなく力強く歩を進める。
彼女の後ろへ付いて行くと、左右から突然火の手が上がった。
数多く取り付けられた松明が、勝手に灯る。
その光でやっと部屋の空間を認識できるようになった。部屋は地図の通りに広い。
壁の明るさでやっと部屋の中央が見えるようになったが、薄暗く見通しは悪い。
大声を上げれば、何重もの声が木霊して返ってくるだろう。
そんな馬鹿みたいに広い空間のど真ん中に、寂しげに宝箱が鎮座していた。
空間の広さに対して、宝箱の大きさは小さく不釣り合いであるが、その後ろにある存在は、部屋の空間に釣り合っていた。
宝箱に何が入っているかは分からないが、宝探しには切っても切れない存在だ。
宝を守る怪物。
生徒たちの想像の産物か、ネリネの強い想いが反映された末の生物か。
娘が密接に関わる生物で怪物といえば、ファフタールを想像していたが、どうやら娘にとってはアレは怪物ではないらしい。
目の前にいる存在を言語化するのは難しい。
身体と思わしき物体は、肉々しく常に蠢いている。
金属鉱石みたいに規則的に尖り散らかした光沢のある物質が、身体と思わしき部分からいくつも伸び広がっている。
身体らしき場所を無理矢理人間の身体に置き換えて説明するなら、腹には樹木らしき箇所があり、枝葉が伸び花が咲いている。
左肩からは水が大量の水が流れ出ており、それを最も適する言葉で表すなら滝である。
だが、滝は床に落ち切る前にすっぱりと途切れて消え、床を水浸しにしていない。
右肩から腹にかけては裂け目があり、裂け目の両方から剣の刀身が外に向かって不揃いに並んでいる。歯と呼べるだろうか。
身体の下側は牛や馬が生えている。足だったり、顔だったり、腹だったり、尻尾だったりが、それぞれ別の場所から滅茶苦茶に生えている。
牛や馬の部品は床に接地してはいるが、足としての役割は果たしていない。
存在が動こうとする度に、擦り切れ潰れ折れ形を崩していく。それでも牛や馬の数が減る様子は見えない。
生徒たちはいない。いるのはその怪物だけだ。
良からぬ想像が現実にならないことを祈るしかなかった。
「ほう、生まれて初めて神にみ見えたぞ」
ラザーニャの身体から強い熱と光が発される。戦闘体勢だ。
「神……? アレがか?」
「む、我輩の学校に通っておきながら、蔵書を読んでいないのか?」
「あんな量の本を全部読める訳がないだろう」
目の前の存在と胸の奥の嫌な予感は、不思議と一致しなかった。
今までの経験からすれば、今感じている嫌な予感の元凶はアレではない。
「ならば名を教えよう。後で読んでみるが良い」
「かの神はステルグラフという名を持つ。地獄の王である」
地獄の王という言葉を聞いてもまだ心に余裕はあった。




