勉学とは5
「申し訳ありません」
「い、いえいえ、気にしないでください。お金も払ってもらった上に、娘さんに建物を直してもらって、悪いことなどありませんよ」
平謝りする俺にケリー学長は気にすることはないと言ってくれた。
リリベルが張り切ったおかげで、建物が半壊した。
魔法の授業で、魔法がどういうものかを生徒たちに見せびらかした結果、屋根が吹っ飛んだのだ。
事細かに描いた学舎の外観の絵をネリネに見せて、彼女に復元してもらうことで何とかことなきを得た。
生徒におだてられて調子に乗るのは、リリベルの悪い癖である。
彼女の横で大きな屋根が空に舞い上がっていくのを見た時は、心臓が口から飛び出るかと思った。
リリベルも少しは謝罪の態度を示したらどうかと目で訴えるが、彼女は空を見上げて掠れた口笛を吹くだけだった。
ちなみに、屋根を吹き飛ばす光景を目の当たりにした生徒たちは、より一層リリベルの授業を受けたがるようになった。熱狂的なファンとでも言うべきか。
彼等に魔法を教える時の彼女は、凄まじい熱量でもって応対する。いつもの言葉足らずはそこになく、生徒たちの疑問に1つ残らず応えた。
その日受けた授業で、理解できずに終えた生徒は1人もいない。勿論、彼女の教える能力を知らない訳ではないから、当たり前だと思っている。
だが、第三者の視点で、彼女の知識の真髄を改めて見させられると、常人のそれとは全く異なるのだと否が応でも知ってしまう。
情けない話だが、少し嫉妬してしまう。
こうして再開された授業の中で、煌めく眼差しを彼女に浴びせる生徒たちを教壇の隅で眺めるのは、複雑な気分だ。
小麦肌の彼女は、授業が終わるなり足早にリリベルに駆け寄って彼女を拘束しようとする。カルミアだ。
そして、カルミアに続くように子どもたちが駆け寄り、あれやこれと聞き始める。大人たちは子どもたちのはしゃぎようを真似する訳にもいかず、理性で我慢して後ろに控えた。
彼女はそんな大人たちも見逃さない。知を極めんとする場に、知を要求する者たちが零れることを、彼女は許さない。
紙を与えて、質問したいことを書かせて、大人たちの疑問にも事細かに答えた。
魔法は商人の国では、稼ぎの1つになる。魔法使いの特殊性と生み出されるものの需要は高く、並の者が取り入ることができる領域にない。熟達すれば身を守る武器にもなる。
勿論、純粋に魔法を知りたがる者もいる。
単なる研究のためや、魔法を使えたら格好良いからという単純な理由もある。
それぞれの思惑があって、魔法学は人気な授業の1つである。
知る神がこの場所にいなくて良かったと、心から思う。
日は変わって。
「本当に申し訳ありません……」
「いやいや、ハハハ……建物は直ってますし、生徒にも怪我はありませんし……気になさらず」
彼女はまた張り切ってしまった。
天井が吹き飛ばされた次の瞬間には、心の中で彼女を叫んだ。
リリベルゥ!!
「ネリネ……また頼んでも良いかな?」
「良いよー!」
娘が良い子で良かった。
尤も、娘は実年齢で言えば、まだ喃語を話している頃だ。
本来なら良いとか悪いとか、善悪の判断がつくことはないはずだ。
無色透明で、何にでも興味を持ち、ただ大人の思惑に振り回されている、言葉を話せるただの赤子だ。
そんな娘に世話になっているリリベルには、少しくらい自分が情けないと思って欲しい。
何せこの1週間の間で4度、リリベルは学舎を破壊している。
彼女が派手な魔法を放つ度に、歓声と破壊音が鳴り響き、その度に学長に頭を下げ、ネリネにお願いをする。
3度目でリリベルにきつく言いつけたはずだが、結局彼女は情熱を抑えきれず魔法を爆発させた。
俺が言っても聞かないなら、もう諦めるしかなかった。
理知的な彼女が、自分で心を制御できないくらい興奮させているのだ。それ程にこの環境は彼女にとって、きっと良い環境なのだろう。
きっと彼女は今、幸せな時間を生きているのだろう。
そう思うと、俺にできることはケリーに頭を下げ続けるしかない。