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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第24章 アスコルト一家、学校に行く
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地下の秘密とは8

 歩けば歩く程、生物の気配のなさを強く感じる。

 その現実感の欠如が、本物の学校でないことを示している。


 現実ではないと確信できた最たる理由は、所々に暗闇の塊が存在していたからだ。

 学校にあんなものはない。

 歩きながらよく観察してみると、庭の端は巨大な闇で覆われていて先が見えない。


 道の小石を拾って暗闇に投げると、小石は黒と同化し姿を見失う。

 その暗闇がネリネの想像の範囲外なのだろう。生徒たちの想像を加味しなかったか、最初から彼女の記憶に存在していなかったか。

 天文台とそこまでの道のりが存在しているのは、ネリネが行ったことがあるからということは間違いない。


 存在する庭の木々を見ると、植物の(てい)を成していない。枝の分かれ方は本物らしく見えるが、葉は空中に浮いていて、根が地中から針のように飛び出している。

 細部に至る完全な再現は難しいことが分かる。


 娘が造った世界が、地下だけでなく外の世界も用意してあったことには驚いた。


 なぜ、庭や天文台まで用意されているのか。

 地下そのものや地下に続く学舎を創造するのならまだ理解できが、庭先は地下の宝探しには関係ない。


 庭からでも地下に行けると吹聴した生徒でもいたのだろうか。


 学校裏の庭は、庭と呼ぶには些か広いため、天文台から学舎まで割と歩かされる。

 真ん中に大きな池もあって、初めから迂回して進んでいるようなものだし、多少の労力を節約するためにも、庭はない方が嬉しかったと少しだけ思った。

 でも、せっかくネリネが創造した世界なのだから、親として噛み締めて体感したいとは思う。


 肝心の池は波紋1つ立たせず、不気味な水面を維持して存在している。

 曇天が地上にあるみたいだ。

 勿論、小石1つを投げ込めば、水音と共に池が波打つ。池は池としてきちんと再現されている。


 天文台と学舎を結ぶ道の丁度中間地点に、脇に白い人型の石像が1体起立した状態で置かれている。

 白とは言ったが、実際は長い間、風雨に曝され続けた結果、所々で黒ずんでいる。雨染みが両目から垂れて、まるで涙を流しているかのようだった。

 片腕は元々そうだったのか、肘の辺りで折れている。

 顔は中性的で着ている衣服はかなり(かしこ)まった礼装に見え、正直男女の判別はつかない。


 この石像に関して言えば、再現度は高い。というより、違いがほとんど見出だせないから、完璧と言っても良いだろう。

 豪華な学舎に天文台まで持った学校には、不釣り合いな汚さである。


 この学校に縁のある者であることは間違いない。

 歴代の学長の誰かだろう。


 庭の中途半端な再現度に対して、この石像は目立ち過ぎた。




 とはいえ、単なる石像だ。

 足を止めて、考察に励むような代物ではない。


 七不思議の1つとして、石像が動くという噂があるが、生憎(あいにく)ここはネリネの想像世界。

 動くはずは……。




 いや、動くだろうな、これ。

 ここはネリネの創造した七不思議の世界だ。


 他の生徒から地下の宝の話を聞いたのなら、当然他の七不思議の話も聞いているだろう。

 現実はただのふざけ話で、実際には動くはずはなかったかもしれない。

 だが、ここは娘が頭の中で造った世界だ。

 動き出す可能性は十二分にある。


 さっさと走って学舎に行こう。




 振り返らずに学舎に向かって庭を走り込んでいると、ほら来た。

 俺の真後ろで、重みのある足音が迫っている。


 音が重すぎて凄まじい威圧感を感じる。


 走りながら振り返ると、誰だか分からない謎の石像が、片方の肩を前に突き出した走っているのが見えた。

 もし、俺がこの場で立ち止まれば、全身が石でできた塊に衝突されることになる。


 それは、立ち止まらずに横に逃げれば良いだけの話だが、娘の考えた世界が前提に立ってしまうと、俺の頭の中の石像と同じ動きをしてくれるかは分からなかった。


 だから、全速力で庭を走り続けた。


 七不思議の通りなら、あの石像はあくまで()()()()()()()()()に過ぎず、学舎に入ればきっと回れ右をしてくれる。


 ネリネは、七不思議に関しては細かく再現している。

 だから、その(いわ)れも、その言葉通りに再現してくれている、はずだ。


 そう思って、目の前に見えた学舎に続く両扉を、身体ごとねじ込みながら取っ手を押し下げた。

 扉を破壊するくらいの勢いで、突進しその向こう側へ到達する。

 身体が走った勢いを止められる体勢にはなくて、転び転がることになる。


 身体を起き上がらせて、すぐに石像の姿を見やろうとしたが、顔を上げて視界に捉えようとするよりも前に、頬に衝撃が走った。


 視界が歪み、痛みの反射で衝撃に対して腕を振り回して対抗すると、衝撃を与えてきた物体の砕けた音がした。


 痛みを避けるように再び走ると、真後ろで床を割る音が聞こえた。

 ちらりと振り返れば、先程と同じ石像の姿がそこにあった。


 どうやら石像は学舎の中に悠々と入り込み、俺を執拗に狙っているようだ。


 そして、学舎の中に入れば襲ってこなくなるだろうという俺の期待は、脆くも崩れ去ってしまった。


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