地下の秘密とは8
歩けば歩く程、生物の気配のなさを強く感じる。
その現実感の欠如が、本物の学校でないことを示している。
現実ではないと確信できた最たる理由は、所々に暗闇の塊が存在していたからだ。
学校にあんなものはない。
歩きながらよく観察してみると、庭の端は巨大な闇で覆われていて先が見えない。
道の小石を拾って暗闇に投げると、小石は黒と同化し姿を見失う。
その暗闇がネリネの想像の範囲外なのだろう。生徒たちの想像を加味しなかったか、最初から彼女の記憶に存在していなかったか。
天文台とそこまでの道のりが存在しているのは、ネリネが行ったことがあるからということは間違いない。
存在する庭の木々を見ると、植物の体を成していない。枝の分かれ方は本物らしく見えるが、葉は空中に浮いていて、根が地中から針のように飛び出している。
細部に至る完全な再現は難しいことが分かる。
娘が造った世界が、地下だけでなく外の世界も用意してあったことには驚いた。
なぜ、庭や天文台まで用意されているのか。
地下そのものや地下に続く学舎を創造するのならまだ理解できが、庭先は地下の宝探しには関係ない。
庭からでも地下に行けると吹聴した生徒でもいたのだろうか。
学校裏の庭は、庭と呼ぶには些か広いため、天文台から学舎まで割と歩かされる。
真ん中に大きな池もあって、初めから迂回して進んでいるようなものだし、多少の労力を節約するためにも、庭はない方が嬉しかったと少しだけ思った。
でも、せっかくネリネが創造した世界なのだから、親として噛み締めて体感したいとは思う。
肝心の池は波紋1つ立たせず、不気味な水面を維持して存在している。
曇天が地上にあるみたいだ。
勿論、小石1つを投げ込めば、水音と共に池が波打つ。池は池としてきちんと再現されている。
天文台と学舎を結ぶ道の丁度中間地点に、脇に白い人型の石像が1体起立した状態で置かれている。
白とは言ったが、実際は長い間、風雨に曝され続けた結果、所々で黒ずんでいる。雨染みが両目から垂れて、まるで涙を流しているかのようだった。
片腕は元々そうだったのか、肘の辺りで折れている。
顔は中性的で着ている衣服はかなり畏まった礼装に見え、正直男女の判別はつかない。
この石像に関して言えば、再現度は高い。というより、違いがほとんど見出だせないから、完璧と言っても良いだろう。
豪華な学舎に天文台まで持った学校には、不釣り合いな汚さである。
この学校に縁のある者であることは間違いない。
歴代の学長の誰かだろう。
庭の中途半端な再現度に対して、この石像は目立ち過ぎた。
とはいえ、単なる石像だ。
足を止めて、考察に励むような代物ではない。
七不思議の1つとして、石像が動くという噂があるが、生憎ここはネリネの想像世界。
動くはずは……。
いや、動くだろうな、これ。
ここはネリネの創造した七不思議の世界だ。
他の生徒から地下の宝の話を聞いたのなら、当然他の七不思議の話も聞いているだろう。
現実はただのふざけ話で、実際には動くはずはなかったかもしれない。
だが、ここは娘が頭の中で造った世界だ。
動き出す可能性は十二分にある。
さっさと走って学舎に行こう。
振り返らずに学舎に向かって庭を走り込んでいると、ほら来た。
俺の真後ろで、重みのある足音が迫っている。
音が重すぎて凄まじい威圧感を感じる。
走りながら振り返ると、誰だか分からない謎の石像が、片方の肩を前に突き出した走っているのが見えた。
もし、俺がこの場で立ち止まれば、全身が石でできた塊に衝突されることになる。
それは、立ち止まらずに横に逃げれば良いだけの話だが、娘の考えた世界が前提に立ってしまうと、俺の頭の中の石像と同じ動きをしてくれるかは分からなかった。
だから、全速力で庭を走り続けた。
七不思議の通りなら、あの石像はあくまで大庭を動き回る石像に過ぎず、学舎に入ればきっと回れ右をしてくれる。
ネリネは、七不思議に関しては細かく再現している。
だから、その謂れも、その言葉通りに再現してくれている、はずだ。
そう思って、目の前に見えた学舎に続く両扉を、身体ごとねじ込みながら取っ手を押し下げた。
扉を破壊するくらいの勢いで、突進しその向こう側へ到達する。
身体が走った勢いを止められる体勢にはなくて、転び転がることになる。
身体を起き上がらせて、すぐに石像の姿を見やろうとしたが、顔を上げて視界に捉えようとするよりも前に、頬に衝撃が走った。
視界が歪み、痛みの反射で衝撃に対して腕を振り回して対抗すると、衝撃を与えてきた物体の砕けた音がした。
痛みを避けるように再び走ると、真後ろで床を割る音が聞こえた。
ちらりと振り返れば、先程と同じ石像の姿がそこにあった。
どうやら石像は学舎の中に悠々と入り込み、俺を執拗に狙っているようだ。
そして、学舎の中に入れば襲ってこなくなるだろうという俺の期待は、脆くも崩れ去ってしまった。




