勉学とは3
その日の夕方のことである。
「ふ、ふっふっふ」
大声を上げれば声が反響するような広く背の高い部屋にいた。
そんな部屋には、天井目一杯まで架けられた書架が所狭しと並べられていて、本がみっちりと詰まっている。
書架の下側は机が同化していて、取った本をそのまま座って読むことができる。
ランタンの光に照らされて、じわりと見えるリリベルの顔は、かなり悪い顔をしている。
嬉しいのは分かるが、不審者顔だ。
「やっとリリベルの真意が分かったよ。ここの蔵書を読みたかったんだな」
「ふふん、今回は察するのが遅かったね」
「これくらい素直に教えてくれても良かっただろうに……あ」
にやりと笑った彼女の心の内は、必死に予想して俺が困る姿を見たかったからだ。
だから彼女の頬をつねる……のはさすがに止めて、指で突くだけにした。
「ご褒美かな」
「そう思うよな」
リリベルが読んでいる本の内容を横から覗いてみたが、文字の密度が凄まじ過ぎて真面目に読む気にはならなかった。
専門的な書物だろうか。彼女のことだから魔法関係の書物だと思った。
特別気になった訳ではないが、話の1つとして、どのような本を読んでいるのか気になって彼女に聞いてみた。
「これかい? これはロイ・テルロイ著作の物語さ。1人の若い王子を巡って、周辺国の8人の王女が落とし合う愛憎劇だよ」
「……その密度の文字数は、相当ドロドロした話が繰り広げられていそうだな」
「ふふん。これは実在する国々を元にした物語だから、各国の恨みを買ってしまって、ほとんど焼き払われてしまったのだよ。今も残って出回っている物は数少ないのだよ」
「それはリリベルも涎を垂らすわけだな」
「この一冊だけじゃないよ。さすが強欲を極めた商人の国だけあって、蔵書の種類は枚挙にいとまがない」
冗談で言ったのに、リリベルが本当に涎を垂らそうとしていたので、慌てて本の上に腕を差し込んだ。
「おや、これは失礼」
甘やかしすぎてネリネよりもだらしなくなっている気がする。
本が日焼けしないための配慮か、入り込む西日の光を止めるため、図書室には窓が少ない。
故に暗さを補うためのランタンは必需品だ。
そのランタンも、万が一倒れて火が乗り移らないように、何重もの保護装置を重ねてある。
故にランタン1つでは、手元の本と読んでいる者の顔しか照らされない。
しばらくはその灯りをぼんやりと眺めて過ごしていた。
彼女の気が済むまで待っていたら、そのうち眠気が襲ってくる。
肩肘をついて微睡みかけている中で、小さな笑い声が聞こえてきた。
不意にその笑い声が、どこか聞き覚えのある声に感じたので、眠気覚ましくらいの気持ちで声の元を探した。
笑い声に近付くに連れ、複数いることが分かった。
考えれば当然だが、1人で笑っている方がおかしいだろう。眠気に身を任せすぎて頭がはっきりとしていないから、他愛もないことを素通りさせてしまったのかもしれない。
よくよく考えたら、幾ら聞き覚えがあるからって笑い声の元を辿って顔を確認しに行くのは、相手に失礼だ。
改め直して、翻ってリリベルの所へ戻ろうとした時に、笑い声が初めて言葉を紡いだ。
「えひゃ、アルマの顔面白い」
「ザトラ、これはこうよ」
「カペラ、笑いすぎ」
脳が一気に覚醒して、また反転して声の元まで一気に駆けた。
その先にいたのは、目鼻顔立ちが全く同一で、赤茶髪の髪を後ろで三つ編みに結えた女の子たちだった。
遠く西の砂漠の国で出会った三つ子の魔女たちだ。
彼女たちは俺の顔を見るなり、一瞬だけ笑うのを止めたが、再び笑い始めた。
「お兄さん、どうしたのこわいかおして」
「私たち五月蝿かった?」
「いや、すまない。知った顔に似ていて……いや、俺のことを覚えていないか?」
今のところ、俺とリリベルの縁のある者は、世界が変わっても縁は残ったままだ。
彼女たちの顔を見て俺の方は確信したが、一応彼女たちの方は確信してくれたのか確認をしてみたかった。
「新手のナンパ?」
「お兄さん、変質者?」
「いやいや、違う。ただ、知り合いかと思って――」
「静かに」
本を強く閉じる音が室内に響き、横から声がかかった。
「すまな――」
謝罪の言葉すら満足に出せない程、驚くことが起きすぎていた。
図書室で騒ぐ者を許さないルールがあることは、あらかじめリリベルから教えてもらっていた。
ルールを破ったことに彼女が怒っていることは、すぐに察することができた。
だから、謝罪しなければならなかった。彼女と面と向かえるように向き直った。
彼女もまた見覚えのある女の子であった。
白味がかった金髪に、小麦色の肌。黄色のマントではないが、服の趣味はリリベルを真似たかのようだ。
彼女は、同じく砂漠の国で会ったカルミアという魔女だった。