地下の秘密とは7
「それは、話が飛躍しすぎではないかしら」
シュプリン先生は重そうな腰を上げて、手袋を脱ぎ、俺と相対した。
「私はこの半生を星に捧げてきましたもの。とてもではないけれど、魔法を習う暇なんてありませんわ」
「ネリネの素性を知っているのは、魔女という特殊な者たちしかいません」
しかも魔女の中でも、上位の魔女しか知らない。
赤衣の魔女を始めとした『歪んだ円卓の魔女』たち。
それと情報の察知に長けた魔女たち。例えば、影から全てを見通すラルルカや、植物伝いに情報を得る緑衣の魔女エミリー。
それ御伽噺等の者はネリネの成りを知っている。
娘の力はいずれ、世界中に知られることになるだろう。
そして、リリベル以上にその身を狙われることになる。想像で何でもできてしまうのは、それこそ御伽噺の中でしか出てこない奇妙で珍妙で不可思議な話だ。
だが、それまではできる限り彼女の存在を秘密にし続けるつもりだ。
「過保護ですわね」
「過保護なくらいが丁度良いんです」
「秘匿するつもりもありませんでしたので、お教えいたしましょう」
シュプリン先生は、壁際の水場へ行き、水で手を洗い始めた。
「知己の魔女から聞きましたの。名前はラザーニャさんと言ったかしら」
知己の魔女とラザーニャという名前ですぐに合点がいった。
この学校の成立に深く関わっている赤衣の魔女なら、彼女と何らかの関連性があっても不思議ではない。
ただ驚いたのは、魔女でもない彼女が、魔女と知り合い、彼女の名を知っているということだ。
魔女の名を他人に教えることがどれだけご法度なことか、魔女協会の長が知らない訳がない。
「もしかして、彼女が魔女になる前からの知り合いだったとか?」
「ええ、そうですわ。お会いする回数こそ細いものですが、子どもの頃から彼女のことを存じておりますわ」
これで胸のつかえは取れた。
彼女たちにどういう出会いがあって、どうして仲良くなったのか、そこは知る由もない。
ただ、彼女がなぜネリネのことを知っているのか、それだけが気になっただけだ。
ネリネを狙っているのか、娘に危害を加えようとしているのか、彼女伝いにリリベルを狙っているのか、それだけが知りたかったのだ。
「……しかし、口が軽いな彼女も」
「ご安心くださいな、私は口が堅いですから」
まあ、あの高潔なラザーニャと付き合いがあるのなら、充分だ。
「とりあえずは、ありがとうございます。それが分かれば大丈夫です」
これで心置きなく宝探しに行ける。
そう思った所に彼女から呼び止めが掛かった。
「ヒューゴさん、1つよろしいかしら?」
丁度ボルモンが奥の方から現れて、シュプリン先生にいくつかの紙束を持って来た。
彼女はそれを受け取り、眼鏡をかけて、紙束をめくり始めた。それでも俺との話は続く。
「娘さんにこのことを話してはいけませんわ。そして、一刻も早く地下の一件を解決しなければならないでしょう」
彼女の言葉は重々承知している。
ネリネに、行方不明の子どもたちがいると知られてはならない。
もし、知られてしまえば、娘は地下を作ったことをいけないことだと思い込むだろう。
皆のためにと思ってやった行為が悪いことだと知れば、無垢な彼女は罪悪感と共に地下を拒絶する。
地下の存在を消滅されてしまったら、地下に迷い込んだ生徒たちがどうなるか分からない。
地下と共に生徒たち自体が消し去られてしまうかもしれない。
「ボルモンさん、しばらくの間、ここはお任せしますわ」
「え、どこかへお出かけですか?」
「ええ、ヒューゴさんの娘さんに用事ができましたの」
にこりと優雅に笑う彼女の意図は当然察せられたが、何でわざわざという疑問が生まれた。
そんな疑問を察したのか、彼女は俺に向けた返事を紡いだ。
「私は常に、この学校の生徒たちが、健やかでいられるように望んでいますわ」
「ありがたいです」
心置きなく学校の地下に集中できると思った瞬間に、目の前にいたはずのシュプリン先生と助手のボルモンが消えていた。
俺は、気絶でもしていたのだろうか。
天文台の部屋は、無音だった。
辺りを見回しても、彼女たちの名を呼んでも返事はなかった。
不思議と思いつつ、学舎へ再び戻るべく、外へ続く扉を開くと、やはり無音だった。
空は今にも雨が降ってきそうな分厚い雲で覆われているが、昼間ということもあって明るさは確保されている。
庭にも池にも生徒たちの姿は見当たらず、鳥の羽ばたきや木々の揺れ、虫の鳴き音すら聞こえない。
夜でもなければ必ず生徒たちの生活音が聞こえてくるはずなのに、学舎からも庭からもそれがない。
まるで、俺1人だけ同じ形をした別の世界に飛ばされたようだった。
考えてすぐに、この庭が俺の知る庭とは別であると気付いた。
ここは、ネリネが作り出した世界の一部だ。




