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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第24章 アスコルト一家、学校に行く
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地下の秘密とは6

 嫌な予感の源はネリネであった。

 ネリネの名をカルミアから聞いた時点で、頭の中で絶え間ない想像が広がっていた。


 この世界に存在しないものを、あたかも初めからあったかのように存在させる。

 それがネリネが持つ具現化する力だ。




 学校中に広がる宝探しの謎は、生徒たちの探究心を極限まで引き上げた。

 子供たちは最初こそ我先に宝を見つけようと、誰にも情報を伝えず、時には嘘の情報を教えた。

 だが、誰も地下の秘密へ辿り着くことができない今、地下に繋がる出入り口探しに躍起になり、宝探し仲間に情報を共有し合い、1つの目的を達するため団結した。


 そんな中にネリネが来た。


 我が娘なら、先行する飛語を耳に入れれば、必ず想像してしまうだろう。

 子どもたちの豊かで無謀な想像力は、子どもたちよりも更に幼いネリネの興味を刺激し、創造力を掻き立てた。


 そして、想像した世界を現実に創造した。


「ありがとう、カルミア」

「それじゃ、私は行きますから」




 カルミアに深く感謝を述べてから、学舎を出た。

 大きな庭から天文台へ続く道すがら、考えを巡らせる。


 恐らくネリネの近くにいた誰かが、何の気なしに言葉を放ったのだろう。

 明らかな嘘であるのに、さも本当かのように語る。


『地下に行きたいって思えば、行けるらしいぜ』


 根拠なんかないだろうが当たれば、ほら俺の言ったことは正しかっただろと自慢できる。

 誰も正解を持たないからこそ成り立つ嘘だ。


 誰かが悪いとかではなく、きっと皆、そうやって様々な嘘を積み重ねてきたのだろう。

 その想像の共有こそが、宝探しの一種の楽しみとなったからだ。


 気持ちは分かる。

 俺だって子どもの時は、それに近い想像をしたことはある。




 ネリネに会えば、この話は解決できるだろう。

 だが、解決のためにどうやって彼女を諭せば良いのか、良い言葉は思いつかない。


 紛うことなき純真無垢な娘は、宝の地図も、子どもたちの嘘も、全て真実として認識している。

 下手にそれらは嘘だと言ってしまえば、宝探しの舞台がなかったことになりかねない。

 行方不明になった子どもや先生が、今も地下に囚われてしまっているのだとしたら、その地下がなかったことになった時どうなるか分からないからだ。


 何せ、彼等はネリネの想像から生まれた者たちではない。個々の意識を持った命たちだ。


 同時にリリベルが真面目な表情になった理由も分かった。


 彼女は、魔力感知で娘の魔力を感じ取ったのだろう。

 創られた地下そのものに魔力を感じなくても、どこかに必ずネリネの魔力の残滓(ざんし)が残っているはずで、リリベルはそんな細かい僅かな魔力を知覚した。


 そして地頭の良い彼女は何が起きているのかも察しているはずだ。

 察していて、あえて俺に伝えなかったのは、俺か彼女かネリネにとって都合が悪くなる理由があるからに違いない。

 最も考えられる可能性を考えるのは、この七不思議全ての謎を考えるよりも簡単である。


 答えは、彼女にとっての格好良さが維持できなくなるからだろう。


 リリベルは、俺かネリネに危険が及びそうになれば、はっきりと行動と言葉で表す。

 だが、彼女自身に危険が及びそうな時は、俺に聞かれるまで隠す節がある。格好悪いというただそれだけの理由だ。


 そして、今回の彼女にとっての格好悪いは、彼女がネリネの想像した世界に対処する(すべ)を持たないということだろう。


 宝探しのために地下に行きたいと心から想像しなければ、地下への道が開かないとするなら、今のリリベルは絶対に行くことはできない。

 何せ彼女は、宝探しには()()()()()

 彼女にできることは、この学舎の生徒たちと同じく、地下に何があるのかを、ただ想像を膨らませて楽しむことしかできない。

 初めから彼女は七不思議の話の蚊帳の外にいるのだ。

 だから、格好がつかない。

 それは、彼女の知識をもってしてもどうにもならないことと同義で、彼女にとっては何よりも屈辱的なことだ。


 彼女の真面目そうに見えた表情は、今思い返してみれば苦虫を噛み潰していたようにも見えた。




 話を進展させるためには、リリベルかネリネのもとへ行くことが優先されることになるはずだが、その足は天文台へと向かっている。


 この学校に(まつ)わる者たちに、定型の挨拶のように学校の地下について聞いてきた。

 そして、会話の中で、意味の分からない言葉を述べた者が2人だけいた。




 人口の丘の上の質素な建物に辿り着き、扉を開いて中に入り見回す。


 その相手が今どこにいるのかを探している最中に、目当ての相手から声が掛かった。


「お待ちしておりましたわ」

「先日はありがとうございました、シュプリン先生」


 上品な老婆は優雅に冗談めかす。

 助手のボルモンも挨拶をくれるが、忙しいのか大量の紙束と共に部屋の奥へ消えてしまう。


 シュプリンは紐付きの眼鏡を外して胸にぶら下げながら、ゆったりと歩み寄る。


「皆さんの観測結果を星図にまとめましたわ。どうぞ、お持ち帰りください」

「わざわざありがとうございます」


 何十枚もある紙は十字に紐で結ばれ束ねられている。

 彼女はそれを1度見せた上で革の袋に入れて渡した。俺はそれを受け取った。


「でも、ヒューゴさんのお顔を拝見しますと、用事は別にあるようね」

「はい」


 彼女は手袋をはめて眼鏡をかけると、望遠鏡の機械部を弄り始めた。弄っているように見えて、実際は表面をなぞっているだけだ。

 彼女は俺の言葉を待っている。

 だから、正々堂々と彼女に質問をしてやった。


「シュプリン先生、貴方は娘を、ネリネのことを以前から知っていますね」


 観測をした夜、彼女との会話で最後に放った言葉。


『ですが、ヒューゴさんが探せばきっと見つかると思いますわ』


 シュプリンはロマンチストでも夢想家でもない。

 煌衣(こうえ)の魔女の流れ星については、見られるかどうかも分からない不測の物体に対して、必ず見られると言わなかった。

 流れ星の専門でなくとも自身の経験と過去の記録をもとに緻密な計算を行い、星が出現する傾向を導き出す。


 莫大な紙量の大半は、数字で構成されているのが、彼女が俺みたいに当てずっぽうで生きてはいない証拠だ。

 俺の目当ての流れ星に対して、曖昧な嘘を言わない。


 だからこそ、地下について探せばきっと見つかるという言葉には、意味があるのだと思った。その言葉を述べるに何らかの根拠があったのだと確信できた。


 地下への行き方を知っていたということだ。

 そして、地下への行き方を知っていたということは、そのままネリネの素性を知っていたということに繋がる。


「この学校の全員を俺は知らない。誰がどんな素性を持つか、どういう力を持つのか知らない。だが、シュプリン先生は知っています。長い間この学校に勤めている貴方だからこそ知っているはずなんです」

「まあ。お上手ですこと」


 シュプリン先生はずっと俺に背を向けたままだった。

 そんな彼女に構わず話を続けた。


「短期間、いや、一瞬で地下があったことにできるなんて大それたことをできる者はこの学校にはいない。俺の娘以外には」

「それこそ、随分と大それたことを言いますわね」

「自慢の娘なんです」

「あら、それは直に娘さんに仰ってあげた方がよろしいわね」


 その通りだ。

 これはネリネに言ってやった方が良い。彼女はきっと喜んでくれるだろう。

 自分で話を逸らして、シュプリン先生が乗ってしまったが、まだ話は続いている。


「シュプリン先生、これから言うことにはお気を悪くなさらないでください」

「あら、何でしょう」

「貴方は、魔女ですか?」


 シュプリン先生の手が止まった。


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