勉学とは
その後もラルルカの話をしていた。
皿を用意して、彼女が料理を盛りつけ、俺が食卓に運ぶ。
リリベルが用意してくれた料理は、俺が満足して食べられるように、ラルルカが満足する分もある。
故に机一杯に並べられた料理は壮観だった。誰かの誕生祝いでもしているのかという程、山のように盛られている。
ラルルカのおかげか、彼女の料理の腕は進化の一途を辿り、留まるところを知らない。
日を経ていくごとに見た目は凝っていくし、飽きないように味すら開発している。
当然だが、食は進む。
俺が料理当番になった時は、プレッシャーがかかるだろうな。
「ネリネ、ゆっくり良く噛んで食べないと駄目だよ」
「うん!」
返事は良いが、ネリネは口に運ぶもの全てを蛇のように丸呑みしている。
肩に乗ったアイワトラの方がお淑やかにネリネの魔力を食らっているのだから、これではどちらが蛇か分からない。
しかし、ネリネの食事風景をずっと見ている訳にもいかない。
早く俺も腹を満たさないと、彼女に平らげられてしまう。食事は戦争である。
2人仲良く忙しく食事をかっ食らっていると、頬杖をついてじっと見ているリリベルが柔らかい表情でふふんと鼻を鳴らした。
「君たちの食べ方はそっくりだね。そんなに頬を膨らませて、越冬の準備でもしているのかな?」
「余裕そうに見ている場合じゃないぞ、リリベルも食べないと」
「食べてるよ、君たちが食する様を見てね」
「何を格好つけているんだか」
行儀が悪いが、彼女の口元にフォークを運ぶと、彼女は目を丸くした。
彼女の肌は恐ろしく白いため、少しでも血が多く通うようになると、赤みがかるのが分かる。
結局、リリベルも黙々と食べ始めた
3人とも口の中が料理で一杯になる。
「パパ、ママ。私、学校に行く」
食事の合間に、ネリネが脈絡のないことを言い始めた。
どこで付けた知識から学校という言葉が出てきたのか。
想像するに入れ知恵したのは、オルラヤか彼女の従者のチヤかロクシミ辺りだろう。
魔女や魔女の従者にしては、彼女たちは常識がある方だ。
ロクシミに関して言えば、格式とか礼式がどうのとか、口酸っぱく俺とリリベルに注文をつけてくる。
その上で世話焼きだから、自分の家の者でなくても干渉したがる節があるから、1番言いそうではある。
『白衣の魔女と交友のある者なら、学をつけねばなりませぬ』とか言ってくるだろう。
とはいえ、ネリネを学校に通わせることは反対ではない。
俺も、多分リリベルも、子供の頃は碌な生き方をしていなかった。常に死と隣り合わせの地獄のような生活環境だった。
知識を持つリリベルのおかげで多少なりとも学を積ませてもらったが、それは俺がたまたま運があっただけだ。
俺が思う平穏で普通の生活を、せめて娘には経験して欲しい。
だから、娘の提案には喜んで乗りたかった。
とはいえ、我が家の家長はリリベルである。
初めから緩み切ってはいるが、財布の紐を握っているのもリリベルではある。
彼女にお伺いを立てる必要があった。
「自ら学ぶ意欲があってこそ、知識は輝くからね。私は賛成だよ」
「ははーっ、ありがたき幸せ」
「たはー、ありがとう幸せ」
俺とネリネとアイワトラが彼女に平伏すると、彼女は照れるでもなくふふんと鼻を鳴らして胸を張った。
学校に伝手がある者にロベリアがいたことは、運が良かった。
彼に手紙を送ると、数日も経たぬうちに彼が直接家に訪れてくれた。
彼は家に訪れるなり、何度も驚いていた。
毛色の違う家がもう一軒建っていたこと。
巨大な馬の魔物を飼い慣らしていること。
ファフタールという伝説の魔物を娘が飼い慣らしていること。
俺とリリベルの間に子どもがいたこと。しかも、ネリネが気まぐれで赤子から子どもに変身したことで、リリベルが頑張ったと誤解されてしまったこと。
何かを発見する度に彼がおおと声を上げて、リリベルがふふんと鼻を鳴らす。
明らかな誤解も含めて、彼女は肯定してしまうので言い訳できなかった。尤も言い訳したところで彼に信じてもらえるかも怪しかったので、黙っておくしかない。
そんな驚きの連続を経て、彼はネリネを入学できるように紹介状をしたためてくれた。
フィズレは商人で成り立つ国だ。
商いごとをするには学が必要で、教育も盛んであった。
学費は俺が想像していた金額よりも遥かに安く、金持ちしか入り込む余地がないという想像は、脆くも打ち砕かれた。勿論、良いことではある。
ただ、疑問として未来の商売敵を増やすことになるのではないかと思った。
「国の安泰を目指すのなら、目利きのある商人を生み続けなばなりませぬからな。我々は商いで他の国に負ける訳にはいかぬのです」
「とはいえ、私は商人ではありませぬが」
ロベリアの言葉は、フィズレに生きる者らしい言葉であった。
俺のように疑り深すぎる者は、商売には向かないかもしれないな。
ネリネの入学は、あれよあれよという間に決まった。
ちなみに、俺も学校というものには興味があったのだが、リリベルに聞く前に前置きして拒否されている。
理由は2つある。彼女の強い感情の発露が印象的であったから、今も覚えている。
『君に学ぶ喜びを与える者が、私以外の誰かになるのは嫌だよ』
『君に言い寄る若い女の子がいたら、私はその子を殺さなきゃいけなくなってしまうよ』
そんな可愛くも恐ろしい言葉を放つリリベルだが、彼女はロベリアが街に帰るのを見届けた後、俺を混乱させる言葉を放った。
「私たちも学校に行くから準備はしておくのだよ」