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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第23章 絶対振動
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感情の振動3

 リリベルは、クロウモリかオルラヤに衣服を買ってもらったのか、彼女の趣味に合わなそうな質素な衣服を(まと)っていた。

 これが今朝のまま素っ裸の上に黄色のマントを羽織っているだけだったら、更に不気味だっただろう。

 黄色のマントに黄色の杖を持っているので、既に不気味ではある。


 そんな不気味な彼女が、見た目にそぐわない話し方で、大の大人を冷徹に詰問する。

 彼女の肩書きが魔女であるからこそ、彼女が次に何をするのか、想像する者は読み取ることができない。読めないからこそ恐れを抱く。

 話が通じる奴であればある程、彼女の危険性を認識し、下手に攻撃などしなくなる。

 誰だって命は惜しい。


 リッケルが観念したのは、彼女の杖が彼の鼻先に置かれた時であった。


 その上で、今回の件に関しては、彼は別の誰かに脅されてやったことで、わざとしでかしたことではないと強調した。


 その別の誰かは、舌切りの魔女ではなかった。

 むしろ彼女もまたリッケルと同じように、誰かに指示を受けてこの街に来たと語った。

 誰かの指示を共有するために、舌切りの魔女はこの屋敷に何度か足を運んだ。


 では、その誰かの具体的な情報はあるのかと尋ねたら、彼は姿を見たことがないと言う。


 では、どうやって意思の疎通を図ったのかと尋ねたら、彼は言った。


「どこからか聞こえてくるのだ、本当だ! 嘘は言っていない!!」

「声は男か? 女か?」

「女だった!」

「会話はこの部屋で行ったのか?」

「え、あ。ああ……そうだ」

「音が聞こえた場所はどこから?」

「そ、そこだ! 今、騎士が座っている椅子からだ!」

「正確に。この椅子からなのか?」

「そうだと言っているだろう!!」

「もっと正確に、だ。例えば、声は椅子の下から聞こえたりはしなかったか?」

「え……?」


 杖を突きつけたままのリリベルに圧倒されて、彼は必死で当時のことを思い出そうとする。

 吹き出る脂汗をハンカチで拭い、やけっぱちのようにコップの酒を飲み干して、そして思い出した結果、彼は言った。


「声を張ることが多くて声がどこから聞こえてくるなんて考えたこともなかったが……確かに……いや、そうだ! 低い声の時は、椅子から聞こえるというよりかは、床から聞こえてくるようだった!」


 椅子の下、つまり影から声が聞こえてきたのなら、誰かとやらの正体は掴めた。

 そして、影からの声の主が彼女であると確信できたのは『声を張ることが多い』という最も特徴のある情報を得られたからだ。


 影に潜み、耳に響く甲高い声を上げる、相手を下に見ないと気が済まない、復讐の魔女。






 結果から言うと、リリベルの無茶苦茶な脅迫で、罪のない清掃員の命は救われた。

 リッケルは自首という形で、自ら商人の看板を下ろすことになった。

 いくら脅迫されたとは言え、貧民街の者たちが少なからず命を落としたのだから、彼には相応の罰を与えられることになる。

 商人にしては不手際で、脅迫された相手を示す証拠を何1つ提示できないのだから、周りから嘘だと判断されるのは当たり前だ。


 だから、この国で更に名を知られるようになった黄衣(おうえ)の魔女のひと声で、彼の罰を緩めてもらった。せめて命までは取らないようにと。


 そして、俺の望み通り、奪わないで済む命を奪うことのない結果になった。


 リッケルと掃除屋の男は死ななかった。

 そう、リッケルと男は。




「ヒューゴさん、僕がロベリアさんから教えてもらったことは以上です」


 タンタ・ロベリアという男は、フィズレで歴史学を教える先生であり、学者だ。

 彼はこの世界でも俺とリリベルのことを知っていてくれた。

 少々記憶に食い違いがあるものの、俺たちに良い印象を持ってくれていることは確かで、舌切り騒ぎの後の経過を細かに教えてくれた。


 彼から情報をもらったクロウモリが、傷付いた街人たちを助け終わったオルラヤとともに、森の奥にあるリリベルの家に戻って来て、伝えてくれたのだ。


 懐かしい朝の鍛練の終わりに、彼から話を聞いた俺の気分は最悪だった。

 今日はこれから始まるというのに、何かをする気分にはなれなかった。

 リッケルの家族と清掃員の男の家族が全員、何者かによって殺された。

 しかも、それぞれの本人の目の前でだ。


 リッケルが脅迫による要求を飲まざるを得なかったのは、家族を人質に取られたからだ。

 悪徳商人であることに間違いはないが、それでも彼には家族があった。

 妻と子どもがいた。


 そして、舌を集めていた男の方は母がいた。

 父親がいないことの理由はいくつか考え付くが、彼が酷く衰弱した状態であったことを聞くに、彼にとっての母は何物にも代え難い存在だったということは容易に想像できた。


 2人とも、狂ってしまった。

 狂ってしまう程の悲劇が起きたということは、彼等の家族の死に方は想像も許されない死に方であったのだと推測できた。


「ヒューゴさん、これも魔女のせいなのでしょうか?」

「……いいや、俺のせいだ。俺が舌切り騒ぎの話を持ち出さなければ、こんなことにはならなかった」


 いつの間にかクロウモリの横に寄って来たオルラヤが「それは結果論です」と言いながら、リリベルの定位置である切り株の上に座った。


 その隙にリリベルに小枝で突かれてしまう。

 鍛練が終わったからと言って油断するなと言いたいのだろうか。容赦ない。


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