地下の秘密とは
「ということなので、今日は2人を送り届けた後、また学校に戻る」
「私も行きたいー!」
そこはリリベルに似なくて良かったのに、ネリネがとてつもない力で身体にしがみついてきた。まるで蛇が巻き付き動物を絞め殺すかのようだった。
「駄目だぞ、ネリネ。子どもは夜更かしせず寝なさい」
子どもという単語に反応したネリネは、突然身体を蠢かせ、黒いモヤを吹き出し始めた。
着ている衣服が自らの肉体変化で切り裂かれ始めたので、慌てて娘を止める。
「こらこらこら! 大人の姿になっても駄目だ! 服が破れるからやめなさい!」
他人の目というものがあるから、このような場所であられもない姿になってもらっては困る。
彼女の力なら服も具現化することはできるが、自分の要求を達するためにわざと素っ裸のままになるだろう。
娘に脅迫されるとは思いもしなかった。
「分かった分かった! 分かったから元の姿に戻ってくれ」
「えへへ」
一瞬で身体の変化を止めて、破れかけた衣服を新品同然に戻し、嬉しそうに跳ねて喜んだ。
娘が跳ねるたびに、首元から2つ首の蛇が顔を飛び出している。彼女から離れまいと必死に長い身体を彼女の首に巻き付け耐えていた。
一難去ってまた一難というか、ネリネの要求を飲むということは、家に帰そうとしたもう1人が異を唱えることになる。
恐らく『夫と娘だけで面白そうなことをして、私だけ仲間外れだなんて、酷い仕打ちだと思わないかい?』とか言って、自分も付いて行きたがるだろう。
「夫と娘だけで面白そうなことをして、私だけ仲間外れだなんて、酷い仕打ちだと思わないかい?」
ネリネはともかく、リリベルを止める理由はなかった。
ただ星を見に行くだけだから、危険なことにはならない。
だから3人でシュプリン先生のもとを訪ねた。
ただし、1度学舎の1階にある倉庫へ寄った。
それはネリネの腹のためだ。
娘は食の匂いには敏感だ。
2階へ続く階段の下に空間があり、倉庫として利用されていた。
食料庫だ。
しかし、この食糧庫は学校が造ったものではない。
ネリネが想像して造ったものだ。
あろうことかこのお転婆娘は、昼食の量が足りないことに立腹し、自ら食糧庫を作り上げた。
突如現れた謎の空間に誰も気付かなかったのかと疑問を持ったが、良く考えてみたら気付いたとしても疑問を持つことはないかもしれない。
誰かが何かの理由で建てたのだろうと、それぐらいのことしか思わないのだろう。
ネリネの純粋な心に悪が芽生えてしまった。よりにもよって、食事に対して邪悪を目覚めさせてしまった。
彼女には善人として生きてもらわなければならない。後できっちりと叱ってやらねばならない。
一体いつ、どうやって大量の食糧をここに運び込んだのか。
食糧庫には肉から野菜まで様々保管している。肉にしてもあらゆる動物の種類の肉があり、腐らせないように、氷結の魔力石が至る所に設置されている。
ネリネの食事に対する貪欲さを考えれば、彼女が用意した可能性は捨てきれない。
だが、彼女はあくまで頭の中は幼い子どもだ。
保存のための機転まで娘が思い付いたものとは考えにくい。
これもネリネに対して、入れ知恵をした者がいる。そう見て間違いない。
リリベルの腕により、食糧は立派な料理へと変貌を遂げた。
美味しかった。
だから、ネリネに入れ知恵をした犯人は、十中八九リリベルだ。
ネリネの腹が満足した後、俺たちは庭の先にある天文台にようやく辿り着いた。
「今夜はよろしくお願いします。シュプリン先生」
「あらまあ、可愛らしいお子さんも一緒だなんて」
「ネリネ、ここでは大人しくしてくれよ?」
すっかり日は沈み切っていて、雲は1つもない。観測には最高の状況ができあがっていると、助手のボルモンが教えてくれた。
夜中に2人以外の観測者がいることが嬉しいのか、2人とも楽しそうに望遠鏡の準備を行っていた。
ボルモンが壁に取り付けられたクランクを回し始めると、徐々に簡素な建物の天井が開き始めた。一面に夜空が広がった。天文学者は喜ぶかもしれないが、凡人は寒くて仕方がない。
シュプリンは望遠鏡を覗き、横にある手回しハンドルを回すと、円筒の長さが変化していく。
「何これー!」
「これだけ大きな望遠鏡を見るのは初めてだね」
薄暗い部屋に4つの黄金色の瞳が煌めく。まるで星のように光っているが、興奮を表す輝きはこの細かく精密性のある機械では危険極まりない。
「2人とも、くれぐれも勝手に望遠鏡に触ってはいけないからな」
「はーい」
余りに良すぎる返事は、超々危険だ。
彼女たちだけ目を光らせておく訳にはいかない。俺も目を光らせておかないと。
「土台の機械に触れなければそう躍起にならずとも良いですわ」
ボルモンから大量の紙束を手渡されたシュプリン先生は、膝にそれを置き、軽やかに紙をめくり読み、それと同時に望遠鏡に取り付けられたもう1つのハンドルを回している。
何をしているのか分からないが、多分凄いことをしている。
そして、彼女はすぐに紙束をボルモンに戻して、階段を降りながら俺たちに言った。
「どうぞ、準備はできましたわ」




