魔女の呪い
宿へ戻る帰り道のことだ。
後ろの方ではまだ人の鳴き声が聞こえる。
先の祭りを見て、俺は一刻も早くあの場から立ち去りたかった。
異様な空間で気が狂いそうだった。
人が死んだというのに、誰も彼も喜び叫び、血を擦りつけ合わせて喜んでいた。
あの場にいる俺がおかしいのかと錯覚するほどに異様な空間だった。
魔女は屋台店で買った料理を食べながら歩いている。
こっちは完全に食欲を失ってげんなりしているというのに、よく食えるなこいつ。
先程、魔女が口にした言葉をふと思い出し、俺は魔女に質問をしてみた。
「それで、『魔女の呪い』って一体何なんだ」
「ん」
魔女は含んだ食べ物を喉に通してから口を開く。
「一種の契約だよ。魔女に呪いをかけられた者は、望みが1つ叶う代わりに1つ何かを犠牲にする」
「お金持ちになるとか肉体を強くするとか、望みは何でもいい。望みの大きさによって叶えることができる魔女に限りが出てくるが、基本望みは叶う」
「そして対価として犠牲を受ける。犠牲になるものは大抵の場合、呪いを受けた者に関連する事柄になるかな」
「例えば腕を失った者がいて、腕を元通りにしたくて呪いにかかったとしよう。すると腕は無事に元通り生えてきました。けれども代わりに足を失ってしまいました、とかね」
それじゃ呪いを受けるメリットがないじゃないか。
結局何かを失うのに、よし呪いにかかろう、という気になるか?
「ごめんごめん。えーと、そうだなぁ」
「他に分かりやすく例えるとすると、死んだ子どもを蘇らせたい人間がいたとしたら?」
その言葉を聞いてさっきよりは納得できた。
そうだな。
病気や事故で我が子を失ったとしたら、自分そのものが犠牲になろうと呪いにかかって助けようとする奴もいるだろうな。
「だが、あの様子だとここの町人は皆、呪いにかかっていることになるだろう。全ての者が呪いにかかりたいなんてことがあり得るのか」
魔女は食べ終わって残った串を人差し指を立てるように掲げる。
「これはおそらく。おそらくだけれどもね」
「この町は緋衣の魔女が作り、町全体は魔女の加護によって守られている。町人は平和に暮らし、そして魔女が使う魔法で病気や傷を癒してもらっている」
「町人たちの『健やかに生きたい』という無意識下にある望みがトリガーとなり、魔女の加護や魔法をとおして望みを叶えさせている」
「その対価としてあの祭りが起きているのではないかな」
つまり、町人は自らの意志で呪いにかかっているわけではないのか。
「もしそうだとしたら面白いよね」
魔女はつまらそうに笑っている。
おそらく皮肉だろう。
「それを確かめる術はあるのか」
「なんだいなんだい。興味があるのかい」
先程の笑いとは違って、興味深そうな微笑み顔を照らす月の明かりから覗かせた。
魔女の呪いには別に興味がない。
だが。
金袋をふと見ていると、俺の視線の先に気付いた魔女が、勝手に何かを納得して話を続けた。
「ははーん。この袋をくれた件の彼女のことで気になっているんだね」
「復讐かい? 会って間もないのに、正義感に燃えちゃった?」
この魔女は、俺がどう思っているのかにただ興味が向いているだけで、彼女が死んだことに関しては微塵も感情の入る余地がないのだろう。
いや、この魔女の態度に腹が立った訳ではない。むしろ同情している。
見た目には年端もいかない少女そのものだ。
本来であれば両親の手伝いをしたり弟の世話をしながら、幸せな家族のもとで暮らしていただろう、と勝手に妄想する。
そのような健全な環境で育ったとあれば、きっと先ほどの台詞は別のものになっていただろうにと思う。
「復讐したいとは思っていないさ。ただ、あの子には金をもらった恩がある。だから、せめてもの弔いに、あの人間の生贄祭りを魔女に止めて欲しいと思ったぐらいさ。」
思っただけだ、と念を押す。
『魔女の呪い』の解き方も分からないし、その緋衣の魔女とやらの居場所だって知らない。
簡単に解決できる訳ではないだろうし、町の人からすれば俺のやろうとしていることは単なるお節介に過ぎないかもしれない。
それに今いる町が、サルザス領国内にあるとはいえ、オーフラ国の兵士がこの魔女を探しに来ないとは限らない。
この町に長居したくないのが本音だ。
黄衣の魔女は、持っていた料理を一気に口の中に運び黙々と食べていた。
食べ物を溜め込んで頬を膨らませる可愛らしい動物がいると思うが、それに似ている。
こいつの中身は可愛くないが。
「緋衣の魔女なら知っているよ。話すだけ話してみる?」
全て飲み込んだ魔女が口の端に食べ汚れをつけてこちらに問いかけてきた。
子どもかよ、と突っ込もうと思ったが見た目は少女なので突っ込みづらい。
緋衣の魔女と知り合いだと言うなら、少なくともいきなり殺されたりする場面には当たらないか?
話すだけだったら、説得で済むのであればそれが最も良い。
もし話し合いで決着しそうにないなら、すぐに立ち去ることにしよう。そうしよう。
魔女は、俺が頷くとすぐに続けた。
『今、会えるかい?』
魔女がいきなり明後日の方向に向かって急に喋り出した。
「急に何を言って――」
「会えるよ」
俺の言葉を遮るように背後から声がした。
聞いたことのある声だった。
その声の主は、豪華な飾り付けをした衣装を着ていて、昼時に俺に金を渡してきて、先程あっけなく首を斬られた女のものだった。
声がする方へ視界を向ける。
やはりその女だった。
女はまるで血そのものを纏っているかのような色のマントを被っていた。
「こんばんは」
そして、女は俺と目を合わせると、微笑みながらも鈍く光る眼で睨みつけた。
「我々が緋衣の魔女だ」