七不思議とは10
天文学を担当するシュプリン先生は、学舎の裏手にある大庭を越えたその先にある天文台にいつもいる。
土を盛って高さを稼ぎ、簡素な建物を構えている。
ごく普通の建物ではあるが、中に入れば息を呑まざるを得ない光景が広がる。
建物中央部に巨大な機械が鎮座している。
土台には無数の金属製の歯車が複雑に噛み合わされており、それを回すハンドルがいくつか取り付けられている。
歯車はどれも油分を含んだ光沢を持ち、独特な臭いを放っている。良い匂いではない。
歯車の群れには簡易的な鉄板が覆い被さっており、上から物を落としても歯車に潜り込まないようになっている。
その土台には木製の階段が掛かり、その先に椅子が取り付けられている。
その椅子の前に置かれている長く巨大な円筒形の望遠鏡が、その機械の本体である。
空に向かって伸びた望遠鏡は先端にゆくに連れ、太くなる。
必要最低限の機能を有するため、装飾などの無用なものは一切ない。無骨でシンプルである。
「ヒューゴさんが星に興味がおありとは、意外なことですわ」
シュプリン先生がハンドルを回転させると、階段と座席ごと望遠鏡の向きが回転する。
シュプリンは先生たちの中では、年功のある女性だ。
見事な白髪でまとまっていて、所作はゆったりとしている。
次にリリベルが登壇する日に、煌衣の魔女という流れ星の記録がないかを知るために、シュプリン先生を訪ねた。
天文学の特性上、夜が主な活動時間となるが、さすがに生徒たちに夜中も授業に付き合わせるのは難しい。
シュプリン先生は彼等の好奇心に応えるために、代わりに夜空を観察し記録している。
老体なのに夜も仕事をするのは、とても大変な作業だ。
勿論、彼女にも助手はいて、彼女の研究の手伝いを行っている。
それが、ボルモンという青年だ。
彼は大量の紙束を胸に抱えて、あちこちを移動していた。
それらは時間ごとの星の流れを観察したもので、事細かに絵図として描かれている。
1枚の紙だけでも凄まじい情報量で、パッと見ただけでも作業量は甚大であることが分かった。
「ははは、まあちょっと気になることがあってですね」
「あら、未発見の星でも見つけたのかしら」
無数の星々には、まだ名前も付いていない星もある。
望遠鏡の精度に限りがあるため、光が小さすぎて視認できない星だってある。
だから、天文学者は飢えた獣の如く、星を探している。そのために、巨大な望遠鏡を作ることに熱意を燃やす。
新たな星の発見は、学者としての功績に繋がるからだ。
ただ、残念なことに俺は新たな星の発見を彼女に伝えたかった訳ではない。
「伝説というか、謂れというか。ある流れ星が、実は魔女であるという噂を聞いたので、それが本当なのか興味が湧いたのです」
「有名な話ですね」
横からボルモンが答えた。
話を聞くに、天文学者の間では有名な話であるようだ。
人工的な光に依るものだから、純粋な星の観察を行いたい天文学者にとっては、文字通り目障りな情報であるようだ。
「我が校の望遠鏡なら、流れ星を観察することは可能です。ただ……」
「ただ?」
「流れ星はその速さから、見ることはできても描き写すことはとてもできません」
「ですので私たちは、流れ星を観察対象にはいたしませんのよ」
「そう、ですか……」
少し残念だ。
だが、続けてシュプリン先生は朗報を聞かせてくれた。
「ただ、私どもは人生の中で必ず1度は、確認しておりますよ」
「ええ、僕も見ています」
「煌衣の魔女ですか?」
「煌衣の魔女かどうかは存じませんが、人工的な光であることは承知しておりますわ」
彼女たちが見たのは、魔法陣だった。
ただ、彼女たちは魔法専門ではないから、それがどのような魔法で誰が作ったかは分からない。
彼女たちの学問では興味の対象とならない星だから、一瞬のうちに映った情報を取り留めて記憶することもしない。
そう。
魔法陣の流れ星は、余りにも複雑な紋様が刻まれていたのだ。
記憶したいという気持ちを、微塵も湧き上がらせようとしない、緻密で多大な魔法陣だ。
これが、単純な魔法陣であるなら、言葉で伝えることは充分にできる。
「例えば俺でも今日見たいとすれば、その流れ星を見ることは可能でしょうか?」
「ふふ、望遠鏡の中に収まるかどうかは、ヒューゴさんの星運次第ですわね」
「何でしたら占いましょうか?」
占いは暫くはご免だ。




