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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第24章 アスコルト一家、学校に行く
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七不思議とは9

 リリベルの意地悪が終わり、カルミアとの用事は済んだ。

 その後は、ネリネを迎えて、3人で帰りがけに食材をしこたま買った。


 1人では絶対に持ち帰ることができない食材も、ネリネがいれば方法は万にものぼる。


 例えばペットのアイワトラ。

 ネリネの想像で大きさを可変にされた2つ首の蛇は、アンフィスバエナと違って、明確な意思を持つ。

 言葉こそ話さないが俺たちの言葉を理解することは、これまでの生活で確かなこととなっている。


 そのアイワトラは、姿はネリネの首元に隠れる程小さなものだが、腹の中は元の大蛇のまま巨大だ。

 ネリネが自らで荷物を運べない時は、一時的にアイワトラの頭だけを巨大化させ、飲み込ませたい物を飲ませている。

 当然、食材そのままの重みは、小さなアイワトラに全て集約される。それはネリネの首元に食材の荷重全てが掛かるということになる。到底彼女の身体では耐えられない。


 故に食材の重みすら想像で変化させている。


 そのような狂った発想は、娘が自分で思い付いた訳ではなくリリベルの入れ知恵によるものだ。

 直接本人たちから聞いた訳ではないが、娘がアイワトラに荷物を食わせる瞬間を初めてみた時に、喋りたがりのリリベルが何も言わなかった訳だから、リリベルが1枚噛んでいることは間違いない。




「あはは。彼女は新進気鋭の魔女だからね」


 リリベルが口を開けて笑うのは久し振りだ。

 とても珍しい。余りにも普段見ることのない快活な笑い方だったから、すぐ横でその表情を見た俺という人間は、胸が高鳴って平常ではいられなかった。


「でも、ヒューゴ君の期待を裏切るようで悪いけれど、彼女は決して優しさから他者に手を差し伸べている訳ではないよ」


 それは一体どういうことだろうか。

 俺の凡人人間力では、赤衣(せきえ)の魔女に裏の顔があるとは到底思えない。

 だから、リリベルの否定にはとても興味があった。


「彼女は、酔っているのだよ。魔女以外にも優しくできる自分、魔女以外のことにも精通している自分」


「自分がどんなに偉大で余裕のある魔女かを知らしめる。それが彼女の行動原理だ」


 まさか、そんな……。

 でも、人を見る目に長けたリリベルが言うなら、間違いはない。


「うーむ、ああ。これだけでは君にとっての赤衣の魔女の印象は悪くなってしまうね」

「それはそうだ」

「彼女は自信がないのだよ。魔女歴が浅く若く、歴史に名を残す程世界を破壊した訳でもないし、素晴らしい魔法の研究成果を出した訳でもない」


 リリベルはあっけらかんと言った。


「魔女になる前から、ずっと何をしても、彼女は成功体験がなかった。だから、彼女は何でもやった。何でも学び身に付けようとした。でも、そのどれもが実を結ばなかった」


 彼女は何にも秀でていなかった。

 魔女の中でも1、2を争うものがなかった。


 現状、炎を操る魔女は他にもいるが、誰か秀でた成績をあげた魔女はいない。

 唯一いるとすればリリフラメルだが、彼女は正確には魔女ではない。

 だからこそ赤衣の魔女は、炎の魔法を主として使用する。

 輝かしい実績を未だ提示できていない分野でなら、自分が入り込む余地があるからだ。


 努力しても実を結ばなかったことに対しては、俺も思う所があって多少の同情はできる。

 しかし、親兄妹を殺された訳ではない。リリベルのように長く虐げられた訳でもない。


 これまでに出会った魔女たちの壮絶な魔女生を聞いたせいで、彼女の魔女生には悲壮感の欠片すら感じない。


 だからといって、彼女の努力の結果にケチをつけるつもりはない。

 赤衣の魔女が今の地位に至るのは、何がどうあれ彼女の努力によって生まれた結果なのだから。


 そして、彼女の優しさは、嘘であったかのもしれないが、行ったことそのものは嘘ではない。

 彼女は、過程を中々話さない魔女たちの癖を覆す魔女の1人であった。


 見栄だけで人助けをするなら、もっと効率の良い助け方があったはずだ。

 俺に他に質問はないかと親切に聞き返してもくれた。


 彼女を構成する全てが嘘ではないのだ。


 つまり、リリベルの否定があっても、赤衣の魔女に対する俺の認識は変わらない。

 今のラザーニャ・ラゲーニアは、ほとんどが嘘の優しさで塗り固められているが、いつしか彼女が本当の意味で魔女協会の長となった時は、きっとただの優しさの塊の魔女となるだろう。


 彼女の生い立ちに同情し共感したのは、彼女がどこか俺と似ていると感じたからだ。


 魔女の中でも1、2を争う程他者に優しい魔女。

 きっとラザーニャは、後にそう呼ばれることになるだろう。


「ただの打算的な魔女ではないと、俺は思うよ」






 話は変わる。


 天文学とは、星を見る学問である。

 巨大な望遠鏡を使って、星を特定し、名前を付ける。


 一体、それが何の役に立つのかという疑問は、投げかけてはいけない。野暮というものらしい。


 しかし、それだけではやることは尽きてしまう。

 だから、天気も読むし、暦も読む。

 ただ、ここが商人の国であることを踏まえると、最も熱を出して教えることは、占星術である。


 勿論、天気読みも暦も商人にとっては重要だ。

 商人であれば当然、品物を仕入れる仕事がある。

 仕入れた商品の運搬には、天気が関わってくることは間違いない。

 陸路であれ海路であれ、嵐に遭えば商品が傷付くこともあるし、最悪の場合遺失することもあるだろう。


 また、暦というものも重要だ。

 国によって日の数え方は異なるが、その知識を得ているのなら、星の流れで今が何日であるかを判別することは容易い。

 数々の品物を得る中で、長い旅路というものは付き物だ。

 横に縦に移動すれば、今がどの国の何日であるかの判別は難しくなる。

 国々の文化に合わせて、商品が売れる時期というものも当然ある。

 暦を読める商人は、星を見て今がいつなのか、そしてどのタイミングで商品を売るかを判断する材料にする。


 一流の商人は天気も日も見るのだ。

 だが、更に上を行く商人は、占星術も会得する。


 まあこれは俺にとっては、神頼みと変わらない。

 だが、単なる神頼みと違って、ここで学ぶ占星術は、先人の知恵と経験の結晶であり、ある程度裏付けされた学問であるようだ。


 見える星は、場所と季節によって変化する。

 一面に浮かぶ星空を切り取って、書物と照らし合わせる。

 そして切り取った星図から、これから自分が向かうべき場所への吉兆を占う。


 合致した場所で売れる物は大抵、決まっているらしい。

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