七不思議とは8
「何と。我輩は七不思議の1つだったのか」
そもそも赤衣の魔女がどうして七不思議扱いされていたのか。
普段からこの学校を利用しているなら、生徒たちに認知されていたはずだ。
答えは彼女なりの気遣いの行動のせいだった。
どうやら彼女は、魔女が恐れを抱かれる存在だということを理解して、人を避ける魔法を使って学校を訪れていたらしい。
自分が建てた学校なのに、大手を振って歩くことができないのは、どうにも間抜けである。
「黄衣の魔女が、この国の魔女のイメージを払拭してくれている。だから、赤衣の魔女もひと目を気にせず、普通に歩いていても、大事にはならないはずだ」
「無論、知り得ている。卿が小娘に吹聴してそうさせたということもな」
「吹聴て……」
「信頼とは無縁の魔女であり、一生変わらぬと思っていた。しかし、卿が小娘の夫になってから、様変わりした。まさに人が変わったようであった」
「それは、褒めてくれているのか?」
ラザーニャは白髭を触りながら、不敵な笑みで答えた。
「褒めてはおらぬ。だが、驚嘆には値する」
先程での会話でも感じたが、赤衣の魔女は予測された質問に対して、無理して否定する癖がある。
簡単に心を読まれることを良しとしない。要は負けず嫌いなのだ。
魔女協会の長としての矜持なのか、ただの人間に心を読み取られることが許せないのかは不明だ。
だが、どうしても後者とは考えられなかった。
だからこそ、印象は悪くない。
負けず嫌いではあるが、卑怯な手を取らず、悪意のある嘘を吐かない。
白髭を除けば名家の出身に見える彼女は、その見た目に恥じぬような振る舞いを行おうとしていることは、ありありと分かる。
彼女が学校を作った理由は、自らが勉強するためにという理由と、子どもたちに勉強させたいという理由からだった。
魔女にしては意外性が全くない回答だった。
どうしても裏を推測するなら、未来の魔女候補探しのためという理由が挙げられるだろう。
だが、彼女の堂々とした振る舞いが、裏の顔を感じさせない。
ただ、己が学び、どうせ学びの場を設けたなら、他にも提供してやれば良いという考えだけで、学校を建てただけだ。
もう1つの疑問は、わざわざ学校を建ててまで、一体何を学びたかったのかということだ。
だが、その疑問についても彼女は正直に話した。
「我輩が魔女協会の長に相応しい魔女となるため、だ」
魔女は、当然だが魔法の扱いに長けた存在だ。
剣士は剣術に長け、王は政治に長けた存在だ。
彼女は、魔女という立ち場だけに留まらない存在だ。
学を学び、礼を学び、剣や政治も学ぶ。魔女が魔女でいられるように、満遍なく学ぶ。
魔女の風上にも置けない魔女だ。
だからこそ、その非魔女的な要素に、ある種の親近感が湧いたのかもしれない。
身に纏う雰囲気が、彼女を高潔であらんとさせる。
魔女の中でも数少ない、嫌な予感を抱かせない魔女であった。
「赤衣の魔女も、もう普通に出歩けば良いじゃないか。少なくとも七不思議が1つ減る」
「拒否しよう」
「それはなぜ?」
「不思議は不思議のままで良かろう。子どもたちの楽しみを無闇に奪うものではないぞ?」
ラザーニャの背筋の伸びがすごい。何がすごいって、一切の歪みがない真っすぐな伸び筋だ。
魔女は皆、どこかしらに体調が悪そうな特徴を持ち合わせているが、彼女の場合はそんなものは一片たりとも見えない。
魔女の癖に他人に気遣いができすぎる。
「それもそうだな……」
「うむ。勉学だけが生ある者の生き方とは限らない。娯楽は単調な生に彩りを与え、活力の炎を与える。その炎は子どもたちには重要なものだ」
いやと付け加え、彼女は帽子を被り直しながら、立ち上がった。
「子どもは関係ないな。老若男女、誰にでも娯楽を楽しむ権利はあろう」
「……アンタは、何で魔女なんかやっているんだ……」
「卿は、なぜ魔女の騎士を勤めているのか?」
質問に質問で返されたその意図は、そのまま意趣返しの意味を込めている。
魔女の騎士なんて、常人が聞けば理解できない職の1つだろう。
他人から見て理解できない生き方でも、本人からすればそれは楽しくて仕方がない生き方であるかもしれない。
俺の問いには意味がないと彼女は言いたいのだろう。
「さて、他に疑問に疑問がないなら、我輩は1人で読書の続きを勤しむとしよう」
今まさに姿を消そうとする赤衣の魔女を慌てて呼び止める。
「あ、もう1つだけ聞きたいことがある!」
そう、七不思議ついでに聞きたかったことがある。
「この学校に、地下はあるのか?」




