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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第24章 アスコルト一家、学校に行く
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七不思議とは7

 ラザーニャは白髭の毛先を指で摘み撫でながら、俺の様子を暫く眺めてから話を続けた。


「人間には理解の難しい話であることは承知の上だ。して、話を戻そうか」

「ええと、何だったか?」

煌衣(こうえ)の魔女の話である」


 ラザーニャは、スターチスに関する蔵書から1冊選び取り出し、椅子に座った。

 彼女が暗に俺に椅子に座るように促していることは分かったので、横に同じように座った。


「生きて彼女を知る者は、最早いないだろう。頼りは彼女を知る者が書き残した伝記である。幸いにもスターチスがまだ地上にいた頃の伝記は多く残っている」

「その肝心の伝記は、信憑性が薄いように思えるのだが」

「仕方あるまい。彼女の魔法を詠唱するためには、速度が必要であるからな」


 そう言ってラザーニャが指差して見せた本の頁には、スターチスの魔法の詠唱方法が記述されていた。

 魔法陣の書き方や、呪文の内容を説明したものではない。

 スターチスの魔法を再現させようとした者が、例外なく注釈を記述せざるを得なくなった理由が、そこにあった。


『長い呪文による詠唱時間の遅延を改善するために、煌衣の魔女は誰も聞き取ることができない速度で詠唱を行ったとされる』


『魔法陣は、流動する魔力を高速化する魔法文字が刻まれているという特徴がある。これらは煌衣の魔女独自に開発した魔法文字である』


 もしかして、煌衣の魔女は馬鹿なのではないか。

 呪文が長いから、早く魔法を唱えられるよう改善したいという目的は理解できる。

 が、そのために滅茶苦茶早口で喋ったという解決方法は全く理解できない。力業にも程がある。


「煌衣の魔女が作り出した魔法陣はどれも、ある一定の速度以上で呪文を唱えて魔力を制御しなければ、発動できない」

「つまり、この長すぎる呪文を、舌を噛まずに言える者が誰もいなかったと?」

「うむ、卿が想像するよりも遥かに早いぞ」

「それこそ舌が2枚は必要だろうな」


 冗談で言ったつもりだが、ラザーニャはまともに肯定した。


右衣(うえ)の魔女アルカレミアや、卿が倒した二番煎じなら詠唱できたかもしれぬな」


 二番煎じとは舌切り鋏を使う魔女のことであろう。

 魔女の始祖の真似をしようとする者はたまにいるようだ。

 矜持の塊のような彼女たちは、誰かの軌跡をそのまま辿ることを毛嫌う。

 尊敬する魔女の魔法を応用すれど、そのまま使う者はまずいない。


 その点で言うと舌切りの魔女は、懐にいくつもの舌を隠し持っていたので、アルカレミアの完全な真似にはならない。そう思う。


「しかし、今は誰もいない。右衣の魔女も舌切り魔女も、煌衣の魔女も皆既に死んでいる。詠唱できる者がいない以上、確かめようがないことに変わりはない」

「煌衣の魔女は存命であるぞ」


 赤衣の魔女は見た目こそふざけているが、魔女の中ではまともな価値観を持ち合わせている。そう思っていた。

 だが、今の言葉はどう考えてもふざけている。


 見たこともない魔女がまだ生きていると、どうして言い切れるのか。

 空の上に行ったことがあるからこそ、空の上に何もないことを俺は知っている。いたのは白く輝く竜だけだった。煌衣の魔女なんかいなかった。


 そして、空の上にいると本には書いてあるが、その後に1度でも地上に降りた記述はない。

 いくつもの本を机の上に広げで、著者自身がスターチスを見たという記述を探したが、ひと言もない。


「確かに間近で煌衣の魔女の姿を見た者はいない。しかし、我々は何度も見かけている」

「俺は絶対に見たことがないな」

「いいや、卿も見ているはずだ」


 自信に満ちた彼女に、純粋な問いかけを行うと、真摯な返事がやってくる。


「流れ星だ。煌衣の魔女は、流れ星となって空を彷徨い続けている」

「それは、見たと言って良いのか……?」

「良く良く、夜空を観察してみると良い。彼女の魔法陣が見えるぞ」


 先にそれを言って欲しかった。

 魔法陣が見えるのなら、確かにそれはスターチスなのかもしれない。


 煌衣の魔女に少しは興味が湧いた。




 煌衣の魔女は速さを求めすぎた結果、地上での居場所を失った。

 煌衣の魔女が1歩前に進むと、空に飛び上がってしまうからだ。


 それでも彼女は進み続けた。

 文章を読んでも内容が難しく、原理は良く分からなかったが、彼女は速すぎるが故に、俺たちが生きている今とは、違う時間の流れで生きているそうだ。

 その時間の流れの差が、彼女の長生きの秘訣となっているのだ。


 そこまで知って、やはり煌衣の魔女は馬鹿だと思った。


 効率的な魔法の詠唱を目指して、長い時間をかけて研究をするために、時間を操るに至ったまでは百歩譲って良しとしよう。


 しかし、速すぎて地上に降りることができなくなったことは、どう考えても馬鹿としか言いようがない。


 空の上で研究した成果は、一生誰の目にも見られることはない。

 挙げ句、今俺たちが生きる時代は、魔法の研究が進み、詠唱に相当な簡略化の技術が加えられている。


 仮に地上に戻れたとして、研究成果を世に知らしめた所で、それは時代遅れの速さに違いないだろう。

 虚しい努力である。


 そして、速すぎるが故に、誰も彼女を止められない。

 ひと言「詠唱の簡略化はここまで進みましたよ」と言ってあげられる者がいない。

 言っている間に彼女は過ぎ去ってしまうのだから。


 彼女の作り出した魔法は、どれも禁忌の魔法と記されている。

 誰も詠唱できる者がいないから、その危険性は知る由もない。

 だがしかし、もしも、もしも仮に詠唱できたとしたら、その者は地上の全てを破壊することになる。


 時間の流れに差があることで近くのもの全てが破壊されるからだ。

 砂衣(さえ)の魔女が、それを優に証明している。


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