七不思議とは
「ねえねえ、ヒューゴさんは奥さんとチューしたことあるの?」
俺とリリベルが夫婦であることを知った生徒たちが、たまに質問してくる。
主に女子たちから聞かれる。
正直にしたことがあると答えると、謎に騒ぎ出して彼女たちの世界が始まってしまう。
あらぬ妄想をする者もいれば、更に俺たちの仲を確かめようとする者もいる。
最初はそんなことを聞いてどうするのかと思ったが、それが彼女たちにとっての遊びの1つだとアンタリアから教えてもらってからは、怪しむこともなくなった。
アンタリア先生は、算学を担当している。
数字は商人にとって、最も密接で切っても切れない学問だ。
ただ、数の数え方を教えているだけでなく、その土地の経済状況に応じた物の値段のつけ方や、必要経費の考え方も教えてくれる。
文字の読み書きや基本的な数の数え方くらいは、リリベルから教わっているが、個人的には学びたい学問であった。
リリベルのお陰で、お金を気にして生きる生活ではなくなっているが、それが彼女に甘えて生きているように感じられて、後ろめたさがあった。
だから、リリベルに内緒でこっそりとアンタリアの授業を聞いている。
勿論、堂々と教室で授業を聞いてしまえば、『私以外の者から知識を得ているなんて』とリリベルの凄まじい怒りを買うことになるので、廊下や外の庭を掃除している体で、こっそり彼の話を聞き学んでいる。
今が正にそうである。
そんな中、別の授業を待っている子どもたちが、遊びがてら聞いてきたという訳だ。
「えー、どうやってしてるの?」
「こんな感じ?」
彼女たちは荒ぶる身振り手振りで、キスの様を演じる。どう考えてもキスをする動きではない。
正直に訂正するべきなのか、受け流すように相槌を打てば良いのか分からない。
迷った結果訂正すると、彼女たちの追撃が来る。
「じゃあどうやってしてるのー?」
「ねえねえ、やってみてよー」
1人でリリベルとキスをする時の動きをしろと?
何の拷問なのだこれは。
だが、応えるのに手間取る間にも、アンタリア先生の授業は進んでしまう。
「見せてくれたら、お宝の地図を先生にあげるから」
「ねーお願い!」
「分かった分かった……えーと……こう、こんな感じだ」
目の前にリリベルがいると想像して、空気に向かって抱いてキスをする。
すると、女子はきゃあきゃあと声を上げて、頬に手を当て喜び始めた。こっちは死ぬ程顔が熱い。
満足した彼女たちは、足早に向こうへ駆けて行った。
「危ないから走るんじゃないぞー」
「先生、はいこれ!」
「何だこれ?」
「お宝の地図! 男子にもらったんだけれど、意味が分かんないからヒューゴ先生にあげるー」
「こんなのもらったって、全然嬉しくないからあげるー」と彼女は言い残して、押し付けるように古びた紙を渡して、先に行った友だちの後を追いかけて行く。
その男子がどんな思いで彼女に宝の地図を渡したのか、男心を加えて想像すると、少し悲しい気持ちになった。
冷静に考えれば、確かに女の子には興味が湧き辛い代物だろう。
とにかく、今は宝の地図のことは忘れて、アンタリア先生の授業の続きを聞こう。
そう思いつつ、掃除する振りをしながら扉に近付こうとしたその時に、扉が無造作に開いた。
「おや、ヒューゴさん。お疲れ様です」
「え、ああ、お疲れ様、です」
「掃除の最中でしたか」
「はははっ、そんな所です」
何と、アンタリアの授業が聞き途中で終わってしまった。
良い所だったというのに、とても残念だ。
「おや、その紙は何でしょうか?」
「え? ああ、先程子どもたちから貰った物なんです。宝の地図とか何とかって」
「ハハハッ、ヒューゴさんも貰ったのですね。最近、子どもたちの間で流行っている遊びですよ」
地図を広げて彼に見せると、彼は興味深そうに地図を見た。
広げた紙は大した大きさではなく、両掌が収まる程度の大きさである。
「子どもたちも頑張りましたね。校内の地図が事細かに描かれていますから」
彼の感嘆が気になって、俺も一緒に地図を覗いた。
学舎の階ごとに分けて地図が描かれており、どこに扉の出入り口があるか、階段があるか等が描かれていた。
地図の端々に、子どもらしい雑な文字列で繋がれた文章が記述されている。
宝までの道のりに関する記述だったり、その途中途中に謎解きでもあるのか、謎を解くためのヒントとなりそうな記述がある。
「流行っているって言っていましたが、宝に辿り着いた子どもはまだいないんですか?」
「ハハッ、いる訳ないですよ」
「それはなぜ?」
「この学校に地下はありませんから」
そう言って彼は、地図を俺に返して、休憩のために教職室に戻って行った。
改めて見返した地図の半分は、地下を指し示す図であり、本当に存在する教室や廊下と同じように、事細かに記述されていた。




