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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第4章 月が墜ちる日
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騎士と魔女

 エストロワから西に3つの国を越えて、更に国という境界線が無くなると荒れた平原が広がる。そこから更に西へ進んでいくと緑色が少しずつ数を減らしていき、やがて完全な茶色の大地になる。

 しかし、それでも西へ進んで行くと平らな大地に突如として深い亀裂が現れる。谷だ。


 谷の側面には石造りの通路や階段が沿うように作られている。壁は土や石造りの窓穴があって、おそらくその中に住居があるのだろう。


 これより先は人やエルフ、ゴブリンなどの人型生物は足を踏み入れることを推奨されていない。

 オークだけの種族で構成された国があるからだ。


 オークは超がつく程の排他的な種族だ。同じ人型の生物を特に嫌っており、襲われた町の町人は基本的に皆殺しになる。

 また相手の尊厳を徹底的に破壊すべく、男はなるべく死なないように痛めつけて気が済んだら殺し、女は陵辱の限りを尽くしてから殺す。




 そのようなオークの国を前にして、俺とリリベルは岩陰に隠れて谷にいる彼らの様子を見ている。


「なあリリベル。やっぱりやめないか」


 俺はリリベルのことで杞憂している。

 彼女に聞いた前情報通りなら、問答無用で俺と彼女は攻撃を受けるだろう。

 俺自身が争いごとに巻き込まれるのも嫌だが、それよりも万が一リリベルを守れなかった時に予想される結末が悲惨なものになることを心配している。


 日々の彼女の授業のおかげで、魔法を使えるようになったし、剣術も少しはマシになったと自分でも思う。何と言ったって、リリベルでさえ退かせることができなかった砂衣の魔女という女を、俺は一発殴ってやるごとだってできた。

 少しは成長していると思う。

 だが、それでもまだまだ俺には力が足りない。他人を守る程の余裕がない限り、彼女と共に危険な場へ向かうのは避けたい。

 酒場で良く飲む騎士仲間には「主人に危険が及ばぬように常に考えることが騎士の務めでもある」と言われたこともあるし、なるべく危険な地に赴くことは避けたいのだ。


 彼女はオークを蹴散らす程の力はあるだろうが、絶対に負けないという保証もない。彼女は強い魔女ではあるが、最強の魔女ではない。

 なぜ、その彼女が簡単に危険な場所へ行くのかと言えば、死なないからだろう。

 彼女にかかった『魔女の呪い』は不死だ。不死故に彼女は死ぬことに一切の興味を示さない。

 俺の今の目標は、自分の身がどうなろうと構わないと思っている節のある彼女の気持ちを、変えたいことだ。もう少し自分の身を大切にして欲しいというのが今の俺の率直な気持ちだ。

 それは彼女の騎士としての立場もあるが、それ以上に1人の人間として心配なのだ。見た目にも小さな人間の女の子にしか見えない彼女が、声も上げずに笑顔で痛ぶられていくのを俺は見たくもないし想像したくもない。


 それに俺自身、オークたちを無闇に傷付けたくない。

 種族は違えど彼らにも命があり、家族があるのだ。彼らにとっての平穏を乱すことで、争いは悲劇を生み、新たな争いを生むだけだと思う。

 そのきれいごとを実行できるだけの力が俺に備わっていれば問題ないと言われてしまえば、何とも耳の痛い話でもあるし返す言葉も無い。




「変装しているのだから問題ないさ」


 そう言った彼女の顔を見ると、肌を緑色の染料で塗りたくって口から飛び出す牙を付けた姿で怪物っぽいポーズで俺を威嚇していた。

 ただ、若い女らしい艶の良い金髪と金色に輝く瞳、何より黄色のフード付きマントがオークらしさを一気に失わせている。

 オークは男も女も身体は大きく、筋肉が発達している。子供でさえリリベルみたいに華奢ではない。

 人間の俺の主観で言うと、オークはこんなに可愛くない。

 オークともゴブリンとも似ていないそれは、新しい種族の魔物にしか見えない。


 俺はつい彼女の頭を撫でてしまった。理由は自分でも分からない。

 彼女と知り合ってから随分と気の軽い仲になったとは思う。魔女という存在に恐怖を抱いていた俺だったが、黄衣の魔女に対してだけはすっかり恐怖というものを感じなくなってきた。慣れたとも言うべきだろうか。

 今ではこうして彼女の頭を撫でることにも抵抗はない。


 よく考えてみたが、そもそも主人の頭を撫でている無礼な部下という状況だった。

 彼女も何も言い返さないのはどうかと思うが、そろそろ本題に戻ろうと手を離そうとすると彼女が俺の手を引っ張って、再び頭を撫でるよう促してきた。


 彼女も変わったと思う。

 サルザス国で牢屋に囚われていた時は、彼女は本心では人間との接触を好んではいなかった。ただ相手の欲望に身を任せていただけであって、本当は嫌だったのだと後に思う場面があった。




「お前たち、いつもそんな馬鹿みたいなことをしているのか?」


 すぐ横にいた緋衣の魔女、エリスロース・レマルギアが心底嫌そうな目で俺たちを睨んでいた。

 彼女は血のように赤いマントに身を包んでいて、赤い髪と黄色い瞳が特徴的だ。やり手のメイドのような顔つきで、苦労の証か皺が走っているのが見える。列車で見た時は黒髪だったが、どういう原理かは分からないがいつの間にか赤い髪になっていた。

 マントの下は、黒い上着に黒いスカートの組み合わせで、この陽の下では見るだけでも暑苦しく感じさせる。


「最近はこれが私の魔法の精度向上に繋がっているんだ。邪魔しないでくれたまえ、エリスロース君」


 正直今でも俺は理解できていないが、黄衣の魔女、リリベル・アスコルトはエリスロースを騎士にした。

 魔女なのに騎士という身分はもう俺には訳が分からない。


 泥衣の魔女と微睡む者(ドーズマン)に、世界を滅ぼす手法を伝え唆した罪で魔女狩りの対象になった彼女だが、当の本人は強く否定している。

 リリベルの方はといえば、エリスロースと知り合いであることを良いことに、彼女を誘き寄せる餌にされたことですっかり腹を立て、魔女協会への意趣返しとして彼女を騎士にしたのだ。


 リリベルが言うには、エリスロースが騎士になったということが魔女協会に伝われば、間もなく彼女は緋衣の冠を奪われることになるらしい。

 つまり、ただの自称魔女になってしまう。

 騎士になってしまえば、魔女ではないから魔女狩りの対象にならないという思惑らしいが、果たしてそう上手くいくだろうか。


 エリスロースは成り行きではあると言え、リリベルに恩を作ってしまったため、渋々彼女の言いなりになっている。

 最初は嫌がっていたが、彼女の嫌らしいねちねちとした文句に耐えられず、いつしか諦めて文句を言うことは無くなった。


 エリスロースはリリベルの理解できない反論に、頭を抱えて次の言葉を無くしてしまった。




 エリスロースが仲間になったことは正直良いことではある。

 仲間は1人でも多い方が良い。特に今のこの状況では。


 今の陽の光が差す時間帯でも、空が澄んでいれば月が薄らと見えることがある。

 いつもなら月は、金貨1枚を手に持ち、腕を伸ばしてかざした時と同じぐらいの大きさになる。それ程ここからとは距離の離れている場所にあるのだろうが、実際の大きさはとても想像がつかない。


 だが、今見ている月はいつも見ている月とは違う。

 一言で表すなら異様だ。


 俺の目が異常でないなら、今見える月は腕を伸ばして手の平を広げても、手の中に収まりきらない程大きく写っている。

 とてつもなく巨大で、どうしようもなく巨大としか言いようがない。


 月が俺たちの方へ向かって落下して来ているのだ。

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