張子の猫
ストロキオーネが初めて感心したような唸り声を上げた。女性とは思えない雄々しい獣の声だ。
「犯人は2人いる」という言葉が余程印象に残ったのだろうか。
「もしかして下へ通じる扉がある部屋の奴が、犯人とか言わないだろうな」
「半分当たっています」
「半分?」
ゼンゲは自分がまだ疑われていると思っているのか、茶髪をかき乱して焦った様子を見せた。
だが、犯人はゼンゲではない。
「1人目の犯人は、列車の下に重りを入れるスペースがあることを知っていた人で、確実に部屋に誰もいない時に行動できた人です」
俺はコルトの方へ顔を向ける。
「コルトさん、あなたです」
彼は返事をしない。俺のことをじっと見つめているだけだった。
俺は彼の顔を見ながら話を続ける。
「あなたは我々が食事中に、貨物室の床の扉から、下の空間をつたって辺境伯がいる部屋まで移動して彼を待ち伏せた。辺境伯が食事を終えて部屋に戻ったところを刺し殺した」
黙っていたコルトが、俺が言い終わると同時に切り返した。
「その時まだ彼の従者たちがいたかもしれないのに、どうやって中に入ることができたでしょうか」
彼の言葉に今度はカウゼルとケヴィンが異を唱えた。
「辺境伯は従者を連れていません。彼の身辺は私が代わりにお世話をしておりました」
「カウゼル様の仰るとおりです。それに、車掌はどの部屋に何人ご滞在しているか把握しているはずです」
「カンナビヒ辺境伯の部屋と話していたのは、カウゼル男爵の従者だったのですね」
「え。ああ、そうです。私もその場に同席しておりました。私の従者の世話の仕方に気を悪くされたようで、ひどく叱っておられました」
コルトは2人の反論に一瞬押し黙ってしまったが、更に反論した。
「それなら私が彼を殺した証拠はどこにあるというのですか」
俺はコルトのその言葉を待っていた。
すかさずケヴィンに重りに使われるものを聞くと、彼は「鉄塊を置いています」と答えた。
「コルトさん。下を通った時に鉄塊から出た鉄粉が身体に擦り付いてしまっていますよ」
「そんな馬鹿な! 見えるところは拭いたはず――」
コルトはすぐに口を噤んだが時既に遅しというやつである。
「おそらくあなたは服や刃物を捨て、肌着か裸で窓の外に出て雨に打たれながら血を洗い流した。その後は、再び重りを入れる外の入り口から入り、貨物室まで移動し床の扉から出てきた」
「ハント様も同じ方法で殺めましたね。下の空間での移動時に鉄粉が付くので、おそらくあなたは布か何かで拭き取ったのでしょうが、全ては取り切れていないはずです」
「今も砂が身体に付いたような感じで気持ち悪くありませんか? というよりも、刺さって痛くありませんか?」
俺の最後の言葉に彼は観念したかのようにふっと笑い、壁にもたれかかった。
コルトの近くにいた者は彼から若干の距離を取り、彼を注意深く見守っていた。
「一応聞いておきますが、鉄粉が身体に付いているからと言って、私があの方たちを殺したということにはならないのでは?」
「カンナビヒ辺境伯とハント様の部屋の敷き物の上に鉄粉が落ちていました。見辛いですが、靴の形をしていました」
「靴……なるほど。あなたの奥さんの気が触れていなければと思うと、今ではあなたの奥さんが憎いです」
すまない、リリベル。人に憎まれてしまった。
コルトが今回の凶行に及んだ原因は、恐らくカウゼル男爵が話していた列車の路を作ることと、彼が住んでいた故郷と関係がある話だと思う。
俺が最も気にしていることだ。
彼が人を殺す程の理由、それが何なのか知りたい。
「原因はコルトさんの故郷と関係がありますね?」
「すごいですね、その通りです」
コルトはあっさりと認めて、話の核心に迫った。
「私が住んでいた故郷は小さな村でした」
カンナビヒ辺境伯が管理する国境沿いの領地の中に、彼の村があり、列車の路を作るために村の路を接収した。
しかし、村人は反発した。
山の中の村で、人口も大して多くない小さな村ということもあり、新たに木々を切り拓くには時間を要するという理由からだそうだ。
他の同じ状況にあった町や村では、列車が通る時以外は、その路を通常通り利用することができる取り決めをした所もあったので、彼等もカンナビヒに同じ取り決めができるよう願い申し上げた。
だが、カンナビヒはなぜか彼の村でそれを許さなかった。
そして、取り決めの話をカンナビヒに申し上げてからすぐその後、突然、真夜中に村が襲われたそうだ。
コルトは襲撃にあった夜に全てを見ていた。彼は、何とか物陰に隠れて襲撃者の目から逃れて、惨劇の始終を見た。
反抗する者は皆殺しになり、反抗しない者は全員首を鎖に繋がれた。
反抗する者がいなくなって、村が静かになると襲撃者とは別の者たちが現れ、鎖で繋いだ村人全員をフィズレ方面へ連行していった。
村人を連れて行く時に、先導していった者の顔が松明の明かりで照らされてはっきり見えたと彼は語った。
「その者の顔はロイド・ハント様でした。そして彼が大きな声で襲撃者に言った言葉を、私は今でもしっかりと覚えています。『こいつらを売った金の受け渡しについては、後日改めて手紙を送るとウォルフガング卿へ伝えてくれ!』と」
村人は奴隷として売られたのだ。
彼の話を聞いている内にもやもやした気持ちが表に出てくる。なぜ、こんな残虐なことが平気でできるのか。
コルトのことではなく、カンナビヒたちのことだ。人間の心がないのか。俺たちと同じ人種だというのに、平気で他人を人間扱いしない彼等を軽蔑するし、コルトのことを同情すると思った。
ただ、同時に彼の行ったことに同情しきってはいけないのだとも思った。
俺は良いとも悪いとも言い難い、何とも言えない心持ちにさせられた。
「ところで、もう1人の犯人とは……?」
ゼンゲが先を急いでか、質問した。
もう1人の犯人、つまりヴァイオリー大臣を殺めた者。
その者はコルト程の恨みを持たずにヴァイオリーを殺した。別に殺さなくても良くて、ただ、殺せる機会があったから殺しただけだ。
俺がゼンゲの期待に応えようとして、もう1人の犯人に指を指そうとした時、声で遮られてしまった。
声の主は、低く唸り声を上げて、鋭い眼光でこちらを睨み付ける者だった。
「ヴァイオリー大臣を殺めたのは、私です」
声を上げたのはストロキオーネだった。